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初めての恋  作者: 神寺雅文
第1章--出会いと戸惑い
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出会いと戸惑い02

 そんな騒々しい朝を何十回も経験しその陽気だけで心躍る四月を迎えた。


 我が桜乃宮市(さくらのみやし)はこの時期、桜吹雪の海に沈む。一年の中で最も美しい季節だ。桜色の波が街路を洗い流し、その中を滑走していると自然と心が毬の如く弾む。こんな清々しい朝は、バスなど乗らずサイクリングしながら花見登校を他の生徒もするべきだと本気で思う。


 例の夢などすっかり忘れ、僕は二年目となる登校を快調に開始した。


 僕らの住む桜乃宮市は、地方一の都市を目指し二十年前から絶賛都市開発中だ。そのモットーは、大都会に負けないくらいの活気を一地方の市で保有すること。地方分権ってやつを愚直に目指す「地方都市の先鋒」ってこの間の選挙で市長は豪語していた。


 で、これから向かう学園はマンモス校と言われるほどに巨大かつ膨大な在校生数を誇る中高一貫の進学高校と国のお偉いさんからも認識され、ニュース番組でも幾度となくネタにされてはその経済効果で、桜乃宮市は人口も活気も地方都市としての確たる骨格をも完成させつつある。

 

 その手の事業、行政、施設誘致に力を入れてきた投資家の高笑いが聞こえそうなくらい潤沢とした経済力を持つ一都市と言え、もちろん県庁所在地となっている。木村財閥と称される世界にも名をはせる総合商社がこの地に本社を構えていることが全ての始めり、日本の経済を回しているのは桜ノ宮市と言っている経済学者までいるほどだ。


 現に家を出て数分、追い抜いたサラリーマンは星の数ほど、同じ制服を着た歩行者を追い抜いた回数は数知れず。男女で登校しているペアなんてザラであり、桜を鑑賞するアベックを交わすのが大変なくらいに我が街も学園も人で溢れている。


 故に、学園での出会いなんてモノは腐るほど廊下や食堂ないし校庭に転がっている。もしかしたら街にだって桜の花びらくらい存在する。一人ひとりに恋人がいてもおかしくないほどにだ。


 で、ここからが重要。僕も若いころは人口の多さに胡坐をかいていた。それが油断大敵の良い例とも知らずにね。それら無数の出会いに安心して気を抜いていたら、あら不思議僕の様な年齢=彼女いない歴がネックとなる恋に疎いダメンズが無数に誕生してしまった。先ほどの様に実母にそれをネタにされるようでは、そろそろ僕も本腰いれて――


「あれ、どうしたんだろ?」


 ふと、桜並みきの沿道の隅に視線が止まる。社会人が操縦するピスト自転車と一方的に張り合い歩行者を高速で追い越し、この世で最も苦手な心理現象――恋――への決起を考えていた矢先、絵に描いた様な「困ったな~」って仕草をして頻繁に屈伸運動する女子生徒を発見した。


 その子の視線の先を辿れば、ガードレールに立てかけられたチェーンの外れたワインレッドの自転車が彼女のモノだと一目で分かった。


 どうしましょう。見るからに知らない子だし、美人系女子は頗る苦手なんだよな。この考えが浮かぶ自体がダメンズ思想であり、見なかったことにして通り過ぎようかなあ、彼女もイケメンに助けもらった方が嬉しいと思うし。なんてのは愚の骨頂、負け犬根性甚だしい。


 うだつの上がらない親父から「モテなくたっていい。だけど、女の子が困っていれば全力で助けるのが男だ」って小さいころから教え込まれているもんだから縁石を交わして歩道に侵入。


「自転車がどうかしましたか?」


 極力視線を合わせないように細心の注意をはらい近寄る。


「ええ、あ、えっと、そのチェーンが……」

「あれま、見事に外れてますね? それなら僕が直しますよ」言葉と同時に愛車のスタンドを立て、彼女の脇に座る。


 僕のオンボロな“マイカー”は機嫌が悪いと直ぐ文字通りに切れる。そのまんまの意味で簡単に靭帯を切断もしくはほっぽりだす。チェーンなんて投げ出すモノだと勘違いしているに違いないほど、すさまじい外れ方を披露するんだ。


「あ~かんじゃってますねこれ。これを直すには少しコツがいるんすよ」


 気性の荒いじゃじゃ馬を乗りこなすうちに、その手の故障を数秒で修理できる腕を身に付けた僕は、腰まである艶めくロングヘアを春風に靡かせる彼女の前にさらに身を乗り出し、予めカゴに積んでいた工具を朝陽に反射させ作業開始。


「あ、すみません……私不器用で……。そんな道具があるんですか? 知らなかったです」


 横目で彼女を確認すると、幼子が新たな発見をし「胸躍ってます」って言いたげな瞳をしていた。


「いやいや、君みたいな可愛い女の子には不似合いな道具と作業っすからね~」

「え、可愛い……? 誰がですか?」

「あ、いや!」


 しまった口が滑った! この潤滑油まみれでつるつる滑るチェーンと同じく恋の甘酸っぱい飛沫で口が思わず滑り迂闊な事を言ってしまった。 


 その纏う雰囲気と言葉使いだけで百パーセント自転車を直しそうな「キャラ」じゃない彼女の鈍色の油で汚れた両手を見れば、数十分以上は彼女が懸命に復旧作業をしていた事は容易に想像がつき、しかも相当苦労していたのも分かる。だから、その分だけ工具を見た時の彼女の反応が男心を刺激してきたんだ。



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