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初めての恋  作者: 神寺雅文
第五章--告白の先に見えたあの日の約束
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告白の先に見えたあの日の約束90

「雅、やっぱりお前に黙ってるの嫌だから言うわ」


 ずっと考えていたのだろう。寝落ちして返事もできなかった僕に対して、はっきりとした口調で朋希は言葉を紡ぐ。


「七月七日の春香の誕生日に、春香と一緒にライブに出てその場で“告白”しようと思う」


 膜が張った様にぼやける脳裏にある単語を聴いて電気が走った。いままで感じたこともない動悸とめまいが襲ったのは、告白の二文字が聞こえた瞬間だった。聞きたくなかった宣言である。が、それは同時に聴きたかった宣言でもあった。


「どうしてわざわざ僕に言う? 先に告白するかもよ?」

「雅を騙すみたいでいやなんだよ。もちろん、昨日までの俺なら雅に黙って決行していたさ。でもな」


 視界が暗くても朋希がこちらを向いているのが分かり、僕も朋希を見つめるために寝返りを打つ。


「俺は雅と正々堂々とぶつかり合って、それでもなお、友達でいたいんだ。ダメか?」

「ダメなもんか。ありがとう、先に言ってくれて」

「雅は別にいつでも好きな時に告白しろよな。俺に遠慮して、出来なかったなんて言ったらぶっ飛ばすからな?」


 本当に殴られそうな気がした。だから、僕は自信なさげな声で小さく「うん」と返事をした。


「雅がもし、振られるとなると原因はその優しさだ。でも、勘違いするなよ、それは優しさじゃなくて臆病なだけ。恋から逃げる弱虫だからだ。でも、それがだめだと雅ならきっとわかる。この曲を好きなお前ならな」


 きっと朋希の手にはあのCDが握られている。僕らが愛するその曲は童貞臭くも男なら誰しもが持っている男気で溢れている。それを物心ついたころから聴いてきた僕と朋希。きっと朋希は来る日には必ず春香に告白するだろう。


「僕も、頑張るよ」

「おう!」


 自信なんてあるわけない。朋希のようにロマンあふれるシチュエーションで告白できる男気なんてないさ。ないけども、僕だって春香のことが好きなことは変わりはない。だから、僕も頑張ろうと思う。


 気が付いたらその日は眠っており、次の日二人揃って母親にたたき起こされてお互いのひどい寝ぐせに二人で爆笑した。あの告白宣言が嘘だったかのように、朋希は寝る前と何変わらずお気に入りの曲を歌いながら顔を洗っている。でも、明らかにその歌声には熱意がこもっており、作戦を決行するその日のことを意識していることは僕でも分かった。


「雅、お前も歌え!」

「ええ、僕はいいよ」

「いいから! さあ!」

「もう、分かったよ」


最終日となるその日、僕らがまさか肩を組みながら『童貞総ヤング』を歌いながら保育園まで来るとは思わなかった春香は、大粒の涙を流し「やっぱり二人は私の大好きな二人だ」って泣いたのであった。


「最終日にしてようやく三人の気持ちが一つになった。とても素晴らしい一週間じゃったね」


 その日も無事に新米先生として園児たちと遊び倒した僕に、梅先生がそう言葉を掛けてくれた。


「ハルコ先生に会えんかったのは残念じゃが、何かいいことでもあったのかい雅くん?」

「え、まあ、先生のことはもういいですよ。春香の気持ちを考えると、詮索しないほうが今後のためだと思いました。それに、朋希と話せるようになったことが一番の収穫ですし」

「そうかそうか。なおちゃんが心配するほどのことでもなかったの。まあ、私から見ても雅くんと朋希クンは似ているからね。女の子の好みも言動も、将来性も」

「好みはともかく、将来性は朋希にはかないませんよ。僕には何の取柄もない」


 今ですらギターの演奏を園児たちにせびられて困惑する朋希とそれと同調するように好きな曲をリクエストする春香を遠めに眺め、僕は梅先生に苦笑いを向けた。


「そうかの、雅くんが気が付いていないだけだと思うけど、自分の可能性に?」

「いや、僕なんてのはあの二人のキラキラした姿を客席から携帯のカメラで撮影して眺めることしかできない人間です」

「良く撮れてるじゃないかい。二人の生き生きとした姿、これを撮れたのは君のセンスだと思うけどね私はね」


 先ほど時間を見つけて撮影した動画をもう一度見返す。演奏する二人の距離感とか時折零れる笑顔とか、僕が見ていて素敵だと思う瞬間を撮っただけに過ぎない動画を、梅先生はそう評価してくれた。


「ん~そうなんですかね」

「そうじゃよ。この動画を撮っている時、少なくとも楽しかったはず。そういった日常の些細な出来事、それに気が付き極めたのがあそこの二人。今からだって遅くない、好きなことをやりなさい」


 僕が二人へ抱いていた劣等感に気が付いていたのか。侮りがたし梅先生。シワシワに萎んだ顔面を余すところなくふんだんに使い笑う梅先生を見ていたら、僕もなんだかできそうな気がしてきた。


「そっか、僕の好きな物ってこれなんだ」


 スマートフォンのちゃっちいカメラで撮影された動画。そこに映るは眩しいばかりに英気で溢れる若人二人。その姿を記録に残してこうやって見返すことが出来るのいは、僕がその時咄嗟に“撮影したい”や“二人のこの姿を動画に残したい”と思ったからか。


 この一種の衝動が今後の人生にどれだけの影響を与えるかはまた別の話ではあるが、この日のこの動画が僕の人生を大きく動かすことになり、この恋の行方にも大きくかかわることにもなったのであった。


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