あれでパワー最小だって?
「あ、あああああー、お、俺の腕がー!」
両腕がなくなった頭目は、自分の両手を振りまわして狼狽している。しかし両腕がなくなった腕をじたばたさせている姿は、奇妙でもあり、コミカルでもある。
そんな頭目と、おろおろするばかりの二人の子分を、僕は倒れながら見つめ。
そして、突然現れた、帝都の騎士だという、二人の方を見る。
二人は僕達のいる位置から、10メートル近く離れている。あの距離から攻撃して、グレートソードを扱う男の太い両腕を同時に切り落とすなんてこと――弓矢やチャクラム、手裏剣のような武器ではとても無理だ。
一体、何をしたんだ……
そんなことを、体の痛みで鈍っている思考で考えていると。
「う、うわっ!」
突然僕の背中に、不思議な衝撃が起きたと思うと、僕の体はその衝撃波で空高く舞い上がった。高さ10メートルほどまで吹き飛んだ僕の体は、頂点を越えると自由落下し始める。
「うわあああああ!」
このままでは地面に叩きつけられる――この高さで今の僕の体では、間違いなく死ぬ……
だけど。
自由落下する僕の体は、やがてふわりとしたもので包まれたような感覚があったかと思うと、落下速度が急激に減速し。
「よいしょ、っと」
そんな声と同時に、僕は先程の、白銀の軽鎧をまとった騎士の両腕に、ほとんど何の衝撃もなく、キャッチされていた。
「坊や、大丈夫かい?」
騎士は僕を抱きかかえたまま、僕の目を見て訊いた。よくみると騎士は、まだ子供のような顔をしている。まだ20歳にも満たない少年だった。
「びっくりさせてごめんな、でも、もう大丈夫だからな」
そう言って騎士の少年は、僕をゆっくりと路傍に寝かせる。降ろす時、一緒にいた、杖を持つ女性が僕の体を支えるのを手伝った。
「相当体がダメージを受けてる。早く治癒術を」
騎士がそう指示をすると、女性は頷いて、僕の前に杖をかざす。やがてその杖の先端につけられた宝玉が、次第に赤みがかった白色に輝きだす。
「太陽の加護!」
女性が光り輝く杖を、僕の周りで円を描くように振ると、その光が僕の全身に転移して、体中が暖かいもので包まれたような気持ちよさに包まれた。
そうして10秒ほどで、その光と暖かさは収束する――
「はい、もう大丈夫」
女性は僕に、にこりと微笑みかけた。
「え……あ、あれ? 痛くない。痛みが消えてる?」
僕は女性の笑顔を見ながら、さっきまでの、体の骨をバラバラにされたような激痛がほとんど消えていることに気付いた。そして、チャクラムで深く斬られた僕の右肩を見ると、食らった服の部分はまだ切れていて、血も服に付着しているが、傷口はほぼ完全に塞がっていた。
「でもまだ動けるまでは回復していない。今のは初歩の治癒精霊術――錬成が短時間で済む応急処置よ。今は緊急事態だし、これで我慢してね」
「そういうことだ。坊や、これからは、私とそのお姉さんの側から絶対離れるなよ」
その様子を見ていた騎士も、年頃らしい笑みを見せてから、僕に背を向ける。
騎士の視線の先には、さっきまで僕を痛めつけていた3人の盗賊がいる。
「この野郎――よくもお頭をやってくれたな!」
膝を突く、腕を失った頭目の横で、子分の一人がいきり立って叫んだ。
「やれやれ――今ので勝ち目がないと分からないかね。帝国の紋章を見て逃げ出さないなんて、これだから田舎の盗賊団ってのは」
騎士は小声で愚痴をこぼす。
「レックス」
女性が騎士に、若干強い語勢でそう言った。レックスというのは、この騎士の名前だろうか。
「分かってますよ。石造りの家が多いから、延焼の危険はあまりないけれど、それでも私の得意な風の術は、火の被害を広げかねない――だから、使うなら効果範囲を絞って――でしょ?」
「OK」
女性は頷く。
「――き、気をつけて!」
そんな二人に、僕は声を上げる。
「あいつら、飛び道具を持ってるんだ。さっき僕も、それで足を止められて……」
「ほぉ……」
レックスはそれを訊いて、興味深そうに頷いた。
「あいつら、それで僕達を仕留める自信があるから退かないのか。そりゃいい情報だ」
「おおおっ!」
そんな忠告の直後に、盗賊の一人は僕達に向かって、チャクラムを投げつけてきた。投げると同時にもう一人の、薙刀を持った盗賊は走り出す。恐らく後方のチャクラムを投げる盗賊が、騎士に防御や回避をさせることで手を塞ぎ、その間にもう一人が距離を詰めて、接近戦で勝負をつけようとしているのだろう。
だが、レックスはチャクラムが自分の顔周りに正確に飛んでいるのに、クレイモアもバックラーも下げて、まるで防御や回避の姿勢を取ろうとしない。
「危ない!」
僕は後方でそう叫んだ。
でも。
チャクラムは真っ直ぐ飛んでいたのに、レックスの体の直前で、ぎゅんと鋭角に曲がって軌道を変え、そのままあさっての方向へ飛んで、燃えている民家の石壁に突き刺さった。
「な!」
その不自然な軌道に、走り寄っていた盗賊は、思わず足を止める。
「いい軌道だったけど、すごい変化球だな」
レックスはにこりと盗賊に笑いかける。
「く――こ、この野郎!」
激した盗賊は、今度はチャクラムを連続で投げつけてきた。
だが、5、6輪飛んで来たチャクラムは、どれもレックスの体の直前で軌道を変え、道の両端に立つ民家の石壁に食い込むだけだった。
「な、何で当たらないの?」
盗賊も驚いていたが、僕もそのチャクラムが、まるで意思を持ってレックスを避けるような動きをすることに、空恐ろしさを感じていた。
「風の精霊術のひとつ『障壁風』」
僕の体を支える女性がそう言った。
「今私達の周囲には、レックスが張った風の結界があるの。その結果が飛び道具の軌道を爆風で変える――だからレックスに飛び道具は、一切通用しないの」
「……」
な、何だ? 精霊術ってのは、そんなことも出来るのか?
僕の怪我を一瞬で回復させたり、風をまるで自分の味方のように使って……
「あわわわ……」
チャクラムが牽制にもならないのでは、もう盗賊に勝ち目はない。それは本人達も分かっていて、顔が恐怖で引きつっている。
「戦意を喪失した人間をいたぶりたくはないが――お前達は、既に人を殺した。なら、ここで拘束しなければならない」
レックスは先にそう宣告した。
そしてクレイモアで二振り空を切ると、その切っ先から白い空気の渦が目に見えて具現化され、それは拳大の大きさの球体に変化する。
「空弾!」
レックスがそう叫ぶと、その拳大の球体は、どぉん、と、何かの破裂音のような音を残して、目に見えないような速さで飛んでいく。
「ぐっ!」「がっ!」
そして次の瞬間、レックスの前に立っていた盗賊二人は、爆風が起きたと同時に、体が後ろに吹っ飛んでいた。外傷はまるで与えていないのに、10メートルは後ろへ吹き飛ばされ、二人の盗賊は、投げられた小石のように地面に何度もバウンドして、やがて止まった。
「うわ――やりすぎちまったか? イメージでは、パワーを最小にしたのに……」
レックスは首を傾げて、やっちまった、というような顔をした。
「いいえ、外傷を与えなかっただけ、いい選択です。さっきみたいに『風斬刃』で腕を斬ってしまうなんてことをするかと思っていました」
僕の横にいる女性が言った。
「あ、あれはこの坊やを守るために……」
「いいから、あの3人を拘束して。それが終わったら、私達は街の消火作業をしないと」
「はぁい」
そう言って、レックスはクレイモアを腰に挿している鞘に収めて、盗賊達の許へ駆け寄っていく。
「……」
そんなレックスの背中を見て、僕は様々な感情が湧き上がるのを抑えられなかった。
な、何だ――剣も使わずに、あんなにあっさりと……しかもあれで、パワー最小だって?
これが――精霊術……
「坊や」
その恐ろしい力を目の当たりにした僕に、杖を持った女性が優しく声をかけた。
「今度はもう少し長めに精霊術をかけるわ。そうしたらあなたも動けるようになると思う」
そう言って女性は杖の宝玉をまた僕の前にかざした。さっきと同じ光が、僕を包んでいく。
「だけど坊や、あんな武器を持った盗賊に、あなたみたいな子供が一人で挑むなんて――無茶のし過ぎよ」
光に包まれたまま、目の前にいる女性が僕に声をかけた。どうやら術の途中でも、会話くらいは出来るみたいだ。
「ご両親は、どうしたの?」
「両親――そ、そうだ。母さん、母さんは……」
僕はその言葉に、思わず立ち上がる。