告白の先に見えたあの日の約束25
その時、初めて知ったが春香は自宅では赤縁眼鏡を愛用しているようで、その容姿からしたら出来の悪い教え子へ“熱い指導”をする姿は似合っていると言えば似合っている。クールな女教師が指差し棒で教卓をビシバシ叩く姿に近いと言っても過言ではない。
そのくらいしないといけない程、今回の体験学習に並々ならぬ思いがあるのであろう春香には。「二人でイチャイチャできたらいいな」って午後の授業が始まり心地よい日差しで微睡みつつ思っていた自分を殴りたいくらいだ。
「にゃーの時の手の角度はこう! この歌の猫は三毛猫なの。下がっていたら先生不機嫌なのかな? それとも、ワンちゃんなのかなって不要な不安と勘違い与えちゃう! 幼い頃に間違った知識を教え込むのは保育士が行ってはいけない行為の一つ。ご法度だよ!」
手遊びでこの熱の入り様だ。しかも、猫の鳴き真似をした時に、頭上に掲げる両手の角度を一度単位で指摘するんだ。正味五才くらいの子供に猫や犬の耳の違いなんて分かる子がいるとは思えない。そもそも、今ではたれ耳の猫だってある程度有名だし、そこまでシビアに真似をしなくても――。
「屁理屈言わないで! 私たちは戦場に行くの! 一瞬の不手際が原因で親御さんから度重なるバッシングと非難を受けて何人もの先生たちが保育業界から去っているんだよ? 分かってるのみやちゃん? 愛猫家の親御さんに猫の真似も出来ない保育士なんて存在意義ないって言われたいの? あ、もしてかして、猫ちゃん嫌い?」
いつもの三割増しで感嘆符を付けて話す春香に僕はすっかり気おされている。
「すみませんでした。しっかり教育とは何たるかを考えて、一つ一つの動作を的確に行い子供達に正しい知識を身につけさせます。だから、もう指差し棒でテーブルを叩くのをやめてください」
これはこれで春香の意外な一面を見れて嬉しいが、地雷を踏んでしまった感が否めずとりあえず場の鎮静化に努める。
「そう、分かればよろしいのです。人は失敗して学ぶ生き物だから、一度目は許します」
「……、二度目は?」
ゴクリと唾を飲み込む。
「クレームが怖くて教育は出来ません。時には躾も大事です!」
パチン! と小気味よい音がしたのは春香が自分の手を指差し棒で叩いたからだ。
緩めるところは緩め、閉めるところは閉める。許すときは許して、叱る時はしっかり叱る。春香の中にはすでに基準となる信念がある様だ。まったく立派な心掛けであるが、もしかしたら母親の影響だろうか。
「そういえば、お母さんは? もう六時になるけどまだ帰ってこないの?」
「え、ああ! そうだね、保育士って意外と事務処理とかあるみたいだからね。今日はお父さんも遅いみたいだし」
母親が保育士だけあって体験する前からいろいろ保育士事情も知っている様で、僕なんかは定時で上がれるものだと思っていたから、思いの他ハードな職業なのかも知れない。




