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蒼き道を征く  作者: Alpha
8/13

8.猫と犬①

前話のあらすじ

・魔力測定器を壊すのは様式美だと思うのです。

「……ランバルトさん?」

 

「また会ったね、少年」

 机に両肘をついて前足をくっつけたランバルドの右耳が動く。


「なんでランバルトさんがここに……?」

「私が当支部の責任者だからだね」

 あっけらかんと返された。

「……元帥?」

 にわかには信じられず、恐る恐る問い返すと、ランバルトが器用に口の端をつり上げた。

 芝居がかった仕草で両前足を広げる。


「あるときは、かわいい鳴き声語尾と、愛くるしい仕草で皆を癒す、全ての猫好きの理想(イデア)の体現者」


「あるときは、溢れんばかりの愛嬌の裏に密かに爪を忍ばせる有能なギルド案内人」


「そしてある時は、『モーレン(まもの)と一緒にしちゃいやよ!猫人(ニャンコ)猫人(ニャンコ)による猫人(ニャンコ)のための猫権保護推進委員会』会長兼『リリアーノちゃんを見守る会』会員No.6」


「しかしてその実体は!全冒険者互助連合十人会議が第三席。ランバルト・J・ドゥーとは僕のことだよ、少年」

 

 濃い。自己紹介が濃ゆいとか、口調ちげぇとか、何ソノこってこてのキャラ付けとか、言いたいことは色々あるが、問題はそこではなく。


「幻の会員No一桁!?」

 シアンから「そこ!?」とでも言いたげな短い白が送られてくるが、ごめん、これはスルーできない!

「なんだ、少年もリリーちゃんの信奉者だったのか」

「か、会員No.99991の新参です。あの、恐れ入りますが、会員証を拝見してもよろしいでしょうかっ!」

 世界的アイドル、リリアーノちゃんのファンクラブである見守る会は、会員数十五万人を超え、今なおその数を着々と増やし続けている。その中で、まさに最古参と言える一桁は、実は誰も所持者を見たことがないというので有名だった。

 欠番だとか、趣味をおおっぴらにできない大人物とか、地下売買で会員証が高額で取引されているとか、嫉妬に駆られた連中に暗殺されて墓の中とか、会ったら宝くじに当たるとかまことしやかに囁かれている。その、一桁。

「もちろん。ほら」

 手渡されたのは、五歳児の手のひら大の長方形の薄い板。リリアちゃんの基調色である桃色に金で描かれたファンクラブの徴とランバルトの名前。

 名前の横にはしっかりと6の数字が刻まれ、偽造防止のための緻密な印が彫られているーーー間違いなく本物だ。


「……会員No一桁。ほんとに居たのか」

「なに、私は運が良かっただけだよ。立ち上げたのが知り合いだったのでね」

「知り合い……」

「彼女の父とは古い付き合いでね、必然的に彼女のことも小さい時から知っているよ」

 何ですかその超絶うらやましい状況。つまりリリアちゃんが幼い時分よりあの角度この角度からその成長を見守れる立場であったと。あまつさえ会話しちゃったり、抱っこして高い高いしたり、そういうこともできたりしちゃうと。

 両親の友達ポジション美味しすぎやしませんか。

 

 オレのも、と考えかけ、咄嗟にとめる。考えても仕方がない。脳に別の課題を与えるために、会員証を返し、別の質問を投げかけた。


「ファン垂涎の立場ですね。いいものを拝見させていただきました。まさか生きて会員No一桁にお会いできるとは……。ところで何故、元帥ともあろう方がギルド案内人など」

 さぞや常人には考えもつかない深い意図があるのかと思ったが。

「楽しいじゃないか」

 そういう訳でもなかった。

 目を細めてヒゲを細かく震わせながらランバルトが続ける。


「元帥なんて祭り上げられてるけど、幸い部下が有能なのでね、有事でもない限り案外ひまなんだよ。日がな一日部屋でクロスワードすると言うのも息が詰まるし、かといって本部を離れることもできないからね。趣味と実益を兼ねてああやって、案内人をしていた訳だ」

「なるほど」


「結構ドラマがみれるもんさ、ギルドの案内人。よくあるのは生意気な駆け出しが現実を知って挫折し、そこから立ち直って一端の冒険者になるのかな。そういえば、こういうこともあったな。受付嬢に恋をして、いいかっこしたがために、無茶な案件ばかり引き受けて、毎度満身創痍で帰ってきた奴がいたんだ」

 記憶を探って動かしていた視線を戻し、ランバルトは懐かしむ様に微笑んだ。


「少々努力の方向が見当違いで、空回りするが、気のいい奴だったんだがね。一介の案内人の私にも何かと気を使ってくれた。ある日そいつは仕事に出る前に、私に言ったんだよ、今回出向くのは凍結案件だ。生きて帰れたら、件の受付嬢に思いを告げるつもりだとね。私は、笑顔でそいつを元気付け、見送った。それから2つ月して、そいつは無事に報告に来たのだが、当の受付嬢は既に一つ月も前に結婚して、産休に入っていた。それを知った時のそいつの顔といったら」

 ランバルトは前足を口元にそえて小さな笑い声を立てた。

「あれはなかなか貴重な表情だったな。実は私は奴が計画を私に告げた時点で、受付嬢の婚姻の件に関しては報告を受けていたのだがね。任務前に、奴の精神的支柱をへし折って死なれでもしたら寝覚めが悪いから黙っていたんだ。今でもあの判断はどちらが正解だったのか分からないな」

「はあ」

 相槌を打つくらいしか出来ない。不憫だな。色々酷い。女を見る目を養った方がいいとは思う。

「ああ、それと、所属冒険者の日頃の態度なんかも分かるから、色々と反映できるしね」

 思い出した風にさらりと付け加えたけど、黒いよなこれ。どう反映するつもりなんですか元帥様。

 誰がどこで見てるかなんて分からないな。つまらない地雷を踏まないように誰に対しても、普通に接しよう……。

 

「さて、前置きが長くなってしまったね。それでは用件だが」

「はい」

 そうだ。魔力測定器。頼むから借金だけは勘弁してくれよ。

「立ったままでもなんだ。座ってくれ」

「はい」

 部屋の右手に据えられていたソファーセットに腰掛ける。ランバルトも執務机からこちらに移動して、向かい側の席に飛びのった。

「それで、お話とは一体……」

「その前に手を貸してくれるかな。……ありがとう。手のひらを上にしてくれ」

 間に置かれた机越しに手を差し出す。ランバルトは、椅子の上に立ち上がると、オレの手のひらの上にぴっとりと肉球を押し付けた。

 そのまま目を瞑り、うなり出す。

 何かの儀式だろうか……。真面目な様子に聞くのも憚られて、案外ザラザラしている肉球の感触にハードワークなんだろうか、とか無駄なことを考えたり、借金じゃありませんようにと祈っていると、五分ほどしてやっとランバルトが動いた。


「ーーふぅ。間違いないようだね」

 前足を離し、心なしか疲れた様子でどさっと椅子に座り込む。そして、探るような目でオレの顔を見た。

「少年。君、最後に魔力測定をしたのは?」

「今年の四月です」 

「そのときの結果は?」

「六十一でした」

「ふむ。なかなかの数値だね」

「見習い科では真ん中くらいですよ」

 これは謙遜。上の下くらいだ。

 竜騎士見習い科の平均が五十、トップがランドの八十六だったはず。

 一般の平均が十五そこそこ、中堅魔道師で四十前後であることを考えれば、竜騎士志望者の水準の高さが分かると思う。

 たかだか十や二十の差に見えるが、これが案外大きい。三十までならば、割とそこら辺に転がっている。だが、三十以上になると該当者は指数関数的に減っていく。


「だが、それだとおかしいんだ。六十一ではあの現象を起こすには少々荷が重いよ」

 ランバルトは肩を竦めた。

「少年は学校の出だから魔力量と魔力強度についての説明は要らないかな?」

「多少の知識はあります。魔力量は媒体の量、魔力強度は、魔力の濃さ。つまり媒体中に含まれる魔粒子(マギカ・パルティク)の量、ですよね?」

 遠い昔に講義で聞いた記憶を引っ張り出して答えると、ランバルドが頷いた。

「その通り。そして、魔力は魔力量と魔力強度によって決定される。魔力量は魔術行使回数、魔力強度は魔術の威力に関わるね」

 同一魔術を行使するのに使用する魔力量が決定されている、という前提があるからと思いながら、今度はオレが頷いた。


 講義の時には酒を想像してみると分かりやすいと言われた。

 

 例えば、ここに一つの杯と二人の人間が在る。片方は酒精度二十パーセントの酒を三リットル持っていて、他方は酒精度八十パーセントの酒を一リットル所持している。

 一度に飲めるのはきっかり同じ一杯分の量。

 そうすると、前者は、それほど酒精が強い訳ではないが、沢山飲める。後者は量は多くない。だが、一杯が強烈。

 簡単に言えばそういうことだ。


「あの魔法具は、魔力強度を測るものですよね?」

「そうだよ今回、少年が使用した魔法具は大気の魔力を利用して、魔力強度を測定するものだ」 

 実際には魔力量は種族によっておおよそ決定されており、たとえ検査するにしても魔力欠乏等の危険が付きまとうので、基本的には個人差の激しい魔力強度をもって、魔力を測るのだ。

 

「魔法具の不具合とかではないんですか?」

 あのとき、本来ならば腕にかかる圧迫が全く感じられなかった。

 だから、オレとしてはその線が濃厚なのではないかと、ほぼ確信していたのだが、ランバルトはそれを冷静に否定した。


「私も最初はそう思ったのだがね。何らかの原因で装置から放出されるべき魔力が魔法具内に留まり、それがためにあのように爆散したのだと」

 一つ頷く。正にオレが考えていた通りだ。 


「だから今さっき、確かめたんだがね。どうやら少年の魔力強度は桁が一つ違うようだ。爆発したのは、単に想定以上の負荷がかかっただけだろう」

 言われた言葉の意味を把握するために押し黙ったままのオレから視線を離さず、ランバルトが更に続ける。

 

「まあ、問題があるのは魔法具か少年か、あるいはどちらもか、だからね。魔法具はかなり損傷が激しいと聞いているし、少年から調べるのが順当だろう。それで手を貸してもらった。私はこれでも、魔力強度と魔力量ならば元帥の中でも一・二を争うのだが、君にはまるで歯が立たなかった。先程、何も感じなかっただろう?」

「はい」

 オレの返事にランバルトが苦笑をもらした。

「並みの魔道師程度ならば魔力網が潰れるくらいには、気合いを入れて干渉したのだが」

 発せられた言葉から察するに、ランバルトは自己の魔力を使って、なんらかの形でオレの魔力網に圧力をかけていたのか。

 ーー道理で唸っていたわけだ。並みの魔道師が潰れるくらいの魔力の変則的運用をこなしてあの程度であるなら、元帥の看板に偽りなし、といったところかな。化け物だ。


「つまり、だ。何が原因かは分からないが、君の魔力強度は四月から現在の間に数十倍に跳ね上がっている。それこそ、人ではありえないくらいに。心当たりは?」

「………見当もつきません」

 魔力強度も、魔力量も先天的にに決まるもの。それは不動の事実だ。前世でよくみた、魔力を使い切って増やす筋トレ方式は通用しない。齢八つで物心ついたオレは大分必死に試したけど、全く効果がなかった。


 その後、図書館で基礎理論の本を見つけ、魔力が体内にある源泉器官(フォスン)依存で、作られるメカニズムがよく分かっていないが、とにかく判明しているのは生まれつきに決まったもので、以後にどんなことをしても最大量が増えないことだ、と知った時には、既に無駄な努力を始めてから四年も経っていた。

 結局、齢十を越しても自らの魔力管理すらできない子、とのレッテルをご近所さんに貼られてしまった後!

 十を越してもおねしょするのね!的な恥ずかしさなんだ、これ……。


「本当に?」

「はい」 

 フォスン依存である以上、単に生活習慣や食事で変わった、というのは考えにくい。かといって、じゃあ他に何かしたか、と言われれば思い当たるふしもない。ほとんど学校と寮との往復だったんだ。言ってて悲しくなるけど。


「……そうか。まあ異例のことだからね。自分で分かっていたら、少年も素直に魔力測定なんて受けなかっただろうし」

 難しい顔をしたランバルトが呟く。耳がせわしなく動いた。

「そうですね。」

「うむ。まあ、現にこういう結果が出てしまったからな……」

 そこで言葉を切って、ランバルトは真面目な顔で目を合わせてきた。

「可能な限り、少年の魔力強度のことは伏せておいた方がいい。今後は魔術を使う際にも気をつけてくれ。少年は実験動物にはなりたくないだろう?」

 全力で肯定する。

 そうか、そういう危険性もあるのか。

 今ひとつ自分の魔力強度が上昇した実感がなくて、そういうもんかとただ聞いていたが。


「それと、安心してくれ……というのはおかしいか。ギルドには正式に登録してもらうよ。悪いがこれは強制だ。受けてもらえなければ、私は少年をしかるべき所に突き出さねばならなくなる」

「はい。願ったり叶ったりです。登録する気で来ましたから」

「そうだといいが。君は危ういからね。知った以上は野放しにはしておけない。安心してくれ、話は私のところでとめておく。国に目を付けられるよりはよほどいいと思うがな。ああ、例の魔法具に関しても責任を少年が被ることはないから、そこも気にしなくて良い」

 聞いていると、かなりの好条件に思える。疑問がわいた。

「……どうして、そこまで親切にしてくださるんですか?」

 

「簡単なことだ。言っただろう、私は人を見る目があると」

 普通の人間がこう言ったなら、考え直せ、と諭すところだけど、元帥に言われると黙るしかない。特殊能力もってそうじゃないか、なんとなく。


「それに、できればシアンくんとは仲良くしておきたいからね。さて、長々と拘束して悪かったね。私からは以上だ。ギルド登録手続はしておくから、もう今日は帰って大丈夫だよ。二週後目安で当支部に来てもらえばギルド証の交付が出来ると思う」

 うちの相棒の人気が怖い。シアンくんのさわり心地最教とかできそうで怖い。


 戦慄と感謝をシアンに向けつつ、オレは立ち上がった。

「いえ、様々な配慮ありがとうございます。では、失礼します」

「なに、大したことじゃないにゃ。単なるにゃんこの気まぐれだにゃあ」

 

 猫の口で滑らかに発音したランバルトは、最後まで笑っていた。

 

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