【外伝番】 記憶と繋がり
「ヴィル、任務だって」
後ろからのんびりした低い声で言われ、何だよと振り向く、もう誰だかは知っているが
すぐに白っぽい青色の髪が目に入り、やっぱりなと溜息をつく
驚くほど整った顔立ちの男、簡単に言えばそんな感じだ
少し青っぽい白い髪に真っ赤な目が二つ、まだ若干二十歳と思われるこの男は、この世界でもトップの実力を誇る実力者だ。
そして、俺の現在の師匠でもある
こんな綺麗な見掛けして、中身はどうかと覗いてみれば真っ黒焦げだ
それでもギャーキャーと黄色い声を上げられるのは流石にむかつくものがある
「何?誰から?」
師匠に対する態度とは思いがたい態度での応対だがこの俺の質問に満足そうに微笑むだけで、注意もしない、この男はちっとも気にしない、いや、気にならないらしい
「神様からだよ、任務内容は神殿に来てから伝えるだって」
なんだと神様だと?とうとう頭のネジ五本位抜けたのか…、そんな嘘で騙されるほど俺は鈍くないぜと言う意味を込めてポンポンと肩をたたくと、男は悪魔のような微笑みを返す
「ほら、念願書だよ、早くいかないと神様怒るよ?」
チラチラと見せつけるのは正真正銘の念願書、ついでにもう受付済み
ギャースこの馬鹿野郎悪魔、そう叫びたいが一応こいつも上司、言いたくてもいえねぇ
「めっさ口に出してますよー、ヴィル君」
頭に手を置かれ、信じられない力で握られる
マジ死ぬマジ死ぬー何こいつ細身の癖して馬鹿力って!!バタバタと暴れていると、いつの間にやら空を飛行中
「あ、手離してほしい?」
また来たよ悪魔スマイル、お願いです離さないで下さい南無阿弥陀亜南無阿弥陀
ポイと投げ入れられたのは綺麗な大理石の床が続く建物、神殿だ
任務あるからじゃーねとさっさと飛んでいく上司、俺を送ってくれたんだ、優しいじゃんそう思って少し感心していると、自分のズボンのポケットからはみ出している紙に気づくあー何だろう嫌な予感
紙を広げてそこに書いてある字を読むと、こんにゃろうふざけやがってと言う感想しか出てこない
『お前が遅れたりすると俺の評価が下がるんだよ、これからは俺の弟子らしく気品のある言葉使いとかに気を付けろや、わざわざ優しく送ってやったんだから感謝しとけ』
何この命令口調?まぁ師匠だから当たり前だけど……
もうちょっと言い方ってもんがあんだろうよと愚痴愚痴言っていると、使いのゴーレムが来る
「神がお待ちです、遅いですよ死神ナンバー168ヴィル・ウィン」
溜息と一緒にでたような台詞、これだから此処の世界の住民は嫌いなんだよ、上からものがあるいいやがって
「へーい、了解しました」
態と行儀悪く接すると、そのゴーレムはやっぱり死神って下級だねぇと呟く、オイコラ殴って良いですか?
何もない大きな広場に通され、暫くすると声が聞こえた
まぁ簡単に言うテレパシーみたいなもんで、任務内容を聞かされた
単純に言うと、これから俺の知人の過去を見てきてほしいらしい、んなもん自分で行けば良いのに……
「では、お願いします」
はい、と短い返事をして、目を瞑る
体が地面に吸い込まれ、少しずつ分解されていく
そして大きな狭間に吸い込まれる
全てが吸い込まれ、目を開けると異世界が広がっていた
燦々と降り積もる灰色の雪と見知らぬ家々
その中の一つの大きな赤い家
そこに、見慣れた色合いの髪を持つ少年が居た
血だらけで、所々酷い怪我をしている、まだ新しいものらしく、ジワと服に滲んだ赤は鮮やかだ
「今日の報酬です、160万ドリル」
担いでいた大きな袋を門前に居た男に渡し、心配そうに返事をまっている
「ふーん、結構安かったんだね……三日も掛かって刈った化け物なのに」
当たり前のように少年の金を受け取り、不満を言う
160万と言う大金を安いと言うこの男は、ブクブクに太っていてブタのようだ
それに比べ少年は痩せ細っていて、肉が殆どない
この男が少年のような生活をしたら、すぐに死んでしまうんだろうな
「………すみません、今度はもっと大金を持ってきます」
怯えながら誤り、立ち去ろうとする少年を待てとブタ男が捕まえる
そしていきなり、思いっきり殴った
少年の体は大きく飛び、強く地面に叩き付けられる
ツゥーと、少年のこめかみに血が伝う
「よくそんな弱っちぃ体で賞金稼ぎなんて出来るよな、化け物どもの対したことないんだな」
吐きすれるように言って、男はそのまま大金を手に家へ戻る
これは、虐待と言う行為ではないだろうか
でももしこれが虐待だったら、これほど非道い虐待は無いだろう
子供に危ない仕事をさせて大金を稼がせ、そして殴る
人間は、これほどまでに汚い姿になれるんだと、初めて知った
「ゲホゲホッ……痛っ………」
数分後、男が完全に立ち去った事を確認し、少年はヨロヨロと立ち上がる
こめかみを流れる血はどんどん酷いものになり、次第に血まで吐き出す
「お、おい大丈夫か?」
思わず駆け寄ると、少年は驚いたようだ、体を強ばらせて仰け反る
―――赤い目
少年が初めてこちらをみて、此方も驚いた
この少年は、多分自分の師匠だ
髪の色も目の色も同じ、顔立ちもあの顔を子供にするとこんな感じになっていただろう
にしても可愛い顔だ、コレがアレだとは信じがたい……
「お兄さん誰?」
そう言われ、改めて少年の存在を思い出す、それにしても師匠にお兄さんて……
やはり大人バージョンと子供バージョンの大きなギャップに驚く
「えーと、通りすがりの旅人。君、酷い怪我だけど大丈夫?」
こういうのはみっちり師匠に教え込まれたから心配はない
俺の説明に納得したのか、質問へと思考を走らせる少年
「大丈夫です、それにしてもこんなご時世に旅とは珍しいですね」
ニッコリ微笑まれ、逆に質問される、まさかこう返されるとは……
それよりこんなご時世って?
「ああ、ちょっと大切な目的があってね」
勿論答えも教えられているから大丈夫、だがこう聞いてくる奴はかなり手強いと聞いた
「そうなんですか、では俺はこれで失礼します」
さっさと切り上げて立ち去る少年、こんなところはそっくりだ
まぁ今はそんな悠長に語ってる場合じゃない、少年の手を掴み止めると、怪訝そうな顔をされる
あ、こんなところもそっくり
「ご、ごめーん、俺今日宿探してるんだけど、泊めてくれない?」
ああ、俺だったらこんな強引な旅人いたら殴るぜ
だがどうやらこの少年は違ったらしい、少しため息を付き、付いてきてくださいと言った
やっぱりあの大きな家に入るのかなと思ったが、そうでは無かった
あそこから暫く歩き、薄暗い路地裏に入ってそこにある小さな家に入った
着いた灰色の小さな家には、小さな電気とソファーと毛布、そして水道と窓だけのの殺風景な部屋が一つと狭い書斎が一つ
「悪いけど此処で寝てください」
そう言われソウァーを見せられる、見たところこの少年が普段寝る場所も此処らしいのだが
「良いよ俺は、屋根と毛布があれば十分」
やんわり断ると、追い出しますよ?と脅された
嫌なところは同じだ
人の優しさなんだと思ってんだこいつは……
「僕はまだ寝ません、食事は遅いですから」
バタンと大きな音がしてドアが閉められる、そして俺は一人残された
何か途轍もなく切ないんですけど、悲しいんですけど
やっぱり元からアレか、子供時代からひん曲がっているのかあの人は
小さくため息を付いて頭を冷やすと、でも子供時代はまだまだ良い方だなと思い直す
寝床もくれたし食事も用意してくれるっぽいし
だが気になるのはやっぱり生活だ、男に殴られ、そして多分危険な仕事をしている
「何であの馬鹿強くてプライドの高い師匠があんなブタに黙って殴られてるんだろう」
少なくとも自分の知っている人は、殴られたらその三倍返す様な悪魔だ
その悪魔も子供時代は少しは大人しかったようだが、やはり俺が殴ったら二倍にして返すだろうと推定される
――そしてこの人生の終わりはもう近い
俺は見習いでも一応大体の死神の能力は会得している
だから直感で分かる、命の終わりが
――――死神と成る者は大きな罪を犯した者だ
――お前はどんな罪を犯した、死滅への道を辿る者ヴィル・ウィン
俺の犯した罪は自殺だった
話によれば、俺は元々その次元に居るべき存在じゃなかった
つまり、異質な存在だ
姿形は同じでも、そこに在るべきものでは無いもの
いずれ体は異質の魂を支えきれなくなり、壊れる
俺の場合は、先に壊れたのは体ではなく精神だった
俺は死んで、体という枷から解かれた
そして俺は大きな風の塊となって、人を殺した
無意識に、ただ悲しみという感情のままに
異質の魂は世界にとっては驚異だ
俺が腕を一回振るえば竜巻が起きて人を襲う
俺が少し地面を殴れば地震が起きる
俺はあのとき、化け物だった
それを助けてくれたのが、師匠だ
師匠は俺を死者の国に連れて行き、助けた
本当は大罪を犯した罪で永遠の苦しみを味わう筈だった俺を
自分の監視の元、死滅までの全てをともに生き、そして異質の魂を刈ると契約の元で
師匠の罪は何だったのか?
何故俺を助けたのか?
それにこの記憶は深く関わっている気がする
見たところ師匠の魂もここでは異質なものらしいが、自殺しそうには見えない
では何故死ぬ?何の罪を犯したんだ?
「おーいソウルー」
大きな野太い声が聞こえた
ソウル、多分それは師匠の前の名前だろう
「ギル?何か用」
短い返事をして出ていくソウル
この様子だとソウルと野太い声の男は知り合いだろう
良い方の
ドカドカと上がってきたのは声の通り大柄で目つきの悪い熊のような男
うっわー!このツーショットまったく似合わねぇー!!
「ん?何だこいつ、ソウルの知り合いか?」
「ああ、こいつね、怪しい旅人だよ」
怪しいって、こいつ俺のこと絶対信用してねぇ
ふーんとつまらなそうに言う熊男
「で、何のようなの?ギル」
さっさと言ってよと促すソウル、その姿は年齢相応だった
「実はまた依頼が入ったんだ、レディとアルフ両方に」
またかと嫌そうに溜息をつき波面すると、ギルが苦笑する
「でっかい竜五匹、あとその他多数」
そこでやっと話がわかった、これは金稼ぎの話だったんだ
そしてこのギルという男は相棒で、二人で依頼を受けているんだ
まったくこんな小さい子供にこんな危ない仕事させていたのかと改めて腹が立つ
「ふーん、あ、ちょっと外して」
そう言われ、俺は部屋を追い出された
そして話が終わる夜中まで、俺は一人悲しく一人で待っていた
「ごめんね、もう入ってきて良いよ」
ニッコリと上機嫌で微笑まれ、少し吃驚する
やはり知人との会話は楽しかったのだろうが、あの悪魔でもこんな風に笑えるのだ
改めて自分が信用されていないと気づき、少しガッカリする
やはりどんな人物でも師匠は師匠、恩人は恩人だ
それになぜか俺はあの人と居るのが気に入っているから、やはり好んでもらいたいものだ
朝日が差し込み、頬を照らす
「ねぇヴィル」
自分が呼ばれ、何だと見てみると少年が一人
「……、お前何で俺の名前知っているだ」
そういうと、逆に驚かれる
「あんた本当にヴィルって名前なの?ヴィル・ウィン」
「そうだよ俺はヴィル・ウィンだ、どうして知っている?」
「ちょっと夢で似ている人いたから」
ああ『前触れ』か
こいつ、今日死ぬんだな
『前触れ』は異質の魂に起こる現象だ
俺も実際、見たことがあった
そして、その夢を見た日に自殺した
随分短い間だったがこのチビ師匠には世話になった
それが今日で死ぬとわかると少し辛い
「夢の中で、俺とあんたは仲間で死神だった」
「そうか」
「俺はあんたを助けたんだ、あんたは化け物だった」
「……」
「悲しい、化け物だった」
「……そうか」
「俺は何だかすごく悲しかったんだ」
「……?」
「すごく悲しくて、悲しくて、助けたくて仕方なかった」
「」
「俺はあんたを助けられた?」
「ああ」
まるで師匠の本当の気持ちを聞けたような感じだった
師匠が俺のこと、すごく大切の思っているようで、嬉しかった
「……ごめん、俺変だ」
顔を俯けている小さな少年、俺の師匠
「別に良いよ、俺は嬉しかったから」
そういって優しく頭を撫でてやると、遠慮がちに抱きつく
この小さい子供の命は、もう僅かだ
「俺さ、拾われたんだ、あの家の人に」
「うん」
「俺の姿はね、おかしいんだって、この世界では」
「うん」
「俺ね、昔から腕っ節だけは強かったんだ」
「うん」
「だから賞金稼ぎしてて、毎日毎日怖いんだ」
「うん」
「いつか、死ぬんじゃないかって、思う」
「うん」
「だんだん増えてく罵りの声が怖い」
「うん」
「だんだん無くなってく、優しい声が怖い」
「うん」
「いつか俺の周りの全員が俺よりずっと遠くの所へ行って」
「うん」
「いつか、俺の周りの全員が居なくなる気がするんだ」
「うん」
「毎日殴られて殴られて、罵られて罵られて」
「うん」
「毎日毎日ずっと恐怖が続く」
「うん」
「最近よく見るんだ、独りぼっちで暗い暗い深い所にいる夢」
「うん」
「誰も居なくて、光さえなくて、ずっと一人ぼっちの夢」
「うん」
「怖いよ」
「ああ」
「すごく、怖い」
「そうだよ、なぁ」
それは俺が知る中での一番の恐怖
一人は怖いよ
死なせたくない、そう思った
こんなに辛いことばかりで
小さくて、他の何にもやらない奴らが生きて、何でこいつみたいに生きたい奴が生きられないんだ
何で、こいつは死ぬんだよ
何でこいつはこんなに不幸なんだよ
何で、こいつは……
腕の中で小さく泣くこの子供が
何でこんなに過酷な運命を背負わなきゃいけないんだよ
「行って来ます」
「うん」
「ありがとう、嬉しかった」
「そうか」
「もし俺が生きて戻ってこれたら、また俺の愚痴聞いてね」
「……ああ」
「俺が死ぬときは――あんたならわかるよね」
そう最後に微笑んで、光の中へ姿を消した
あいつが死ぬときは――
数時間後、俺はこの世界をたった
それは何を意味するか
暗い中、一人の子供が蹲る
真っ赤な血と大きな怪我
そして最後に仲間の死体
白い髪の子供立ち上がる
最後の一人の仲間の武器を掴む
「さようなら、大ッ嫌いな僕の世界」
ツゥーと頬を伝うなま暖かい液体
静かに鎌を首にかけ、何の前触れも無く振り下ろす
自由になった異質の魂は、悲しみの風を走らせる
そして、静かに天に昇っていく
鎌を首振り下ろし、また一つ魂を刈る
「おい、どうかしたか?何故泣いている」
同僚の声
「え?」
驚いて目尻に手をやると暖かい液体
ああ、そうか
「ちょっと昔の事思い出しちゃって」
そう言うと、熊顔の人のいい同僚は苦笑する
「あんなモン、思い出すようなものじゃないだろ」
自分と同じ世界、少しの間同じ道を歩いた者
こいつが死神になっていた時は驚いた、彼も異質だったのかと
「確かにね、でも、少し、良い思い出もあるよ」
そう笑うと、へぇどんなの?と聞かれた
「俺のことを理解してくれる怪しい旅人さんの思い出」
連載はじめの投票がいきなり外伝版!!
ここまで読んでくれた人に感謝します
ついでにコメントくれたら泣いて喜びます