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初めての恋  作者: 神寺雅文
第四章--解き明かされる過去
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解き明かされる過去41

「先生の子供も男の子なんだ。なんだか不安になるな~男の子ってどうしても好きな子の前だと無茶しちゃうから」


 あと何カ月もしないで産休に入ると噂されている。一番母性本能が強い時期だからか、そんなことを呑気に言っている。まあ、少なくとも男なら好きな子の前ではカッコつけたいモノだ。


「ほどほどにしないと二人とも愛想尽かしちゃうよ」


 クスクス笑って言われてもなあ。これは男と男の友情の為である。少しの無理でも通さないとイケない。それを二人にも分かってほしいが、あの感じだと無理だと思う。これは、手を打たなければやばいかも知れない。どうせ明日もあるのだろうし、また春香に泣かれたら今度こそは奈緒の怒りの一撃をお見舞いされることになるだろう。


 あとどれ位待てば迎えが来るのか。母親は免許を持っていないし父親は社畜もいいところの残業マンである。息子が倒れたと聞いてすぐさま迎えに来るとは思えない。


 気が付いたら僕は眠っていた。ある日、どうして保健室を嫌いになったのか思い出すにはうってつけの夢を見ていた。


 今度はあの夢とは真逆の純白の世界。そこにポツリと置かれているのはパイプベッドと心電図である。あの無機質で冷たい単音を吐き散らかし、画面では波形が波打っている。


どうやら、まだ“生きている”様だ。


 生まれて初めてこの夢を見たときはベッドの住人の顔があるべき場所に白い布が置かれていた。あれはさすがに幼い僕にとっては衝撃であった。まさにトラウマものである。


 昔はその場の臭いも分かったのであるが、今は何も感じない。薄れてきたのかも知れないし、病院と言えば消毒液クサいと短絡的に幼い脳が判断していたのかもしれない。


 兎に角、この夢のせいで僕は保健室や病室が嫌いになった。


 今更何を伝えたいのかも検討が付かない。淡々と心電図の音が聞こえるだけだ。

 

 と、思っているとベッドが軋んだ音がして布団がもぞっと動いた。動いたついでに白い腕がベッドの縁を掴んでいる。どうやら寝ている人間が起き上がろうとしている様だ。


 正直、とても嫌な予感がした。まるでホラー映画のテレビから飛び出してくる幽霊の様にゆっくりとした挙動でベッドが盛り上がり真黒な頭が見えて、簾の様に前髪がだらりと布団に垂れた。


ああ、やばい。視界が勝手にその女に近づいていく。近づく過程で判明したが、僕の視線はベッドの上にいる女よりも低い位置にある。つまり、子供の視点と言うやつだ。徐々にベッドに近づき、ついには手の届く距離まで近づいた。

 

 生きているのかも判断できない程、女は身動き一つしない。その女の時だけが止まってしまったかの様に、心電図の音だけが冷たくなっている。てことは、死人ではないはずなのだが。


「はるこ……ママ?」


 僕か、そう言ったのは。勝手に声が出た。知らない名前を知らない女に呟いたのだ。まるで心配しているような口調で。


 ママってなんだよ。自分の母ちゃんの名前はジュンコだろ。


「ねえ、死んでないよね? ママは、死んでないよね」


 物騒なことを言うもんだ。自分で口走っておきながら思わず口を押えてしまった。病室でしかも心電図を付ける相手に「死んでないよね」はないだろ。


 恐る恐る、終始無言の女を見上げる。正直後悔した。


「あんたのせいだろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 絶叫、断末魔の叫び。顔面蒼白で口、鼻、目から血を垂らす女がそう叫んだ。前髪から除く双眸は窪んだ様に真黒に塗りつぶされていた。


「うわああああああああああああああああああああああああああああ」


 思わず飛び起きた。もちろん、現実世界で。である。


「どどどどどど、どしたの? 大きな声出して」


 そんな震える声が聞こえたと思ったら、パイプ椅子からずっこけ落ちた奈緒が地べたに座り込んでいた。どうやら驚いて腰を抜かした様だ。


「変な夢をみた……」

「また?」


 椅子に座ることなく奈緒が近寄ってきて僕の額に手を当てる。


「熱はないようね。ただの夢よ。昔みたいに風邪で弱っているわけじゃなさそうだけど……」


 昔と言うのは小学生の頃である。高熱に魘されると良くこの夢を見ては、泣きべそをかいた記憶がある。母親には笑い飛ばされて相手にされなかったが、奈緒だけは親身になってその話を聞いてくれた。


「なんだよ?」

「本当に大丈夫?」


 まだ手をどけない奈緒。さすがに奈緒相手でもこうも至近距離で見つめられると照れる。


「大丈夫だって、むしろここにいる方が体に毒だ」

「そうね、昔から保健室嫌いだもんねみやび。あ、迎えきたみたいだから行こうか」


 奈緒のスマホが鳴った。息子の僕を差し置き、奈緒に連絡をするとは何を考えているんだあの変態親父め。いつ奈緒と連絡先を交換したんだ。


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