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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

もう一度、あの時を

掲載日:2015/11/22

 0


 人生は一度きりだ。

 起きてしまった出来事を、後悔こそすれどもやり直すなんて事は出来はしない。

 こぼれてしまった水を、元の盆に戻すことが出来ないように人生とはそういう物で、それが人間であると言うことで、普通と言うことだ。

 けれども。


 僕は、その普通の輪から逸脱していたようだ。


 最初にソレに気が付いた時は、夢でも見てるのかと思った。

 小学生の頃。期末テストにまつわる一連の出来事を思い出す。

 僕が悩みながら答案用紙に回答を書き終えて、採点された用紙が僕の下に帰ってきて、悲惨な点数がクラスの笑いものになった、あの時。

 悔しくて、顔を真っ赤にして僕は黙っていた。つらくて、みっともなくて。僕はそのまま消えてしまいたかったけれど。僕を囲む奴らの嘲りは収まらなかった。

 ついに僕は、限界に達して意識を飛ばした。

 そして、次に目を覚ました時には、テスト中の教室の中だったのだ。

 目の前には、あの時見た答案用紙があった。全く同じ問題にして全く同じレイアウトのそれは僕にもう一度のチャンスを与えてくれたのだ。

 でも、僕はこの事象をどういった物か、理解できていなかった。だから、二回も同じテストを受けることを、嫌に思っていた。

 そして、再び用紙が返却され、全く同じ点数を取ってしまい、全く同じに嘲笑の最中に放り込まれた僕は、やっと気が付いた。


 僕には、やり直す力がある。


 僕には、納得のいかない結果を変える力がある。

 こぼれた水が戻らないと言う事象を覆す、神にも等しい力が。


 三回目。僕はテストの点数を少し上げる事に成功した。

 四回目。クラスの中では、一番の点数を取った。

 五回目。同じ学年の中で、一番の点数を取った。


 そうして、僕は人生の勝ち組になった。

 


 1


 僕こと、赤井赤志は平凡な高校生と自負している。

 たぶん、他の奴らの評価もそんな物だろうと思う。学力も普通。身体能力も普通。顔も普通。

 普通三拍子のそろった僕は、たぶんどこまでも平凡な高校生だろう。

 僕は自分の席。窓際の一番後ろの席。俗に言う主人公席で、授業を受けていた。

 何ともつまらない授業を受けていて、僕は退屈だった。くるくると手に持ったペンを回しながら、つまらない授業から突飛な妄想の世界へとダイブする。

 テロリストが教室を占拠して、それを僕が蹴散らして、意中の女子に好意を寄せられると言う妄想。ある程度の話の流れを考えたので、僕は脳内にそのイメージを映し出す。

 と、そんな不毛な遊びをしているとチャイムが鳴った。

「さて、今日はここまで。明日までそのプリントやっとけよー」

 教卓で教師が言う。

 プリント。数学のそれは、一筆たりとも書き加えられていない綺麗なものだった。。

 はあ、とため息をついて、窓の外を仰ぎ見る。今日の授業はこれで終わり。あとは家に帰るだけだ。

 荷物を纏め、鞄を担ぐ。

 そそくさと教室を出ようとした僕に、一人の男が話しかけてきた。

「おーい赤志ぃ。カラオケいこーぜ」

 なんて、茶髪のいかにもな見た目をした男が、僕の前に立つ。

 こいつは僕の親友、とまではいかないが良き友人で、こいつとの関係はお互いが助け合うような、良き相棒のようで、小学生からの付き合いだった。

 でも。あいにくと今日はカラオケなんて気分ではないので。

「遠慮しとくよ。今日は用事があるから」

 なんだよー、と言いながら男は立ち去る。

 僕はそれを見送ると教室を出た。

 僕は中央の階段を避け、東棟の階段へと足を向ける。

 中央階段を通れば玄関口まですぐなのだけれど、遭いたくない人が居るので東棟の方へと遠回りしたのだ。

 東棟には主に理科室だとか、家庭科室だとか、そう言った教室が並んでいる。

 だからか、授業が行われていない時間の今は人通りも少ない。これから部活の時間になればまた違ってくるのだろうけれど、少なくとも僕は最速で教室を出たので、まだこの辺りは人が居なかった。

 でも、その東棟の廊下で、一人の女子生徒と鉢合わせた。

 小柄な少女。

 身長は百五十に達するかどうかと言う大きさで、僕の事を見上げるようにしている。黒い挑発二つにまとめられていた。

 綺麗と言うよりは、かわいい。少女を動物に例えるなら猫より犬、それも子犬だと感じた。

「あ、赤志君」

 僕の名前をが呼ばれた。まさしくその少女、六道鈴音に声をかけられた。

「どうも」

「待って待って」

 制服の袖をつかまれる。

「いや、ちょっと急いでるからさ」

「もー。赤志君は私に冷たいよね。幼馴染なのにさ」

 鈴音が頬を膨らませて言った。

 六道鈴音。僕の二学年上の三年生で、学校一の頭脳に学校一のルックスを持ち。さらにはその性格も良くて、我が校のアイドル的存在にまで上り詰めたのが、この六道鈴音だった。

 そんな鈴音に呼び止められた僕は一体何者なんだと言う話であるが、なんて事は無い。

 六道鈴音とは小学校以前からの付き合いで、ただ家が隣同士で親同士の仲がいいと言うことだけの話だった。

 お互いにいつまで寝小便をしていたかを知っていると言うだけの話で、大した仲じゃあ無い。

 まあ、お互いにそれなりに仲が良くて、高校受験の時は鈴音に面倒を見てもらったりしていた。それに二人で遊びに出掛ける事もしばしばあったが、でもそれは男女仲と言う訳でなくて、あくまで姉弟のような、そう言う関係性だった。そう言う関係性で、耐えていた。

「ごめん。鈴音。でも急いでるから」

 僕は言って、鈴音はさらに袖を掴む力を強めた。

「だめです。赤志君はこれから私と一緒に帰るのです」

「あれ、鈴音も帰りなのか」

 なんだ。てっきり毎日行われる部活勧誘だと思って邪険に扱ったが、なるほど。

 しかし、鈴音の先回りも凄い。

 僕が東棟を通った理由と言うのは、実はこの六道鈴音に見つからずに帰る為で、いつもは中央階段で捕まっていたものだから、今日こそは、と思ったが。

「しっかし。なんで判るかねえ」

 一人つぶやいた。

 鈴音は首をかしげてこちらを見上げる。

 相変わらずの子犬っぷりについ頭を撫でてしまう。

「あう。やめてよ赤志君。私の方がお姉さんなんだから」

 ぷんすかと、起こる鈴音。

 僕はそれを見て、素直にかわいいなと思う。

 癒される。

 僕は密かに鈴音の可愛さを堪能して、そして歩き出した。

「あ、待ってよ」

 と鈴音が追いかけてくる。

 そして、並んで歩く。

「ふふ」

 鈴音が笑う。

 僕が見ると、すごく嬉しそうにしている。尻尾を振るのが見えるようだ。

「どうした」

 僕が聞くと鈴音が答えた。

「急いでるのにさ、歩幅合わせてくれるから」

 鈴音と僕とでは、歩くスピードは段違いだったから。

 ただでさえ鈴音は、同じ女子にだって置いて行かれるくらいに歩くスピードが遅いから、男の僕が自分のペースで歩けばどうなるかは見なくても分かる。

 だから僕は、必然スピードを抑えて、歩幅も同じくらいにするのだ。

 鈴音が、僕に寄り添うように歩く。

 少し照れて、頬を掻いた。


「ねえ、赤志君はさ好きな人っているの?」

 顔を朱に染めながら鈴音が問いかけてくる。僕は、鈴音に対してその明確な回答を持ち合わせていた。いたけれど、答えられなかった。一緒に過ごした時間が長すぎて、改めてその答えを言うのが気恥ずかしいだけなのだ。

「そういう鈴音こそさ、いるのか? 好きな人」

「うん」

 答える鈴音。そうか。好きな人はいるのか。

「どんな奴なんだ」

 と聞いて後悔した。聞くべきではなかったとそう思った。

 鈴音は僕を見て、秘密とだけ言った。

 僕はふうと一息ついて、階段に足をかけた。東棟の階段。

 さすがにここを歩くのは僕らぐらいしかおらず、もし告白とかするならこんな人気のない所の方がいいかな、なんて思った。

「私ね、告白するより、されたいな」

 鈴音が言う。

 僕は答えない。

「その人ね、ずっとたぶん私の事好きなんだけどさ」

 鈴音が続ける。僕は答えなかった。

「告白、してほしいな」

 鈴音の言葉が耳から離れない。


「そう言えば、用事があるんじゃなかったの」

 校舎から出てすぐの横断歩道で信号待ちをしていると鈴音が言った。

「ん。ゲームの発売日なんだ」

「あ、怪物ハンター? 私も予約してあるんだ」

 鈴音が言う。

 なんて他愛ない話をしていると、信号が青になったようだった。

 この道は、かなり車通りの多い道で、それなりの大きさの車も通る道だ。

「青になったよ、赤志君」

 鈴音が言って横断歩道を渡りだした。

 僕もそれに倣って足を踏み出したが、そこで大きな声が聞こえた。

「危ない!!」

 え、と。足を止めて、その声の主を探そうとしたが、そんな些末な出来事は、目の前の大事にかき消された。

 ごう、と。

 目の前を大型トラックが走り過ぎて、しばらくして電柱に激突して停止した。

 僕の視界には横断歩道と、ボロボロになった一つの鞄。

 見知った鞄。小さな彼女。子犬のように愛嬌のある、鈴音の、その鞄。

「救急車呼ばないと」

 聞こえたが、そんな事はどうでもいい。

 ああ、と。膝をついた。

 あんなに、無邪気に笑っていた。

 こんな事。ありえない。


 白い線を赤色の液体が塗りつぶしていく。

 その、赤い液体を発生させている原因である肉塊。

 ぐちゃぐちゃになった、肉の塊。


 手が震える。


 制服も見えた。女子の制服だ。そのサイズは小さくて、たぶん百五十センチも無いような小さな女物。

 さっきまで、見ていた制服。真っ赤に染まって、ずたずたになった制服。


 声が出ない。


 あれ、そう言えば鈴音はどこへ行ったんだろう。

 さっきのトラックは危なかったから。もっと気を付けないと。


 嗚咽が収まらない。


 なあ、鈴音。何か言ってくれよ。

 おい。


 僕はすがるようにして、泣いた。

 肉塊に。六道鈴音だった肉塊に。


 遠くにサイレンの音が聞こえて、僕の意識は白く消えていった。



 2


 僕は、平凡な高校生だ。だから、授業だって程々にしか聞いてないし、それなりにエッチな事にも興味はある。

 僕は平凡だ。少なくとも、身近な人が死んで、精神状態が不安定になるぐらいには平凡だ。

 だから、数学の授業中に悲鳴を上げて卒倒して授業を中断させたって、しょうがない事だった。

 保健室に運ばれベッドに寝かされている僕。

 気を使ってくれたのか、僕は保健室で休まされている。落ち着いたら帰ってもいいとのことだった。

 僕をここまで送って、見守っていた保健委員の眼鏡と委員長に痛い子を見る目をしながらも、お大事にと言われてしまったが。そんな事はどうでも良い。僕が痛い子に見られようが、そんな事は大事ではない。彼らが退室するのをを見送って僕は鞄をひっつかんで保健室を飛び出した。


 走る。全速力で走った。

 息が出来ない。息を吸うのを忘れるぐらいに必死に走った。

 走って、東棟へとたどり着いた。


 いまだに授業が行われているのか、教室の中からは人の気配がしていた。

 僕は階段近くの廊下の壁に寄りかかって息を吸った。

 久しぶりだったので、少し驚いただけだ。

 自分に言い聞かせて息を整えた。

 そして、廊下から幾人もの足音が聞こえてきた。どうやら授業は終わったらしい。

 チャイムも聞こえないほどに僕は疲弊していたようだ。

 さて、あと数分で彼女はこの場に現れるはずだけれど。

 僕は流れ出る汗をぬぐう。

 久しぶりすぎて、いや。これほどまでのは初めてだ。だけど、いつかはと覚悟していたはずだ。


 やがて、六道鈴音が僕の前にやってきた。

「えー。待ち伏せしようとしたら待ち伏せされてる?」

 鈴音がかわいらしく首をかしげながら僕を見上げる。ああ。生きている。まだ、生きている。

 子犬のような彼女は、僕に帰ろうと促してきた。

 僕はそれに従う。

「んー。やけに素直だね赤志君」

 訝しげに僕を見る鈴音。

「なんでもないよ」

 答えて、僕は鈴音の手を握って歩き出す。

「ぇう」

 暖かい。そして小さい。鈴音を感じる。この手に、小さな手から確かに居るんだと、生の鼓動を感じる。

 鈴音はあたふたとしていた。その様が一段とかわいくて、見惚れてしまう。

「ど、どしたの赤志君。赤志君は甘えたい年頃なのです?」

 戸惑ったように、顔を赤くしながら喋りかけてくる鈴音。

 僕は、なんでもないよとだけ答えて、玄関口へと歩を向ける。

 そして、あの横断歩道へとたどり着いた。

 

 僕は、平凡な男子高校生を自負しているが、少しだけ、ほんの少しだけ特別な力を持っている。

 それは、タイムリープ能力。

 自分の納得のいかない現実を、消去してやり直すことが出来る力。僕に許された、禁忌の能力。

 定められた結末を、自らの思うままに塗り替えることが出来る力。

 僕はこの力を「オーバーアゲイン」と名付けた。

 この力に芽生えて以来僕は自分が勝ち組だと思っていた。納得いかない結果を、自分が納得いくまで、何度だってやり直して最良の結末を得られるのだから。

 それが勝ち組でなくて何だと言うのか。

 でも、その力を僕は制御できない。

 ただ、押し付けられるだけだ。

 ただ、流されるように、やり直す。僕がやり直してきた数は、もう数え切れないほどに膨大だ。。

 そしてその試行錯誤の中で、僕はこの力のに気が付発動条件に気が付いた。

 オーバーアゲインの発動条件は、僕が認めたく無い結末を迎えたときだ。

 そして、この能力が発動してしまったと言うことは、僕が認めたくない出来事が起こってしまったと言うことである。

 そして今回の発動条件は鈴音の死。それだろう。

 僕は、これに対して解決策を考案しそれを実行することで、その結末を避けられるのだが、正直言って今回の出来事は荷が重すぎた。

 今までは小さな出来事、例えばテストのやり直しだとか、野球の試合のやり直しとか。そう言った命と言う大事な物を扱う事は無かったけれど。

 ついに、その時が来たようだった。

 命を救う。ああ、それは良い。良い事だ。

 怪我している人がいれば救急車を呼んで、出来る事なら応急手当も行うだろう。もし誰かが襲われているなら、それを助けることだってあるだろう。

 良い事だ。まごうことなき善だ。

 でも。

 僕の力が命を救うと言うことは果たして善なのだろうか。

 一度失われた命を、自分が気に食わないからやり直して救う何て行為は、果たして善だろうか。

 いろんな人の、いろんな行為の積み重ねを、ただ自分勝手のわがままで崩すことが、善だろうか。

 と、考えた所で、僕は思う。

 でも、この力は僕に与えられたチャンスだ。

 正直、この力は不確定が過ぎるので、初見でまともな対応なんてできない。自分が望む最良の結果を得るためには、血反吐を吐く努力が、何度だって同じ事柄を繰り返す忍耐力が必要なのだ。

 たとえ、時間が巻き戻ったって、その巻き戻った分だけのアドバンテージが在るだけなのだから。僕自身が、僕自身の力を向上させる事によって、はじめて最良の結果へとたどり着ける。

 何十、何百、何千だって、繰り返した事だってあった。

 たった一つの事柄に、他の人はただの一回で終わらせてしまう、終わってしまう出来事を、僕はたくさん経験する。

 だから、僕はこの力を、振るおう。それだけの権利はあるはずだ。人よりも、倍以上苦しい思いも、つらい思いもするのだから。

 ただ一人の女の子の為に、この力を使おう。

 オーバーアゲインは、自分では制御できない。

 たとえ、途中でやめたくなっても、最初の僕が抱いた最良の結果を迎えるまでは、絶対に投げ出せない。

  嫌になっても、考えが変わっても、満足しても。最初の思いを、反故には出来ない。

 そんな力が、そんな特別で不安定な力が、僕には備わっていたのだ。


 さて、様々なループ体験をし終えていた僕は今回の解決策を早々に見出すことに成功していた。

 青信号。信号無視のトラック。そしてそれに引かれて絶命する鈴音。

 単純だ。たとえ信号が青になっても、横断歩道を渡らずにトラックをやり過ごす。

 それだけで良い。


「赤志君。今日は怪物ハンターの発売日だね」

 鈴音が僕に言う。僕はまともに返事が出来なかった。挙動不審になっている。歩行者信号は赤だ。目の前の道路では車が走っている。

 僕はしきりに左右を確認する。

「どうしたの」

 鈴音が心配するように僕の顔を覗き込んでくる。

 僕は、覚悟を決める。

 作戦はこうだ。

 信号が変わると同時に鈴音を呼び止める。

 そうやって横断歩道を渡らせなければ、きっと大丈夫だ。

 そして、信号が青になる。

「あ、青になったよ。渡ろう赤志君」

「まって鈴音」

 僕が言った。それに振り返って立ち止まる。

 歩道のぎりぎり。そこで鈴音が立ち止まった。

「どしたの赤志く――――」

 そこで、鈴音の姿がかき消えて、大型トラックに代わっていた。

「え」

 間抜けな声が漏れて、呆然とする。

 鈴音の、顔が。こちらに向けた疑問を浮かべた、顔。愛嬌たっぷりのその顔は、もう無かった。

 真っ赤な、塊に、なっていた。

「りん、ね」

 名前を呼ぶ。

 トラックは、電柱に激突して停止している。

 赤い液体が、絨毯のように地面を染め上げる。どうして。

「り、んね」

 僕が、助けると決めたのに。

 失敗した。

 何が違ったのだろうか。横断歩道を渡らないだけで、車に轢かれることは無く成るのでは無いのか。

 鈴音は、無残な姿になっている。

 鈴音の、鈴音だった肉体を抱きしめる。べちゃりと不快な感触。

 あんなにも、暖かくて、愛おしくて、気持ちのいい感触だったのに。ただの一瞬で不快な生ぬるい、気持ちの悪い肉塊へと成り果てるなんて。

「ああ――――」

 僕は、鈴音を、何度死なせればいいのだろうか。

 そして、意識は白く消えて――。


 3


「どうしたの赤志君。今日はやけに素直だね」

 いつもの東棟で、鈴音に心配された。


 僕は平凡な男子高校生で、とても無能だった。

 何度見ただろうか。この光景を。同じ教室同じ場所同じ日差し。僕は、呆れるほど無能だった。

 あれから何度も試して、そしてどうにもならなかった。

 横断歩道以外の道を通ろうとしても、大型トラックに轢かれる鈴音。

 もう、世界が鈴音を殺そうとしているかのように、理不尽な死にざまを、僕は見せられた。見せられ続けた。

 歩道を歩いていると、電柱の上で高所作業をしている作業員の落とした工具で頭を割られて死んでしまう鈴音。

 全く人気のない通りで、車も高所作業中の場所も無いと安心していたのに、通り魔に殺される鈴音。

 そんなどうしようもない事象が、鈴音に襲い掛かる。僕では、到底太刀打ちできない脅威が、鈴音の小柄な肉体を蹂躙しつくしている。

 いったい、どうやったら死の運命から逃れられるのか。

 僕は、判らない。

 もう、諦めようかと、何度も思って。そして辞められなかった。

 それは、それだけは出来なかった。


 僕は、鈴音が好きだから。


 鈴音に生きていて欲しい。その笑顔を、いつまでも絶やさないでほしい。子犬のようにすり寄ってくる彼女を愛しいと思う。

 僕は、鈴音を助けたい。救いたい。


 でも、その方法が見いだせない。


 永遠に、見つけられないのだろうかと思ってしまう。まるで出口の無い迷路に迷い込んだみたいに。

 鈴音。可愛い鈴音。僕の愛した鈴音。

 その死を、僕は見てしまう。

 避けようとしても、避けられない死。


 何が勝ち組だ。

 やり直す機会があったって、好きな女一人を救えないなんて、そんな奴になってしまうのは僕は御免だ。


 きっと、何かを見落としている。

 僕の力、オーバーアゲインが時をループさせる条件は、僕が望んだ結末を迎えないからだ。望んだ結末、それは鈴音が死なない。そういう世界の筈だ。

 でも、それが違って居たら。いや、そうじゃない。

 また別に、もう一つの要素があったとしたら。

 僕の望む未来。それは、なんだ。


「赤志君。私ね好きな人がいるの」

 東棟の廊下で、僕に言う鈴音。幾度となく、目にした光景。

 変わらない、東棟。その日差し、その声色。その、思い。

 鈴音の顔は朱に染められている。

「両思いだと良いなって思ってるんだけど」

 鈴音はバツが悪そうに言葉を続ける。

「でも、振られちゃったら怖いからさ」

 僕は何も言えない。

 鈴音の姿を見るだけで、思い出してしまう。

 あの赤い惨状を。

 何人もの鈴音の死を。

 そして鈴音が、僕を見て言う。

「告白、してほしいな」


 ああ、と。

 納得がいった。そういう事だったのかと、思った。

 流れをせき止めていた淀みは取り除かれた。僕の脳内の川を新鮮な流れが洗浄する。

 なんだ。そんな事だったのか。

 簡単な事だったのだ。

 理解した。答えが、この世界を突破する答えが見つかった。

 なら、あとは走るだけだ。

 止まった時間を、動かそう。停滞した時を破壊しよう。

 凍り付いた関係を、溶かそう。


 僕の望んだ未来を、やっと見つけた気がした。


 4


「赤志君。今日さ怪物ハンターの発売日だよね」

「ああ」

 いつもの展開、とは少し違う。僕は様々な方法を試してきたから、実際にこの横断歩道に戻ってきたのは久々だ。

 僕と鈴音は、並んで歩行者信号を眺めている。赤。赤信号だ。そして道路の信号は青。この信号を、無視して走る大型トラックが、鈴音を殺す凶器だ。

 数分が立って。

 そして、歩行者信号が、赤から青に変わった

「あ、青になったよ。赤志君、渡ろっ――――」

 鈴音が一歩踏み出す前に、僕は鈴音を抱きしめていた。

 小さな体。ぽかぽかと暖かい小柄な体を、抱きしめていた。

「ちょ、ちょっと赤志君。ほんとにどうしたの。今日何かおかしくな――――」

 鈴音がそう言いかけて、抱き合う僕らの目前を信号無視した大型トラックが走り去っていった。

「え」

 戸惑う鈴音。響く轟音。ガラスの割れる音。金属の歪む音。

 トラックは近くの電柱に激突して大破した。

 僕は安堵の息を吐いた。

 どうにか、助けられた。これが、これから行うことが、僕の答えだった。

「ね、ねえ。かばってくれたの?」

「ああ。遠くにトラックが見えたからな」

 嘘だ。僕も鈴音も左右の確認なんてしていない。鈴音を引き留めることが出来たのは、僕が何度も繰り返して、苦しみながらたどり着いた回答があったからこそ、だ。

「あ、ありがとね」

 顔を赤くして僕の腕の中で言う鈴音。

「そ、それでね。そろそろ離してもらえないかなー、なんて」

 ああ、と。僕は急いで鈴音から離れた。

 周囲からの視線を感じると思ったら、事故の様子を伺いに来ていた野次馬生徒たちどうやら見られているようだった。

「あ、あのねっ。赤志君。私は、嫌じゃなかったんだけど、みんなの前で恥ずかしかったから」

 なんて、頬に手を当てまんざらでもない様子の鈴音。

 僕は鈴音に一歩近づいた。

 鈴音が僕を見上げる。

「ど、どしたの」

「鈴音。好きだよ」

 直球で、言った。言ってしまった。凍っていた時間が、動き始めた。

 鈴音は顔を真っ赤にしている。きっと、鈴音にとっては唐突な出来事だろう。弟同然の存在に、急に告白されれば、そうなる。

 僕は、鈴音の目を見つめた。涙に潤んだ瞳。

 小さく、鈴音が言う。

 その言葉は小さくて、聞き逃しそうだったけど、僕は、聞き逃すなんて事しなかった。

「待ってた。その言葉を、聞きたかったよ」

 鈴音が笑う。無垢な笑顔。純粋な笑み。僕が、守りたかったものが、そこにはあった。

 屈んで、鈴音の顔に、僕の顔を近づける。

「えとえと。赤志君。みんなみてるから……」

「でも、嫌じゃないんでしょ、鈴ねえ」

「む、昔の呼び方しないでよぉ」

 僕らの顔の距離がゼロになり、唇が触れた。

 ざわざわと喚き立つ生徒諸君。

「んん」

 名残惜しそうに、離れる僕を見る鈴音。

 さて、どうしようか。

 こんなギャラリーの前でキスなんてしてしまった。明日からどんな顔をして学校へ行こうか。

 でも、それでも僕は嬉しかった。

 助けられた。鈴音を、救えた。

「赤志君。ありがとう」

 ふと、鈴音が僕に言って、僕はその言葉で涙を流してしまった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 心がすっきりする物語でした! ハッピーエンド大好きです。 こういうのを探してた... 大変良い作品を読ませていただきました!ありがとうございました!
2016/08/01 01:55 あー探してた!
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