第47話 再戦! 三日会わざる好敵手に少女は刮目する (Cパート)
ジリリリリン
アパートの部屋に黒電話のベルが鳴る。
「はい、あるみよ。ああ、あなたね。ええ、わかったわ」
『――――』
「望むところよ、それじゃ今夜ね」
ガシャン
あるみは電話を切る。
「今の相手はいろかかい?」
「ええ、支部長がこっちに電話かけてくるなんて、大胆というか不敵というか」
「古風な女性だからね、そういう形式を重んじる人かもしれない」
「だったら、そのうち伝書鳩で文通するようになるかもしれないわね」
「ありうるかもしれないな」
あるみの冗談に珍しく鯖戸は笑った。
「さて、みんなを呼び出さないとね」
「今夜、魔法少女カナミと戦ってもらうわ」
テンホーがそう告げると、ヨロズは嬉々とした笑みを浮かべる。
「嬉しい?」
「嬉しい。待ちわびた」
「さっき戦ったばかりじゃない?」
「物足りなかった」
「ええ、そうね。一発撃ち合っただけだものね。心ゆくまで戦いたいでしょ?」
「当然」
ヨロズは拳を握りしめる。それだけで人間の身体をグシャリと潰せるだけの力が込められている。
「生まれたばかりのとき、やつと戦った。初めて生きていると実感できた戦いだ。あれをもう一度味わいたくて怪人を狩ってきたが、そんなものは一切味わえなかった。
やはり、カナミと戦わなければ味わえないだろう。あの充足感は」
テンホーは意外に思った。
初めて会った時はまともに言葉を喋ることすらおぼつかなかった。最近になってようやくまともに会話が出来るようになったが、交わす言葉は最小限で、まだまだ幼いままだと思っていた。
それがこんなにも饒舌に感情をむき出しにして話すとは思わなかった。
「まるで刷り込みね」
「刷り込みとはなんだ?」
「刷り込みというのは、生まれて初めて見たものを親として認識する動物の習性よ。それと同じようにあなたの中にも魔法少女カナミは好敵手と刷り込まれたのじゃないかしら? 生まれて初めてあった」
「そうかもしれない。それを確かめるために戦う」
「楽しませてもらうわ」
「そんなの無理です!」
かなみは立ち上がってあるみに向かって抗議する。
言い渡されたのは、ヨロズとの一対一との勝負。しかも数時間後に地下闘技場で試合という形になった。
「試合はやれないってこと?」
「そうです! 私じゃ無理です! だって、今朝だって……!」
「弱気になっている場合じゃないでしょ!」
みあが立ち上がって言う。
「みあちゃん?」
「決まったものはしょうがないでしょ! うじうじしたって勝てないんだからやるしかないでしょ!」
「みあちゃんだって見たじゃない! 私じゃどうせ勝てな……」
「――!」
ゴツン!
みあはかなみの頭を叩いた。
背が足りないから、思いっきりジャンプして、思い切り力一杯のグーで、叩いた。
「~~~」
かなみは頭を抱える。
「な、何をするの、みあちゃん!」
「ポンコツを叩いて治そうとしたのよ」
「ぽ、ポンコツ?」
「そんなふざけた言ってるかなみがポンコツじゃなかったらなんだっていうんだよ!」
「私はまともよ!」
「まともだったら、勝てないなんて泣き言言わないわよ! あんたが泣き言言う時は借金だけでしょうが!!」
「ひ、ひど!?」
「あんな怪人相手にして、泣き言なんて聞きたくないのよ!」
「そんな泣き言なんて! みあちゃんだって見たじゃない!」
「ええ、見たわ!」
「勝てないって思わなかったの!?」
「思わない! あんな奴、私でも倒せるわ!」
「だったら、みあちゃんが戦ったら!」
「はいはい、そこまで」
あるみが仲裁に入る。
「向こうの指名はかなみちゃんよ。かなみちゃんが戦わないといけないのは決まってるわ」
「みあちゃんに……代えてもらえないんですか?」
「かなみさん!」
これには翠華も加わる。
「かなみさん、いいの? 逃げることになるのよ」
「す、翠華さんまで!」
「私はかなみさんに逃げてほしくないの」
「そんなの勝手です!」
かなみは翠華とみあから目を背ける。それを見て、翠華も言い過ぎたと気づく。
「……ごめんなさい。でも、わかってみんなに逃げてほしくないの。みあちゃんやあるみ社長だってそう思って」
「……私は!」
かなみは部屋を飛び出す。
「余計なこと言ってくれちゃって」
みあはぼやく。
「……でも、私も気持ちは同じです」
紫織も同意する。
パチパチパチ!
涼美がそんなみあ達に拍手を送る。
「みんなぁ、うちのかなみのためにぃ、ありがとうねぇ」
「べ、別にあたしはかなみのためにやったわけじゃないんだから!」
「お礼を言われるようなことじゃないんですが……」
「本当ならぁ、私が元気づけてぇあげるべきなのにぃ」
「今更母親面しても、あんまり効果ないでしょ」
「ばっさりぃ……あるみは言うことがきっついぃ」
「しょうがないわね」
来葉は隅で成り行きを見守っている。
「ま、なんにせよ。かなみちゃんが自分で立ち上がってくれないと意味がないんだけどね」
あるみは窓を見て、外に出たかなみを目で追う。
出てみたものの、どうしたらいいかわからなかった。
ただ、部屋の中は息苦しくて、辛かった。
戦って。
戦いなさい。
戦ってください。
戦え。
無理矢理背中を押されているような嫌な感覚。自分の意志とは関係無く戦わされるような、そんな錯覚に陥りそうである。
逃げ出したい。でも、本当は逃げたくない。
「逃げてもいい、かな?」
それは天使のように甘く、悪魔のようにドス黒い囁きであった。
勝てないかもしれない。それどころか絶対に勝てないと思った敵はこれまで何度かあった。
最高役員十二席ヘヴル
九州支部長いろか
関東支部長カリウス
そういった顔ぶれと比べると、ヨロズは大したこと無いように思える。
しかし、彼等と戦うことになったら、と本気で考えたことはない。
勝てないかもしれない。と、不安と恐怖に駆られるような敵と戦うことになるなんて今まで無かった。
だから、どうしたらいいのかわからない。
勝てなかったら……負けたら……
それがたまらなく怖い。
だから、逃げ出したくなる。
「ついてきてるのはわかってるのよ」
かなみは振り返って言う。
「ボクは君のマスコットだからね」
そこにいたのはネズミ型マスコットのマニィであった。会社のマスコット達はあるみと魔力で繋がっている。その為、今かなみがどうしているか、かなみがマニィに何を話すか、あるみには筒抜けだ。
「私の監視役ってわけね」
「そういうつもりはない。確かにボクはあるみの魔力を供給しているから視覚や聴覚も共有している。君がどこにいて何を話すかもあるみはわかってしまう。だけど、それだけだ。
あるみから君を監視するよう、つけまわすよう指示はきていない。ここまできたのは、ボクの意志だ」
「ほ、本当に?」
「本当だ」
マニィははっきりと答える。
「はあ~」
かなみはため息をつく。
「あんたってそういう子だものね。わかってる、わかってるわよ」
「理解があって助かる」
「呆れてるのよ……でも、ありがとう」
「ありがとうって何が?」
「自分の意志が私についてきたこと」
「お礼を言われるほどのことじゃないと思うんだけど」
「いいの! 私が言いたいだけだから!」
「君もよくよく変な娘だよ。長いこと一緒にいるけど未だにわからないことを言うときがあるんだから」
「そっちこそ」
ここまで話してだんだんと気持ちが楽になってきた。
戦う。戦いたくない。
逃げたい。逃げたくない。
そう悩んで考えていたことがなんだか遠いことに思えてしまう。
「結局のところ、君はどうしたいんだ?」
「うーん……」
かなみはまた考える。
「わからない」
そうして出た答えはそれだけだった。
冷静になって今朝の戦いを思い返してみる。
ありったけの魔法弾を撃ち込んだし、神殺砲だって直撃させた。ベストとはいかないが、十分に力を発揮した内容だった。それでもヨロズには通じなかった。
成長する怪人。
あるみや来葉の危惧が現実になった存在。
もしも、今夜また戦うことになって、更に成長していたら……
「ああ、また考えこんでいたね」
「う……」
痛いところを突かれた。
「君がここまで怖気づくなんて珍しいね」
「お、怖気づいてないわよ!」
「うん、強がってる」
「強がっていない!」
かなみは叫ぶ。
「その意気で戦えばいいと思うんだけど」
「簡単に言わないでよ。そんなに上手くいくわけないじゃない」
「上手くいくよ。いつもあるみが言ってるじゃないか」
「信じることが最強の魔法……」
「そうだ。君が勝利を信じなければ勝利は無い、ただそれだけだ」
「あんたって案外単純なのね」
かなみは羨ましくなってきた。
こんな風に単純に考えることができれば、ヨロズにだって勝つことができるかもしれない。
「私、勝てると思う?」
「五分五分だね」
「そこは絶対に勝てるって言ってよ!」
妙なところで現実主義であった。
「絶対に勝てる」
「……いや、今更言っても」
「あるみはそう信じてるよ」
「社長が?」
それは信じられる。あの人はいつだって自分を信じてくれた。
「涼美だって、来葉だって」
「母さん……来葉さんも……」
それこそ逃げたくない想いの正体だった。
みんな、自分を信じてくれている。それに応えなければならないし、応えたい。
「こんなところにいた!」
「みあちゃん!?」
「さ、探しましたよ」
「紫織ちゃん、翠華さん?」
みあと紫織、それに翠華が息を切らしてやってくる。
「部屋に戻ってこないんじゃないかって」
「ご、ごめんなさい……」
かなみは慌てて謝る。
「謝らなくていいわよ。むしろこっちの方が悪かったんだから」
「どうして?」
「かなみさんに勝手に期待して、勝手言っちゃったから」
――そんなの勝手です!
つい勢いで言ってしまったことが巡り巡って、かなみの胸をチクリと刺す。
「……勝手だったのは私です」
かなみは再び頭を下げる。
「ごめんなさい!」
「………………」
翠華達は黙り込む。
「ウシシシ、バカ素直なことだぜ」
「ハァハァ、ほのかに温かい」
「こういうときの気持ちを代弁しようか」
アリィが長話をしようとしたので、ウシィとイシィは止めた。
「か、かなみさん、顔を上げて」
「なんであんたが謝るわけ? バカじゃないの!」
「ええ、バカ!? みあちゃん、ちょっとそれは言いすぎじゃない!?」
「バカにはバカって言ってやるのがいいのよ」
「みあちゃん、ひどい……」
そう言いながら、かなみは笑う。
「かなみさん、ようやく笑いました」
「え、そ、そう?」
「ずっと辛そうな顔をしている感じでしたから」
紫織に言われて、かなみは苦笑する。
「あははは、心配かけちゃったね」
心配してくれる仲間の存在がありがたく思える。
「なんか、心配したあたしが馬鹿みたいだったじゃないの」
「え~みあちゃん、心配してくれたの」
「し、してないわよ! さっさと勝ちなさいよ。勝ったらご馳走おごってあげるから!」
「だったら、パーティがいいわね。あら、かなみさん、どうしたの? 顔色が悪いけど」
「……それって、みあちゃんが前に見せてくれたアニメのキャラがよく死ぬパターンじゃない……」
「チ、気づいたか」
「なんで、そこで舌打ちするの!? 私、死にたくないよ!」
「だったら、死んでも勝ちなさい!」
「む、むちゃくちゃ……でも、みあちゃんらしい」
かなみは笑いをこぼす。
「みあちゃん、口は悪いけど本当にかなみさんのすごく心配しているのよ」
「はい、わかっています。みあちゃんがご馳走してくれるなんて滅多にありませんから」
「人をケチみたいに言うな!」
「だったら毎日ごはん食べさせてくれてもいいじゃない!」
「その前に借金なんとかしなさい!」
「無茶言わないで!」
「まあまあ、その辺にしてみんなでお茶しましょう。ちょうどそこに喫茶店もあることだし」
翠華が近くの喫茶店を指す。
「作戦会議ですね」
紫織が手を叩く。
地下の怪人闘技場。
生まれたばかりの怪人の強さをランク付けするために、怪人同士を戦わせることを目的としている。そのついでに、刺激を求める人間達への見世物として提供している。
かなみは何度来ても好ましいと思ったことはなかった。
「かなみぃ、頑張ってねぇ」
涼美は遠巻きに手を降って応援する。
「運動会に応援に来た母親みたいね」
翠華は思わず言う。
「実際、母さんなんですけどね」
「あれで結構、かなみちゃんのこと心配してたのよ」
「あれで、ですか?」
かなみは、首を傾げる。来葉はフォローの甲斐が無いと思った。
結局、株式会社魔法少女の面々に来葉や涼美まで加わった大所帯でやってきた。
ここで、今夜のメインイベントとして、魔法少女カナミ対新進気鋭の合成怪人ヨロズの試合が行われることになっている。
試合開始はまもなくで、自然とかなみも緊張してきた。
「いい、かなみちゃん。緊張したら観客みんな大根だと思えばいいのよ」
千歳が元気づけようとする。
「て、定番ですね……」
「かなみさんはこれでも試合経験者ですからね、そのぐらい大丈夫だと思いますよ」
千歳の糸で拘束されたスーシーが言う。
「あんたにそう言われると複雑ね」
「それが狙いですから」
ニヤリと笑ってみせる。その笑顔がどうにも憎たらしい。
「ちゃんと作戦は考えてあげたんだから、勝たないと承知しないわよ!」
みあは人差し指で差して言う。
「うん、ご馳走楽しみにしてるからね!」
「勝ってください、かなみさん! 応援してますから!」
紫織はグッと握りしめて応援する。
「私はかなみさんが絶対勝つって信じてるから」
「はい! 絶対に勝ちます!」
かなみは力強く答える。
これだけの仲間に囲まれていると弱気な気持ちが吹き飛んでいく。
そして、同時にそれだけで簡単に勝てる程甘い敵ではないこともわかっている。
それでも、負けるかもしれない。という弱気な気持ちは引っ込んでいく。
やれるだけのことはやれる。という思いだけは確実に募ってくる。
「さ、行きましょうか」
あるみが呼びかける。
「――はい」
「かなみちゃん、私が視た未来はどうだったか、聞きたい?」
来葉は問いかける。
それは未来を視る魔法が使える来葉からの知りたいが怖くもある問いかけであった。
「………………」
「あなたが勝つか、負けるか……知りたいでしょ?」
甘い囁き。思わずうなずきたくなるほど魅力的な誘惑だ。
これからの戦い、勝てるかどうかわからない。むしろ負ける可能性の方が高い。
だからこそ、来葉に「この戦い、勝つ未来を視た」と言って欲しい。
でも、もしも……「負ける」と言われたら……
そう考えただけで恐怖に駆られ、打ち震えかける。
だけど……
かなみは心の中で決意を固める。
「知りたいですけど、聞きません」
それを聞いて来葉は満足そうに笑った。
「安心したわ、かなみちゃん。その気持ちがあれば負けないわ」
来葉は肩に手を添える。たったそれだけのことだけど、かなみは凄く励まされた。
「ありがとうございます。いってきます」
かなみは見送る来葉に手を振る。
「大きくなったわね」
来葉は感慨深く言う。
「だが、まだまだ成長途中だ。あるみに比べたらね」
鯖戸はあえて厳しく言う。
「それはそうだけど……せめて私と比べたらどうなの?」
「ピークを過ぎた君だとハードルが低いだろ」
「あなた……私に恨まれると思わないの」
「思っているよ、君は根に持つと長いことぐらい……長い付き合いだから」
「あなたに最悪の未来が訪れるといいわ。さて、私達も行きましょうか」
「ああ、君もボクと同じ今夜は観客だ」
そう言いながら鯖戸と来葉は観客席に向かった。
暗い廊下を一歩一歩歩く。
以前、カナミはここがたまらなく嫌いだった。いや、今も大嫌いである。
ここから一気に眩しいスポットライトに照らし出される。そして、ここの怪人と戦わされる。
自分が人間として扱われず、ましてや魔法少女としても認められない。
ただ闘技場で戦う怪人と同等の存在でしかない。
なんだか自己嫌悪になりそうであった。
――ああ、私は怪人と一緒なんだって。
でも、今日は少しだけ違う。
カナミは、観客席に目を移す。
同僚の翠華、みあ、紫織。
インターンの萌美。
非常勤の千歳。
母親の涼美と来葉。
上司の鯖戸。
勝利を信じて見守ってくれている。
心強さと勇気を与えてくれる。
「やれるだけやりなさい。骨ぐらいは拾ってあげるから」
傍らにあるみがついてくれる。
背中を押してくれる頼もしい社長兼セコンドだ。
「は、はい!」
カナミは闘技場に上がる。
それと同じタイミングでヨロズも上がってくる。
「――!」
猛獣の双眸がカナミの姿を捉える。
獰猛な牙を見せ、喜びを露わにする。
「カナミと戦いたかった」
ヨロズは嬉々として言う。
「どうして、私なの?」
「初めて戦った相手がカナミだからだ」
ヨロズは即答する。
「あの戦いは生まれてきた喜びと生きている充実を存分に味わえた。もう一度味わうにはお前しかいない」
あまりにもまっすぐな気持ち。
怪人としての邪な気配が一切ない告白に、カナミは圧倒された。
生まれてきたよろこびと生きている充実。そんなものを与えたつもりは毛頭ない。
あの戦いはただ必死になって勝利するために戦い抜いた。それだけなんだ。
なのに、何故あの怪人はそれを喜ぶのだ。誇れるのだ。
「理解できないわね」
「そうか?」
ヨロズは不思議そうに首を傾げる。
「カナミならわかると思ったが」
まるで親しい友人に語りかけるような調子。いや、それ以上に近しい距離感のように思えた。恋人、あるいは親兄弟のような接し方といった方がしっくりきてしまう。
「わからないわよ!」
そんな風に怪人から悪意なく来られたのは初めてだった。
はっきり言ってどうしたらいいかわからないし、怪人とそこまで仲良くなるつもりなんてなかった。
だって、自分を殺そうとする怪人と。
だった、自分と戦いたがる怪人と。
――仲良くなりたいと思えるはずがないじゃないか。
だから、拒絶しなければならない。
こいつは敵。今から戦うべき怪人なんだ。
そう思い込むようにした。
そうするとあれほど恐怖に支配されていた身体の震えが止まった。
「私達は敵! これから戦うんだから!」
カナミがはっきり言ってやると、ヨロズは牙を剥いて喜ぶ。
「そうだ、それでいい!」
震える。
恐怖なんてもう振り払ったはずなのに、また身体の内側から際限無く溢れてくる。
――それでは、これより本日のメインイベントを始めます。
――魔法少女カナミ対進気鋭の合成怪人ヨロズ
ワァァァァァァァ!!
歓声が上がる。
ここにいる観客達はまだ魔法少女カナミがここで戦っていることを覚えており、その強さは目に焼き付いている。また見れる喜びとともに、それと相対する怪人もこれまで見たこともないような強者のオーラを放っている。
強者と強者の戦い。
刺激を求める観客達にとって期待せざるを得ないメインイベントになっていたのだ。
「す、凄い熱狂ですね……ドームにいったときみたいです……」
みあはそれに圧倒される。
「かなみちゃん、ここじゃ人気者みたいね」
来葉はみあが倒れないよう、支えてあげる。
「ふん、どうせ地下アイドルもどきみたいなものでしょ」
みあは吐き捨てる。
「でも、スポットライトにあたっているかなみさん、素敵ね」
「はい。かっこいいです」
「娘の晴れ舞台ねぇ。カメラ持ってくればよかったぁ」
「仔馬……」
来葉は「鯖戸にカメラならマスコットに持たせている分があるでしょう」とアイコンタクトを送る。
「いくらだ?」
来葉はメガネを直して、言う。
「がめついわね……口座に振り込んでおくから撮影データはちゃんとよこしなさいよ」
「了解だ。セコンドのあるみの分もサービスしておく」
「それぐらいはつけておくよ。さ、試合が始まるぞ」
そう言って鯖戸と来葉は闘技場に視線を移す。
「お久しぶりですね」
来葉達が着いた観客席のちょうど反対側にテンホーはいた。スーシーはそこへ挨拶に来たというわけだ。
「生きていたとはね」
「それはお互い様ですよ」
お互い元関東支部の幹部。共に支部長カリウスの指示の元、働いた仲間である。
「カンセーのようにあの戦争で死んだものとばかり思っていたんですがね」
「悪運が強かったのよ。そのあと、いろか様に拾われて今は彼の教育係を任されているわ」
「それは大役を仰せつかったものですね」
「光栄の極みだったわ」
テンホーは恍惚に満ちた笑みを浮かべて自慢げに言う。
「いろかが言うには彼を次期関東支部長に据えるそうですね」
「フフ、私達の未来の上司になるわけよ」
「……いずれ上司となるものを育て上げる。中々得難い体験ですね。
――ですが、果たしてその時にボク達は関東支部に戻ってこられるんでしょうかね?」
「どういう意味?」
テンホーは一転して神妙な面持ちで訊く。
「ボクは今彼女達に囚われています。今だって警戒こそ緩んでいますが拘束はそのままです」
「情けない話ね」
「そうですね。ですが、ボクはこの状況を好ましく思っています」
「物好きなあんたのことだからね、そうだと思った」
「もしかしたらこのまま入社して魔法少女になってしまうかもしれませんよ」
「………………」
テンホーは沈黙する。
「……冗談ですよ」
さすがにいたたまれなくなったスーシーは前言撤回する。
「あんたの場合、本気で言ってるのかと思ってね」
「多少の本気は混ぜました」
「だから質が悪いのよ」
テンホーはため息をつく。
「それがあんたの嫌なところよ。彼女に少しだけ同情するわ」
テンホーは闘技場に立つカナミへ視線を移して言う。
「あなたに同情されるとは……彼女も余程悪運があるみたいですね」
「似た者同士だもの、ある意味じゃ」
「悪運の魔法少女です、か」
スーシーもまた心底楽しそうに言って、その魔法少女の勇姿を見る。
「はてさて、状況は整ったわ」
照明の灯りが一切はいらない闘技場の片隅の暗闇にいろかは現れた。
「彼女が見込んだ魔法少女と彼が見出した怪人。その二つを戦わせる。この身が震えるほどの興奮を覚えるわ。
果たしてどちらが勝つのでしょうね、フフフ」
笑声は闇に消え、ゴングの甲高い音が鳴り響く。




