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初めての恋  作者: 神寺雅文
第五章--告白の先に見えたあの日の約束
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告白の先に見えたあの日の約束98

「お前の魂聴かせてくれ」

「え、ええ」


 歌詞と歌詞の僅かな間で朋希はそう言うとセンターマイクの前を空けた。歌詞が始まっているのに、歌おうとしないところを見ると、僕に歌えと言ってることは間違いない。ああ、どうしよう。客席で事の成り行きを見守る幼馴染達を見ると「がんばれみやちゃん!」とか「一発噛ましちゃいなさい! みやびのためにあるようなもんでしょこの曲!」って好き勝手に叫んでいる。


 ああ、分かった。どうせ誰も見ていない。そう覚悟を決め、僕は生まれて初めてスタンドから乱暴にマイクを取り、小さいころから憧れていた峰岸達郎の様に全身全霊でシャウトした。


「嗚呼! 願いが叶うなら! あの子を抱いてみたい! どこにもいかないで、君だけを抱いていたいいいいいいいいいいいい!」


 歌詞なんて見なくても、口が覚えている。体が勝手にモニタースピーカーに足を掛ける。ここで上着を脱ぎ棄てモニタースピーカーに飛び乗る。バランスを崩したって言い、そのまますっころんでもマイクだけは離さない。へたくそだっていい。魂が籠っていれば。最後のサビに入り――。


僕は宙を舞った。文字通りに宙へと飛んだ。


「あ、バカ! 客席ダイブまで完コピすんな!」


 朋希の声が足元から聞こえる。そこでようやく自分がステージから客席に向かってダイブしたことを理解した。演奏も止まってしまい、体を走る痛みから“やらかした”と思った。立てない。それもそうだ、コンクリートとキスをしたのだから。


「がはははは、まさかとは思ったけど、ここまでとわな」

「いや~あの、朋希が絶賛するのも分かるわ。こいつは最高だマジでバカだ」


 頭から落下してそのままへたくそなブリッジをする僕に、ステージ上からそんな声が掛けられ、ドラマーとベーシストがひょっこりとステージ上から顔を出した。照明が眩しくてよく見えないけど、満面の笑みであることは分かったし、バカにしているんじゃなくて本当に愉快だから笑っているのも理解できた。


「ほら、ナイスパフォーマンス」


 朋希から手を差し伸べられてどうにか起き上がれた僕。演奏も終わり、あれだけうるさかったBGMもなくなってしまっては現実世界の世知辛さが身に染みる。急に恥ずかしくなってしまった僕はうつむいてしまった。


「みやび、よかったわよ? なに恥ずかしがってるのよ! 胸張りなさい」


 よくわからないが奈緒が誇らしそうに胸を張っているし、ステージからその脇まで降りてきたベーシストも変に関してしているようで云々と頷きつつ言葉を紡ぐ。


「そうそう、俺も初めて見たぞあんなダイブ。綺麗な放物線描いて飛んでくとこなんてまさに人間ロケット、感動したぞ」

「桜ノ宮一のアホで有名な変態ベーシスト、モモですらあんなことはしないからな! ロックだロックだ君は!」


 次に遅れてステージから降りてきたドラマーがスティックを器用に指先で回しながらそんなことを言っている。


「うるせー亮、お前だって、MCやらせたら下ネタしかいわねー変態ドラムだろが」


 モモ、亮と呼ばれる二人が僕をフォローしてくれているが、フォローされている気が全くしない。でも、なんだろ、全然嫌な感じがしない。なぜだ、二人が馬鹿っぽいからか?


 僕が内心そんな失礼なことを思っていると、朋希が場を仕切りだす。


「雅、紹介するぜ。俺が心の底から尊敬する我が学園・音楽部の初代部長のドラマー亮さんと誰よりも頼りになるベーシストのモモさんだ」

「おう、モモって呼んでくれ! ナイスガッツ! ぜひ、ベースをやってみないか?」


 差し出された手には大小様々な指輪が嵌められており、その中でも髑髏の指輪がいかにもって感じを醸し出している。しかし、その持ち主はどこか優しげであり、どこか頼りなさそうな印象を抱く笑顔が印象的な男性だった。握手を求められ、握り返した手にはやはり温もりが感じられて、よく見れば耳には何個もピアスがしてあり、地上で見たら絶対目も合わせたくない人種だと言うのに、僕はこの人――モモさんのことが本能的に好きであった。


 そんな不思議な感覚を初対面のモモさんに抱いていると、小柄なドラマーこと亮さんが視界の外から飛び込んできた。


「まてまて、あんな破天荒な動きできるならドラムで世界を変えてみない? この棒二本であんなにもいい音鳴らせるんだぜ? 興奮しないか? 棒でひーひーいわせんだぜ?」

「亮さん、女の子いる前で下ネタ言うのやめてくださいよ! あ、春香今のは冗談だから後ろに下がるな」

「……」


 言う人によると思うけど、確かに下ネタに聞こえなくもなかったので春香の表情から笑みが消える。言ってしまえばドン引きしていた。


「え、何が? どういう意味? みやび分かる?」

「奈緒、おまって奴はやっぱり最高だな」

「うん、奈緒さんはそのままでいてほしい」

「え、なになに、朋希さんまでそんな顔しないで」


 僕と朋希は顔を見合わせうんうんと頷く。奈緒のこう言うところがマジて可愛いんだと、今日初めて会った朋希でも思ったに違いない。奈緒本人は不服そうに僕らを見ているけど、ずっと奈緒にはこのまま純情でいてほしいので解説しないでおこう。



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