13.忍ぶれど③
結論から言えば、オレたちの計画は、途中で失敗した。
「はは。やってくれたな、アリウス。」
額から垂れ流された血で顔を赤く濡らしたキグズが、俺の首根っこを掴みあげた。
「子供にこんなことする奴になんの理がある!」
直後、大きな乾いた音と共に、レオが床に倒れこんだ。反駁したレオに平手打ちを食らわせた陰気な男に突進したヴェルが抑え込まれる。
キグズは争いの後の激昂した面持ちのまま、声を張り上げた。
「ああそうだ。俺たちは屑さ。他人のガキを飯の種にする屑だよ。だけどな。てめぇら都市民にだけは言われたくねぇ!!子供にこんなことする奴だ?てめぇらの親が俺らに何をしてるか知ってるのか。子を攫い売り飛ばしてんのが俺たちだけだとでも?ああそうだ。あいつらはこんな真っ正直な手なんて使わねぇだろうよ。自分たちのお綺麗な手を使いなんてしねえさ」
キグズの声が大きくて恐ろしい。あの時感じたのはそれだけだ。でも、今ならわかる。熱を帯びた言葉は、心からの悲鳴だった。
「生きていけないから子を差し出すしかない親の気持ちが分かんのか。腹が減るたびに、何で自分はまだ生きてるんだ。何でこんな時でも腹が減るんだって絶望すんだよ。真っ当に働いて何一つ悪いことしてねぇのに、なんだってそんな目に合わなきゃならない!!罪を犯す覚悟をもってやってる俺らより、てめぇらはよっぽど卑怯で残忍だよ!魔力を持たなきゃ人じゃねぇのか。何をしてもいいのか。ふざけんなっ!!!理がない?理なんてねぇよ!理なんて考えてたら皆んなが餓死するような世の中に、誰がしたんだ!てめぇらだろ!」
息が苦しい。息が吸えない。目の前が真っ白になって、白いつるつるとした火花が目の前を滑るように移動している。
腹の底からぶちまけるようにまくし立てたキグズに、力一杯締められた首元は、もはや痛みも感じなかった。
「けっ。お前ら魔力持ち様はいいさ。売られたとこで下手な扱いはされめぇよ。よっぽど頭のおかしいやつに買われなけりゃ少なくともすぐに本当に死んじまうようなことはされない。元手がかかってるからな!」
「アリウスを離せ、下ろグハッ」
今度は、レオの腹に拳が入る。
「俺はな。自分の娘だって売ったんだ!売れちまった。四年前のことだ。二歳だった。今じゃどこで何をしているかも分かんねぇ。それでも麦の一粒もないあばら家に置いとくよりは、生きる可能性が高かったんだ!魔力持ちじゃないってだけで、どうして俺たちはこんなめにあわなきゃならない。なあ。どうしてだよ」
「気の毒な話だが、それはお前が無能だったからだろ。どうせこんな商売始めるなら、もっと前からやればよかったんだ。結局、お前は、諦めていたんだ」
地面に押し付けられたヴェルが吐き捨てる。
「どうしろって言うんだ!魔力を身につけろとでも?何を言ってるかわかってんのか」
「理不尽だと思うならそんな規則、壊せばいい。魔法を持たぬお前らの方が数は多いんだ。ぐっ。お、まえ…にとってはげほっ、まほうつかいにケンカを売るよりっ、むすめを売る、ほう、」
「黙れ!」
「ほうがぁくそ、簡単だったんだ!娘を売る方が!」
「黙れ、黙れ!黙れ!お前らガキはまだわかっちゃいねぇ。生まれつきの区別があるなら、人間は差別をするもんなんだ。比較をするもんなんだ。できない奴より、できる奴が上に行く。まして、魔力があるってのは、確実なプラスだ」
怒りの矛先がヴェルに向かったことで、やっと息ができる。酸素を性急に取り入れよと指示する脳に体がついていかない。
喉が切れそうなくらい咳き込んでいた俺が、それを発見したのは、奇跡に近かった。床から起き上がろうとするレオの背に飛びつき、位置を入れ替えて突き飛ばす。無我夢中で振り向くと、短剣の切っ先が迫っていた。陰気な男から突き出されたいやに遅く感じられて、驚いたレオの顔をみる余裕すらあった。
「アリウス!!!」
ドォォォォン。
鼓膜を破りそうな轟音が響いて、天井が破られたのはその時だ。
「全員動くな!児童誘拐の証拠は上がっている。罪をこれ以上重くしたくなければ神妙に縄につけ」
ボタボタと天井から屋根の破片が落ち、何か声も聞こえるが、オレの耳には何も入っていなかった。
意識は目の前のソレに全部持っていかれた。
大きくて、強そうで、綺麗な目をしている。緑の生き物。
ーーーーーーー初めて見た竜は、簡単にオレの心の全部になった。