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光差す暗闇

作者: メエ




目をうっすら開けると、そこも暗闇でした。夜中のぼんやりと移り変わる光景を虚ろな目に映しながら、しかし微睡む意識の中で安寧を感じていました。







とても貧しい村に夫婦の悲しみが木霊しました。村の大人達の顔には皆一様に、諦めと恐れがない交ぜになった、頼りなく弱々しい色が浮かんでいました。


「お父さん、どうしておばさんたち、泣いているの?」


「娘さんがいなくなっちまったからさ。」


「どうして?」


「お月様がいらっしゃらない夜に、悪魔が子供をさらっちまうのさ。」


男は少年を背中から強く抱き締めました。集まった村人は同様に、自分の子をその目にはっきりと映しながら、そこにある温かさを噛み締めるかのように、体を寄せたのでした。





月の薄ら青い光は、村の静寂で衰退した様に、よく似合いました。


「なんたることだ。このままでは村の子供が皆いなくなってしまうぞ。」


大人達の顔の陰りが濃くなりました。焚き火を囲んだ彼らは虫けらのようでした。


「……いまや子供の数は、事の発端の1年前から半分近くにまで減ってしまった。」


「くそぅ…………ちくしょう!悪魔め!」


「私には……私達には…………あの子だけが希望だったのに。」


「…………そうだ。そうなんだよ。この村で俺のところは特に貧しかったけど、それでも幸せだったんだ!」


「何で……何で私達から奪うの?他にもっと裕福な家があるじゃない!」


彼女は熱が冷めると、罪悪感と恥で顔をうつむかせました。子供のいる大人達は、彼女を非難しようとは思いませんでした。


「きっとあの大飢饉は悪魔の降臨の前ぶれだったんだ!このままではこの村だけでなく、国すら危うい!……………なのに、国王様は何故動いてくれないんだ!」


「こら!国王様に何て言葉を!」


村人達は徐々に国への怒りを募らせていました。

この悪魔の所業を国に報せても、相手にしてくれないのです。悪魔を討伐してくれないのです。


「落ち着くのじゃ皆の衆。国王様はあの大飢饉からあらゆる手で、この村だけでない多くの民を救って下さった。日照りの折には井戸を掘り、病が蔓延した際には無償で薬を分け与え、盗賊の被害が甚大な時には出兵してくださった。今だって、国へ納める諸々の作物の量を減らしてくださっている。」


村人の心にはぶつけどころのない、激しくもやりきれない感情が渦巻いていました。王様への感謝の思いとすがるような怒りの間で、思わず口にだしたくなる不満をのみこむのでした。


「それにしても悪魔は、どうしてこうもやり方が回りくどいというか……なんというか…………」


「苦しめるために決まってるでしょう!今だってこの暗闇のどこかで、私達の悲しみ悶える様を笑いながらみてるんだわ。」


「俺達の気持ちになって見れば分かるさ!」





大人達の集会は、解決の手口も何の成果もなくお開きとなりました。ただその胸にはやはり恐怖の感情と、中には懐疑の気持ちを抱いた者もいました。


そして村は、日常にもどるのです。













あの大飢饉で受けた国の損害はとてつもなく甚大でした。特に辺境の村では、人の肉を削ぐような飢餓と灼熱の焼き殺すような太陽の光が、地獄を生み出していました。国王様も手を尽くしましたが、こぼれ落ちていくのです。小さくて弱くて儚い子供達は、いとも簡単に死んでしまうのです。その小さな頭の中には、あまりに希薄で色が感じられなくとも、輝かしい思い出と世界への希望がつまっています。大人のように後ろ暗い諦観も世界への絶望も無いというのに、生に満ちた光は眩しくもしかし弱いのです。


王様は考えました。国の宝は国が管理しなければならないのです。壊れやすいならなおさら手元におかなければなりません。


王様は願いました。まだ光が差していますように。この暗闇で覆い尽くされた世界で、地上から天へ光をのばす灯火が消えませんように。










王様は悩み、苦しみながらも、光を集めていました。それは自らを癒す光でした。あの大飢饉の爪痕が国を抉り、民を殺し、そして王様の心に悲しみと無念と不安と…………数え切れない重圧でおしつぶすのです。光を見ると励まされます。光の前ではつぶれてはいられないのです。しかし時折、その光から子を失った親から向けられる憎悪の視線を感じるのでした。












また一人、また一人と子供がさらわれていきます。

大人達の中には絶望して死ぬ者も出てきました。


それでも悪魔は容赦しないのです。

村人の貧しさに拍車がかかるほど、村人が悲しめば悲しむほど、悪魔は絶望を与えにくるのです。


村の暗闇はどんどん濃くなっていくようです。

月は村を虚ろに照らしていました。そこに何も無いかのように。














「…………!……!」

「……………。……………………。」

( ……………………………………………………………………… )


名前を呼ぶ声が、村に、暗闇に、胸の中に木霊しています。村にはもう子供はいません。みんな悪魔がさらっていってしまいました。その姿は見えないというのに。月の無い、照らすものの無い暗闇にもう恐れも怒りも、何も湧き上がりません。


大人達はみんな、暗闇になってしまいました。












国が暗闇で覆われていきます。じわじわとうねうねと、意識の端から中へ中へと。


自然と、光は近くに寄り添いました。次から次へと集まる光は一つになりました。



それは、知らずとも強く生き生きとした眩さを発するのでした。











満月の夜でした。とうとう悪魔は、眩い光の元に姿をあばかれたのです。悪魔は輝きに目をつむりました。


それは自分が見ることのできない未来の光です。


悪魔の心は混ざっています。愛情も悲しみも憎悪ももどかしさも、全てが心を満たしています。


そして悪魔も暗闇になってしまいました。










民の目には生まれ変わった国がとても輝いて見えました。


光は確かに眩しすぎるようです。

その光が背負う暗闇のゆえに。

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