7.様式美というもの③
前回のあらすじ
・食べ物を粗末にするのは止めましょう。異物を混入すると引かれます。
名前を呼ばれたのは、時計の針が三分の一ほど回ってからだった。なお、この世界の時刻系は、セントルを基準とした平均月時だ。惑星だとか恒星だとか、銀河系だとか、そういうものがあるのかは知らないが、この世界でも、同じ様に太陽と月が昇ってはまた沈む。唯一違うのは、月が四色あり、一定期間で交互に色が交代すること。なので、ここでは月が昇ってから、次に昇るまでを一日。月の色が他のものに変わるまでを一つ月と定義する。
魔術も四大道、月も四色なので“四”の数字が何かと神格化されていて、四日の労働日(赤・青・緑・黄)と一日の休息日(無色)を合わせて五日で一週、四週で一つ月。四つ月を一区切りに四期間、十六月で一年とする。
一日は月の位置を基準に二十四に分けられる。その下の更に細々した単位は地球と変わらない。
ちゃんと時計も存在する。
「リヴァさんですね、ではこちらの部屋へどうぞ」
入室すると、前面ついたガラス窓の下に、様々な魔法具が並べられている白い部屋だった。
窓の向うは隣室で、大きめの魔力測定器がみえる。
白衣を着た羊人の職員が先導しながら聞いてきた。
「魔力測定を行ったことは?」
「あります」
学校の入学試験や定期の身体検査で必須の項目だ。
「では注意事項等は大丈夫ですね。こちらに座って、この筒の中に腕を置いて下さい。それと、この眼鏡の着用を」
指示通りにゴーグルのような眼鏡をつけて、台の上に横たえられた、小型の円柱形状の魔法具の中に腕を置く。
毎度思うが、灰色のカラーリングもあってどうみても土管である。
「はい。結構です。ところでこちら、使い魔ですか?危険なので、あちらの部屋での待機命令をお願いします」
オレが準備を終えたのを確認して、先程の部屋に戻ろうとした職員がシアンに気付いた。
「シアン、あっちで待ってて」
了承の短い青が伝わってくる。
「では、開始します。力を抜いて、自然体にして下さい」
一人きりの部屋に、その声が響くと同時に、ヴンっという低い起動音。
次いで土管の内部が淡い光をまといはじめ、中に入れた腕が浮く。
何度やっても不思議な感覚だ。下から支えられている訳でもなく、上から吊られている感覚もない。なのに実際に腕は浮いている。どういう原理なのだろうか。そんなことを考えているうちに徐々に光が収束し、腕にまとわりつきはじめた。
体内の魔力網に外部から圧力をかけ、反発をみるやり方なので、段々と苦しくなってくるーーはずなのだが。
待てど暮らせど圧迫感がくる様子がない。あれ?
「リヴァさん、力を入れないで、落ち着いて下さいねー」
え、あの、してません。
「リヴァさん。故意に魔力を通すと、測定結果が狂います」
してませんってば。
スピーカーから流れてくる声が段々と厳しくなってくる。濡れ衣です……。
「リヴァさん!一体どういうことですか!」
叫ばれたところで何もしてないんだから、どうしようもない。光が集まりすぎて、眼鏡越しですらヤバそうな雰囲気が伝わってきて、オレも焦ってる。
「測定、中断してください!魔法具がおかしい!」
何の違和感もないものの、すでに洒落にならないくらい輝いていて腕が見えない。気のせいじゃなければ、魔法具が震え出している様な……。
危機感を覚えて精一杯叫んでみたが、こちら側の声はどうやら届いていないようだ。
職員の人は何故か話すのをやめて呆然としている。
「い…らな……もこの…す…ちは」
なにか無意識に声が漏れているようだが、聞こえない。
と。
ーーーーーーガキッ。
「とめて下さい!」
もう、間違いなく揺れている魔法具が不吉な音をたてはじめた。ギシギシと軋みながら真円だった土管が歪んでいる。
やばいやばいやばい。腕を引き抜こうかとも思ったが、ここで引き抜いたら取り返しのつかないことになりそうで、今一歩踏み出せない。
「とめろ!シアン、その人どうにかして」
魔法具に亀裂が入った。それに伴ってこの段階でやっと腕に違和感が生じる。どうしよう逃げるか?
一か八かでシアンに叫んでみたが、焦った赤い感情が送られてくるだけ。
職員の人も我に返って操作盤を触っているみたいだが、改善しそうな気配はない。そうしている間にも、土管はどんどん膨らんでいって、当初の二倍はありそうだ。
大きな揺れ、四方八方にできた亀裂とそこから漏れる光。
バリッバリッと一際大きな音が響いてーーあ、これだめなやつだ。
慌てて手を引き抜いたが、それが契機になったようで、一瞬の点滅、後に一際大きな光。
やべ、巻き込まれる……!
そうオレが思った瞬間にーーー視界が爆ぜた。
同時に、吹き飛ばされ、床にぶち当たる感覚。
だが、覚悟していた痛みも衝撃も、それ以上襲ってくることはなかった。
閉じた瞼を灼く膨大な光に耐えて、次にそれを開いた時には、目の前には変わり果てた魔法具が鎮座していた。
「り、リヴァさん!生きてますか」
「……はい」
飛び込んできた職員に肩を掴まれたが振り払って、部屋の中央に向かう。
「……シアン?大丈夫か」
ついさっきまでオレが腕を入れていた土管は、シアンに包まれていた。
辛うじて本体だろうという大きな塊と、大小さまざまな破片が透明なシアンの身体越しにみえる。
オレの声に応えて、シアンはゆっくりと、こちらまで這ってきた。
身体の中に残った欠片が痛々しい。
「助けてくれたんだよな。ありがと」
膝をついてボロボロのシアンを抱きしめる。送られてくる橙色が眩しい。
致命的なダメージを受けたのではないかと心配したが、どうにか無事だったようだ。
黒く汚れた表面を擦ってやると、下にはいつもの滑らかな肌。
細かい傷一つみつからない。
思った以上に耐久度も高いんだな。
恐らくさきほどのは、基準以上の魔力の蓄積によって引き起こされた爆発だ。
それを全て引き受けて、多少表面が煤けた程度。
これはいよいよもって普通のスライムの枠を超越している。
オレは一体なにを召還したんだろうか。
改めて腕の中のシアンに目をむけた。
なにか見落としはないかと、しばらくシアンを抱きかかえてチェックしていると、後ろから控えめな声がかかる。
「……驚きました。その使い魔さん、急にドアを破って」
シアンを離して、立ち上がる。向き直った先には白衣が乱れたままの職員。
「はい。助けられました。それで、これ、どういうことなんでしょうか」
壊れた魔法具を示しながら問いかけると、職員が真顔になり、どんよりとした空気が背中にのった。
「それはこちらが伺いたいのですが、リヴァさん何したんですか?」
「何もしてませんよ。腕入れて座ってただけです」
「そんな訳ないですよね?私、こちらに勤めて20年ほどになりますが、初めてです。こんなの。どうやったんですか」
「本当に何もしてません」
「あくまでもシラを切ると」
厳しい顔で睨みつける職員に途方にくれる。
「言えることがこれ以上ないんですよ」
「分かりました。どちらにせよ、この惨状ですから私の一存では判断がつきません。上に掛け合ってきますので、待合室でお待ち下さい」
仕方ないので、待ちがてら、メイア先生とバトった部屋でシアンの中の欠片を取り除けないかと格闘すること二十分。呼びにきた先程の職員に連れられ、実はちゃんと備え付けられていた魔道昇降機に揺られること更に十分。
到着したのは最上階。
「こちらが、元帥の部屋になります」
「……元帥?」
聞き間違いかと思って、職員さんに尋ねるが、真顔で頷かれる。
……どうやら全冒険者互助連合の十大トップが一に会うことになったようだ。
あの魔法具そんなに高いんすか。どうしよう、旅立つ前から借金背負うのかオレ。
それ以前に旅立てる?まさか、身体で払えのただ働きコース?
「リヴァさん、どうぞ、元帥が中でお待ちです」
一向に動き出さないオレに痺れをきらした職員さんが催促をしてきた。
冷や汗だらっだらだが、行かぬ訳にもゆくまい。
「案内ありがとうございました」
ドアノブを握って深呼吸。いざ。
「アリウス・リヴァです。先程の魔力測定器の件で……」
早鐘のようになる心臓をどうにか抑えながら、努めて冷静な声を出す。
ガルエニア材のどっしりした執務机の奥で、こちらに背を向けている椅子がくるりと回った。
「よくきたにゃあ!まってたのにゃ」
元帥の椅子に座っていたのはーーーギルド案内人のランバルトであった。