5.様式美というもの①
前回のあらすじ
・道は一つじゃありません。諦めず探しましょう
雑貨市を通り抜けて石畳の道を進むこと、四区画。右手に一際巨大な建造物が見えてくる。
全体的に縦のデザインが強調されていることが特徴的である、山吹色の重厚な石積み建築。
装飾の施された優美な大小の尖塔。石造りのアーチの上部が尖った、上下に長い窓がいくつも並び、要所に配置された円形の細かい飾り窓が華を添えている。
学術都市の景観に合わせた、いわゆるシエント様式の建物だ。
こちらでは学術都市が発祥なのでシエント様式、と呼ばれているが、まあ分かりやすく言えば前世のネオ・ゴシック様式に近い感じ。
全冒険者互助連合 北シエント第一支部。シエントに存在する冒険者支部を取りまとめる統括支部である。
「うあ……」
入ってすぐ、天井のリブの交差点から下がった大小の巨大なシャンデリアの絢爛さに目を奪われたが、次の瞬間にはオレは思わずうめき声がもらしていた。
四つ月二週目の赤の日、しかも真っ昼間なので人が少ないだろうと予測していたのだが、中は人でごった返していた。
さすが冒険者。自由業には時間概念なんてないようだ。
一つ一つ独立した台になっている窓口は、大理石の柱で区切られており、それが部屋の手前から奥に向かって左右一列ずつずらっーっと並んでいるのだが、ここから見る限り全ての窓口に人が居る……。
ある種、壮観だ。帰りたい。
「冒険者ギルドへようこそいらっしゃいませにゃ。どういったご用でしょうかにゃ?」
ん?
「お客様、こちらですにゃ」
くいっと上着の裾が引かれた。
かっちりとしたギルド制服を着た、二足歩行のモーレンの金の眼と視線が合う。
モーレンが笑った。
「少々下から失礼しますにゃ。ニャアは当ギルドの案内人ランバルトですにゃ〜。査定ですかにゃ?報告ですかにゃ?預金ですかにゃ?何でもニャアがばっちり目標までエスコートしますにゃ!」
胸に前足をあてて礼をするランバルトを、シアンが興味津々といった様子でオレの後ろから伺っている。
それにしてもモーレンは本当にネコそのままの魔物で会話なんてできなかったと思うのだが、何故だ。
「ええっと、新規の登録をしたいのですが」
「登録!これはめでたいですにゃあ。ではこちらの魔法具をちょいちょいっと操作しまして。お客様、そこの星形のボタンを押して下さいにゃ。そうそう、それですにゃ。受け取り口から番号玉が出ましたにゃ?」
言われた通りに、入り口脇に備え付けの魔法具のボタン押すと、下のぽっかり空いた部分に透明な水晶玉が出現した。
手に取ると黄色い光が中で揺らめいている。
「これ?」
「はいですにゃ。中の光が緑に変わったら、"準備完了"と呟いてくださいにゃ!あとは窓口まで自動で連れてってくれますにゃあ」
……色々危ない気がするが、大丈夫か。便利なのでいいのだろうか。
「分かりました。ありがとうございます」
「ニャアの職分ですにゃあ。あちらに椅子がございますにゃお使い下さいませ。……ところでお客様」
「はい?」
「そちらの魔物は、お客様の使い魔ですかにゃ?」
にこやかに訊いてきているが、どこか探るような雰囲気があった。
警備上の問題でもあるんだろうか。変に注目されるのも面倒だからはぐらかしてもいいが、ここは正直に答えておいた方がいいかな。どちらにしろ事実と取られる可能性は低いし。
素直に自分の召還魔だと告げると、ランバルトは目を大きく見開き大げさに驚いてみせた。
「なんとにゃ。珍しいこともあるもんだにゃあ」
「あれ、信じるんですか?」
「お客様は嘘ついてないにゃ、ニャアはこれでも人を見る目はあるのにゃ」
耳をぴんと立てて、ふんぞり返って肉球でぽふぽふ胸元を叩く姿に思わず笑ってしまった。
「光栄です」
「それにスライムは使い魔にするには器が不適合にゃ」
「そうですね、契約時の魔力注入に耐えられそうにないな」
使い魔は直接に生物の魂に契約の魔方陣を焼き付けることで作られる。召還魔と異なり、使役には一定の魔力を供給し続けなければならないが、己の魔力が許す限り複数体の使い魔を従えることも可能であるし、解除も可能である。
どうやら統括支部の職員をやっているだけあって魔法に関しての知識もそれなりに持っているらしい。
「だにゃ。この子、名前はなんて言うのにゃ?」
「シアンです」
オレの背後に隠れているシアンを覗き込みながらランバルトが訊いたとたん、シアンがオレの足に張り付いた。動揺を表すような、薄い緑の帯のような感情がヒラヒラ送られてくる。
……人見知りする子なのだろうか。
「シアンくんって言うのかにゃ。魔物なんて言って悪かったのにゃあ」
「ほらシアン、ちゃんと挨拶」
肩越しに後ろに張り付いているシアンに発破をかけると、ネコの顔で器用に目尻を下げて申し訳なさそうな声を出しているランバルトの目前に、シアンはそろそろと身体の一部を細く伸ばした。どうやら先のことで握るのがコミュニケーションの一種だと理解したらしい。
意図をはかりかねたランバルトがオレとシアンを交互に見る。
「握手してやってください」
「にゃあ〜。シアンくん、よろしくだにゃ」
五歳児の手のひら大のネコの前足と、スライムの触手が触れる。瞬間、ランバルトの白い毛並みが波打つ。
「……!」
ぴこんっと感嘆符が頭上に現れたようにビクッと固まった直後。
ものすごい早さでランバルトの前足が、触手をすりすりし始めた。
「にゃっ!?うにゃ……これは。なぁぁご。素晴らしいのにゃ。至福なのにゃ。なんなのにゃこの手触りはーーーー」
しっぽはくねっているわ、耳はパタパタさせるわ、興奮状態のようだ。
シアンからは困惑の感情が伝わってきているが、そこまで嫌でもないのか肉球に撫でられるがままにしている。
しばらく様子をみていたが、ランバルトは一向に止める気配はない。モーレンがスライムの触手と戯れている姿に、徐々に視線が集まってきているのだが。さて、どう引き剥がしたものかと思案していると、タイミングよく水晶玉を握ったまま右手から緑の光が溢れた。
未だ見ぬ窓口の人ナイス。
「ランバルトさん、申し訳ありませんが、窓口が空いたようなので」
「にゃ?……!? ごっふぉん。と、取り乱してしまって申し訳ないにゃ」
「いえ。触り心地いいですからねコイツ。オレもよくやります」
苦笑してシアンを撫でる。触り心地いい、という段でランバルトは全力で頷いた。
「いや〜素晴らしかったにゃあ。あ、結局引き止めてしまって申し訳ありませんでしたにゃ」
「大丈夫ですよ、そう長い訳でもありませんし。では、オレ達はこれで」
「はいですにゃ。」
ランバルトに背を向けてシアンに離れないように言ってから、水晶玉に向かい"準備完了"と唱える。
水晶玉から溢れていた緑色の光が収束し、一本の線となって走った。
これをたどれば良いのだろうと当たりをつけて案内通りに進む。
部屋の半ばまでいくと、光の尾が、ある窓口の台に嵌め込んである大きめの水晶玉に繋がっていた。
「なんという親切設計」
先ほど空気読んだコールをしたのは、いかにもベテランそうな眼鏡着用のアールヴのお姉さんだった。
前世的に言えばエルフ。ただし美形とは限らない。単に耳と寿命が長いだけでほとんど人間種だ。そしてラテン系だ。引きこもり?人間嫌い?ナニソレどこのニート。である。
エルフに幻想を抱いていた時期がオレにもあったが、実家の三軒となりの面倒見がよくて恰幅もいい、エネルばっちゃんがエルフだと知った時の衝撃な……
「いらっしゃいませ。ようこそ冒険者ギルド、シエント第一支部へ。新規登録でよろしいですか?」
「はい」
「では、まず都市民の方は住民票を、旅行者の方は旅券の提示をこちらにお願い致します」
首もとの鎖を引き出して、先についた金属板を円形の魔法具にかざす。
「住民票で」
「はい。……はい。もう仕舞って下さって大丈夫です。確認がとれました。アリウス・リヴァさん18歳、現在は都立中等学校竜騎士見習い科3年次生、でよろしいでしょうか」
「はい」
手元の板から視線を上げたお姉さんが、少し眉尻を下げる。
「それでですね、申し訳ありませんが、シエント特別法の規定で、学生の方の冒険者登録は……」
「ああ、その、実は中退するんです。書類は提出してきたので、あとは認可が下りるのを待つだけで」
お姉さんの眉尻が更に下がった。
「……失礼致しました」
「いやいや。それで、オレの様な場合は登録可能なのでしょうか」
「登録はできません、ただ……」
きたーーー。この"ただ"はいけるやつだ。
「厳密に言えばできないのですが」
「はい」
「認可がいつ下りるのかは分かりますか?」
「……えーっと、諸事情により明確には分かりませんが、おそらく次の赤の日までには」
学園長が倒れたまんまで書類に判子おしてもらえないとか言えない……。
ちなみにカツラはちゃんと、オレが責任持って被せておきました。
「冒険者になる意志はかたいのですよね?」
「はい」
「そうですか。なら」
正式な登録はやはりできませんが、と断った上で、お姉さんはオレに書類を差し出した。
「手続だけされていかれますか?どちらにしろ新規登録は審査とギルド証発行期間がありますので」
「可能なら、はい」
「ではこちらの書類をご持参の上、四階の検査室へどうぞ」
「分かりました。どちらから向かえば」
「踏ん張って下さい」
ーーーーーーーーん?
「書類、しっかり持って下さいね。ちゃんと立ちましたか?ではいきますねー」
お姉さんが手元で何か操作した。
空気が抜けるような音がして床が揺れる。お姉さんの顔がどんどん下になる。
「ちょ、うわこれ、まっ、なっ」
「終わったらまたこちらへどうぞ」
足許から追いかけてくる、いってらっしゃいませ〜という声を聞きながら、オレは必死に浮遊する床にしがみついた。




