五三二回目の死に望むのは……
失敗したのだと理解したのは、目の前の光景が真っ赤に染まった時だった。
別に、成功するとは思っていなかった。否、失敗すると分かっていた。
何故なら、挑戦したのはこれで五三一回目だったから。
「何回やり直せばいいんだろうね」
ゆっくりと腹からナイフを抜き取る。
今回も、此処で「私」という人間はこの世界から消え失せたことになるだろう。
机にかじりついて、必死に羽ペンかボールペンか、とにかく鉛筆やシャープペンシルみたいに「間違えたから」なんて簡単に消しゴムじゃ消せない何かを使ってこの舞台を描き続けている作者は「また失敗した」と紙ごと私とこの世界を捨てる。
全く同じ人間を生み出しては、創りあげたいであろう幾つもの世界に放り込むのはいかがなものか。
お陰で私は、私の死を悼むことができなくなった。
未来も過去も「私」というモノが何者なのかという疑問すら吐き出せないまま、ただ操り人形よろしく、初めましての世界をあたかも自分が生まれるべき世界だったという顔で歩かなければならない。
ああ、本当に――
「馬鹿らしい」
ポツリ呟き、意識を手放す。
目が覚めるまでほんの数日。
いい加減にしてくれと言えないまま、私は再び全く知らない世界に放り込まれた。
人間が最弱な世界で、今度の私は「英雄」という笑えない立場にいる。
「生き残りたかったら……」
殺せと誰かが命じる。
最弱な生き物の中で異質な私。
神様とやらに愛され、何の努力もせずにどんな生き物にも勝てる力を、誰もが恐れるような不思議な力を得た私。
求めていないのに、異性に求められ続ける私。
「今度こそ成功すると思ったの? 作者様」
冷たい言葉を吐き出し、真っ赤に染まる景色を前に私は嗤った。
例え、この作られた世界の中で一番強くなったとしても。
例え、この作られた世界の中で一番求められたとしても。
「結局は操り人形なんだ」
そう、例え「私」がこの世界でどのように生きようと、私を「私」として作った人が――
この世界の創造主となるペンを持った誰かが――
「失敗」
「終わり」
「いらない」
そんな言葉とともに全てを無かった事にすれば、「私」は消える。
ああ、これで五三二回目の死。
いつだったかは、この身を穢された。
いつだったかは、仲間に見捨てられた。
いつだったかは、嫉妬に狂った恋人に殺された。
いつだったかは……
ああ、もう覚えていない。
私を生み出した作者様は、「私」を愛してはくれるけれど、私が私であり続けられる世界も運命もお嫌いだ。
ああ、違う。
作者様は「私」などどうでもいいのだ。
本当に求めているのは――
そして、数日後。
私はまた目を覚ます。
ねぇ、作者様。もし、この声が届くのならば……
力も名誉も要らないから、私が「私」であり続けられる世界を下さい。