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初めての恋  作者: 神寺雅文
第四章--解き明かされる過去
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解き明かされる過去70

「え~、じゃあ、俺からもう一つ言いたいことがあります」


 僕が自分の席に着くころには奈緒も春香も着席しており、会場の喧騒が一旦落ち着くと拓哉がまたしても何かサプライズをしようと動き出した。さすがにこれは知らないので拓哉の合図とともに準備されたスクリーンに期待が湧いてしまう。


「まず、奈緒ちゃん、謝りたいことがあるんだ俺。四月からずっとしつこくしてごめん、迷惑かけて申し訳ないっす」

「え、私は別に迷惑とか思ってないし」


 急に話の矛先が自分になり柄にもなくテンパる奈緒に、拓哉は深々とお辞儀をして言わなくても良いことを告げた。


「四月、俺は君を利用して過去から逃げようとした。サッカー出来なくなって何も取り得なくなっちゃっただけならまだしも、サッカー部のメンバーに合わせる顔なくなってさ、今後どうやって生活しようか本気で悩んでたんだ」


 拓哉がそんな話をしだすもんだから会場が水を打った様に静まり返る。


 その熱い眼差しは奈緒に向けるのではなく、彼女である優香さんに向けるべきだ。そう、思ったのは僕だけではなく、奈緒も何か言いたげに口をもごもごさせている。けど、円卓上で僕の真向かいに座る奈緒は何かを悟った様で小さく頷いて拓哉の話しに耳を傾ける。


「生まれて初めてボールを手放して、ボールなしでどうやって普通科の生徒と仲良くなればいいかなんてわかるわけないよ。俺バカだから、苦し紛れに適当にコンビニで見かけたメンズ雑誌読み漁ってそこに書いてあった「美女を虜にして他者に己を示せ」って言葉を鵜吞みにしてそれを決行することにしたんだ」


 あの雑誌か。確かろくでもない事しか書いてなくて五月になる頃には捨ててたはず。拓哉だって人を利用するのはおかしいって自分で気が付いたからそうしたんだろ。今更、そのことをこんな大勢の前で公表する必要性はないはずだった。


 それでも、拓哉は言わずにはいられなかった。バカなりに考えて懺悔することを決めたに違いない。だから、マイクを握りなおして持ち前のチャラさで言葉を紡いでいく。


「でさ、クラス表見たら奈緒ちゃんと同じクラスなわけ。俺の強運はまだ尽きてないって思ってこれしかないって覚悟決めたんだ。したらさ、あの奈緒ちゃんと対等に接することが出来る男とも同じクラスになれるなんてもはや勝ったも当然」


 あの日、脳震盪を起こした僕を快く教室まで連れて行ってくれた行為の裏側には、そんな思惑があったのか。本当に、言わなくてもいいようなことを臆することなく淡々と紡ぎ、一体何をしたいんだ。周囲の何も知らない部員たちも少しだけ落ち着きがなくなってきた。


「俺は雅を利用して奈緒ちゃんに近づいたんだ。最低だろホント。己の自尊心の為に掛け替えのない友をダシに使い、裏切り者の哀れな男になるのを回避しようとしたんだ。卑怯だろ、こんな俺が友達思いでどこまで優しい雅、お前を騙してたんだ……」

「な、たくや――」


 反論しようとしたがその前に奈緒が無言で立ち上がって歩き出した。


「しかも、俺はお前の、お前の大切な子を悲しませてしまった……。俺と出会わなければ、お前はもしかしたらあの日――」


 あの日とは僕が春香と水族館デートをした日のことか。そうか、拓哉の狙いが分かった。拓哉もあの日、奈緒に気持ちを伝えると言っていたし、この関係を変えたいともラインで言っていた。それを思い出し、僕もただ黙って拓哉の話しを聞くだけにした。


「どんなに謝っても償えないことは分かっている。俺の我儘で雅、春香ちゃん、そして奈緒ちゃんに大変な思いをさせちまった。それだけは謝りたいんだ。そして、いままので関係を壊して新しい関係を築きたいんだ」


 奈緒がわざわざ席を立ち高砂席に歩みを進めたのは、誰よりも感が鋭い奈緒ならではの行為だった。拓哉も拓哉で歩き出す。


「奈緒ちゃん、君のことだからあの日も気が付いてたんだと思う。でも、俺は雅とホントの友達になりたいんだ。だから、俺のことちゃんと振ってほしい。あの日の、俺と決別させてほしいんだ」


 高砂席から降りて奈緒と対峙する拓哉。若干声が震えているのは、やっぱりどこかで奈緒のことが好きだったからじゃないだろうか。


 なんて勘繰りは無粋か。会場が固唾を呑んで二人を見守る。


「奈緒ちゃん、君のがことが好きです! どうか、俺と付き合ってください!」


 マイクを使わず地声だけで想いを告げ、右手を差し出し頭を下げた。


「ごめんなさい、私、好きな男の子がいるから無理です!」 


 会場からどよめきが発生したのは奈緒のその発言のせいだ。拓哉が振られたにも関わらず満面の笑みで奈緒にピースサインをしたからじゃない。あの奈緒の口からまさかの他に好きな人がいるから宣言が飛び出したからである。


「やっぱりね! そうだと思ったよ。でも、奈緒ちゃん、俺と改めて友達になってくれる? できれば、ずっと雅と友達でいたいからさ」

「べ、別に今のはその場のノリってやつで……」――自分の発言に舌の根の乾かぬ内に自ら反論する奈緒。話題を反らしたいのか矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。

「こほん! それに、拓哉君、こんなことしなくてもあのバカは君のことずっと親友だと思ってるよ。出会いはそうだったかもしれないけど、私たちはもう苦楽を共にした友人同士、負い目なんて感じないでいいわよ。それよりも、優香ちゃんを悲しませたらただじゃすまないから」


 さすが奈緒! 男らしくて抱かれたい! 女子マネージャーの席から黄色い悲鳴が上がったのは奈緒のせいで間違いない。性別関係なしに人の心を奪うとは、奈緒が一番の“たらし”だと思う。僕だって幼馴染じゃなかったらどうなっていたことやら。


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