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初めての恋  作者: 神寺雅文
第三章--交錯する恋ごろ
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交錯する恋心36

「俺たちを突然裏切ったお前が、俺に説教するってのか? ちゃんちゃらおかしくて反吐がでるぜ。いいか、俺はお前を絶対に許さないからな?」

「許さないって何がだよ? 俺は別にお前に恨みを買うようなことしてないだろ」


 体格の良い二人がいがみ合うのは相当な迫力がある。周囲にいた家族連れが音もなくレジャーシートを畳み遠くに逃げていくのだから、この場の雰囲気は相当に悪い。


「してないだと? お前は忘れちまったのかよ! 俺との約束を? ふざけんじゃねー!」

「まてまて、寺嶋、さすがに暴力はまずいって!」

「それこそ全国大会出れなくなっちまうよ」


 激高した寺嶋がサッカー部だと言うのに拳を振り上げた。いや、サッカー部だからではなく、部活動に属する者ならだれもが恐れる行為を、怒りに任せて寺嶋が取ろうとしたものだから後ろの取り巻き達が急いで羽交い絞めにした。


「拓哉、この際だから言うが、誰もお前の退部に納得いってないんだからな。今日のこのことも、むしろお前の責任だ。お前がお前自身が友の恋を邪魔したんだからな」

「もう行こうぜ、この格好じゃいつ学園に通報されるか分からない」


 そう言い残し、男たちは去っていった。勝手に登場して勝手に退場とは、悪役レスラーも顔負けの悪態っぷりである。取り残された僕たちは、どうしたらいいのだろうか。


 五月晴れの空の下、残ったのは名状しがたいドロッとした空気と、散らかった春香特製弁当だけである。


 誰も何も言えず、ただ遠ざかる四つの後姿を見送る。


 最後の一人が人込みに消え、拓哉が大きくため息を吐き出し振り返ることなく言った。


「ごめんね、春香ちゃん。俺が代わりに食べるよ」


 芝生に落ちただけならまだしも、踏みにじられて砂が練り込まれたキャラ弁の残骸を拓哉が躊躇なく拾い上げてそのまま食べ始めた。


「ごめんね、ごめんね、俺のせいだ……、オレのせいだ」


 すぐ後ろに立っている僕だから聞こえる、砂粒が歯と擦れる音が拓哉の声と一緒に聞こえてくる。僕は、すぐに辞めさせようとしたが拓哉の目から一筋の涙が流れていることに気が付き上がりかかった手を止めてしまった。


「やめて拓哉くん! いいからそんなの気にしなくていいから!」

「だめだ、俺の気が済まない! 俺がこれだけは食べる! じゃないと、じゃないと、俺はもうここにはいられない……」

「意味がわからないよ! どうしたの雅くんも見てないで止めてよ」


 春香が声にならない悲鳴を上げて僕に駆け寄ってきた。


 だが、僕は春香の行く手を体で阻んだ。


「春香、奈緒、飲み物を買ってきてくれない? 理由は聞かないでくれ。今は、僕の言う事聞いてほしい」

「……、分かった。春香いくよ」

「で、でも!」

「いいから! 後はみやびに任せよ」


 あえて僕と拓哉が向いている方向とは反対側の建物を目指して春香の手を引き歩き出す奈緒。さすが僕の幼馴染である。そして、男心に理解ある女の子だ。


「僕にも食べさせろって。ああ、美味しい」

「ああ、本当に美味い。ごめんなあ、俺のせいで……」


 女の子二人がいなくなり、やっと力なく崩れ落ちることが出来た拓哉はやはり泣いていた。白米で形成されているはずなのに、バリバリと音を立てながら咀嚼される今は原型をとどめないキャラ弁を、拓哉は全部食べるつもりでいるらしい。


 そんなこと僕が許さない。負けじと僕も頬張って見せるが拓哉は謝るばかりである。


「なんで拓哉が謝る。悪いのはあいつらだろ? もしかして、気にしてるのか言われたこと?」

「……、もし俺が退部してなかったら、こんなことにはならなかった。水族館に来てからずっといい感じで、あと少しで告白できたのに……、全部俺のせいだ」

「まてまて、突っ込みどころ多すぎだろ? いつから、僕らのこと見てた? てか、後付けてきてたのか?」

「もちろん、最初から最後まで見守るつもりだった。そのためのスケジュールだ」


 元キャラ弁を全部完食して次はレジャーシートの上に転がるおにぎりに手を伸ばした拓哉が、あっけらかんとそう言い放った。話が違うじゃないかと反論する前に、腹でも痛くなったのか拓哉の顔が歪む。


「だから、言ったろ俺には勝ち目ないって」


 胸の底から絞り出すように言葉を紡ぐ拓哉が次は空を見上げた。


「雅が心配だから、こっそり後を付けようって提案されたんだ。もうさ、正直、お手上げだって思ったわけよ。勝負すらできないんだぜ? ラインで明日告白する事前準備したのにさ、フラれることもできないどころか、相手にもされてないんだぜ?」


 告白できない辛さ。そんな恋愛上級者しか経験できない代物を僕が理解できるわけもない。返す言葉なんてどこにあると言うのだ。言葉を探す僕をしり目に、拓哉はおもむろに立ち上がり振り返ることなく呟いた。


「だからさ、もうやめた。諦める。ごめん、二人が戻ってきたら、用事できたから帰ったって伝てくれ」

「拓哉、大丈夫か?」

「ああ、少し疲れただけだ」


 そう言い残し拓哉は歩いていく。周囲はGWで浮かれているっていうのに、拓哉の後姿は陽炎にでも飲み込まれた様に希薄である。彼が持つ特有のチャラさなど微塵も感じさせない後姿に、僕は一抹の不安を抱いた。


 でも、今の僕には何も妙案が浮かばない。ただ無力にも、春風に頬を撫でられながら消えゆく友の姿を見送るしかできないのであった。


 それが、GW中の拓哉との最後の会話になるとは思ってもいなかった。


 連休が明けHRで福田先生が「真田が長期入院になった」と言ったのを僕は愕然と聞かされることになった。


 告白どころか。恋を進展させるどころか。僕らの日常が音を出して瓦解していくのが、チャイムと共に告げられた。空席のままの拓哉の席だけが時間が止まった様に何ら変わらない授業風景の中で浮いていた。


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