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07 “歴史”

 渥美からの連絡を受けて、慌てて研究室に戻ってきた鏡花が通話を終わらせた後。


「観測機能の変更点は三つ。観測画像の更新間隔を五秒ごとに短縮、複数視点を同時に表示できるように変更、それから画像の自動保存」


 サーバラックの横に置かれている冷蔵庫から缶コーヒーを取り出しながら、渥美は説明を始めた。


「飯食ってる間にそこまで進んでるとか」

「さすが渥美さんであります」


 右手の指を一本ずつ立てていく渥美に対して、共用マシンに保存された画像を見ていた佐々木と鏡花が合いの手を入れる。


「更新間隔と複数視点は管理者権限の設定を有効にしただけやし、画像保存は外部のツール使っただけやけどね」


 自分の席に戻った渥美は、四本目の指を立てて話を続ける。


「“事象改変モジュール”のエラーチェック機能は解放できた。けど、実行についてはサーバ側の方でロックされてて無理だった」

「うーん。そっちが無理なら、術式の方から攻めてみるしかないか」

「残念なのさ」


 右手を下ろしてコーヒーを飲み始めた渥美から視線を戻した鏡花は、俯瞰視点の別の画像を開いて拡大する。画像の中央には、川を渡ろうとしているバイクとそれを追う巨大な熊が写っている。サイドカーに乗っている少年は、熊に向かって赤く輝く銃を構えている。


「しっかし、さすがにこれは釣り画像とか腹筋とか言ってられんのさ」

「そもそものエアメールが十五年前のものだし、ここまでの労力を使って偽物を用意する意味とか無いですよ」

「そやね」


 佐々木がぼやき、それに鏡花が答えて、渥美が頷く。


「こんなシステムが人知れず稼働し続けてるってのが不気味だぜ」

「未来予測をするためのシステムなんだったら、千年後まで観測せずに、どこかでリセットかけて、条件を変えてやり直すと思うのさ」

「んー。サーバだけ生きてる状態で、誰も知らないまま放置されてるとか」


 鏡花の推測に対して、二人も思案する。


「あるいは、別の目的でこっそり動かし続けているか。何にしても、まだ大っぴらに話して回らない方が良さそうさ」

「観測を続ける分には問題無いよな……んー、あんまりサーバに負荷をかけるような改造は避けた方が無難かね」


 渥美は椅子の背に身体を預けながら、鏡花に問いかけた。


「そうですね。観測機能は現状で良さげですし。私はひとまず、黒須君のためにナビアプリでも作ろうかと思うのですよ」

 鏡花は立ち上がり、サーバの横に置かれているノートパソコンの前に移動する。佐々木も自分の席に戻り、マシンの電源を入れた。

「じゃあ、こっちは“事象改変”の命令表を使って、術式コードを解読できるか試してみるさ」

「あ、国土地理院の地図から等高線を自動認識して立体表示させるとか、萌えじゃね」

「渥美さんはほんと、三次元なら何でもいいんスね」

「はっはっは、そう褒めるな」

「……」


 半眼で渥美を見つめる鏡花は、ふと何かに気付いたように目を開いた。


「そういえば、朝、スマートフォンの画像に余分なデータがくっついてるって言ってましたよね」

「ん、ああ。十数バイトの小さいデータなんだけどな」

「それ、もしかすると“事象改変”で使える被写体のオブジェクト情報かもしれないんで、調べて貰えますかい」


 鏡花の発言に対して、渥美は眉をひそめた。


「データ解析は羽村の方が得意じゃんよ」

「三次元座標とか入ってるみたいなんですよう。渥美さんの力が必要なんですよう」


 ◇


「最初に“枯渇世界”クライアントが各務研サーバに保存した代行者の座標値を取得し、次にその座標値を検索サイトに渡して、戻ってきた地図を表示する。地磁気センサーに同期させた地図回転も考えたけど、面倒なのでパスしました」

「え、もう終わったん」


 鏡花から頼まれた追加の改造を行った後、観測画像を元にバイクのモデルデータを作成していた渥美が顔を上げて時計を見る。時計の長針は一周もしていない。


「相変わらずコード書くのは速いよな。バグてんこ盛りだったりするけど」

「はっはっは、そう褒めるなー」

「……」

「で、すぐ使わせてみるのかい」


 佐々木の問いかけに対して、鏡花は首を振る。


「いえ、どうやら国道沿いに走ってて迷いそうにないですし、トンネルとかがどうなってるか分からないですから」

「そか」


 スマートフォンにアプリを転送する処理を実行してから、鏡花は丸椅子を回転させて佐々木の方を見る。


「ただ、このアプリが“枯渇世界”でちゃんと動くようなら、“事象改変”の方も行けるんじゃないかな、と思うわけで」


 視線を受けた佐々木は立ち上がり、印刷したばかりの変換表とソースコードをプリンタから拾い上げて、鏡花と渥美に手渡した。


「術式文字の方は、鏡花君の予想通りほぼアスキーコードで変換できたのさ」

「こっちは銃の術式の解読版すか」

「ああ、参考になるかと思って出してみたけど、これがやってるのは座標とベクトルを計算して、サーバに保存された本体プログラムを呼び出すことだけだったさ」


 ソースコードを目で追いながら質問した渥美は、しばらくして諦めたように紙を置く。


「あかん、さっぱり。さすがに独自言語は読めん」

「えー。コボルさんに似ててわりと読みやすいと思うのになー」

「コボルさんて。羽村、お前高校生って設定だったよな」


 呟きながらノートパソコンに向き直る鏡花に対して、渥美は突っ込みを入れた。


 ◇


 それから三時間後、各務教授はようやく研究室に顔を出した。


「あれだけ飲んでてぴんぴんしてるというのは、佐々木君はどういう内臓をしてるんだろうか」


 まだ幾分か顔色の優れない教授は、自分のデスクで資料を整理している。


「酒弱いもんねえ、みら兄ィは」

「というか、明日から東京出張なのに無理せんで下さいよ」


 鏡花と渥美の言葉に、彼は呻きながら準備を続ける。


「発表するのは佐々木君だから、僕は大人しくしていればいいんだけどね」


 予備の資料を確かめて封筒に収めた教授は、鏡花が淹れた緑茶を飲んでから、左肘を机につき、左手に顎を乗せて三人の方に顔を向けた。


「さて。何か進展はあったかな」


 三人が顔を見合わせた後、しばらくして渥美が手を挙げる。


「はい渥美君」

「ヒットダイス十二くらいの熊が出ましてん」

「“枯渇世界”はテーブルトークのシミュレータだったという結論かね」

「……いや、その可能性も無くは無いような……」


 考え込む渥美を放置して、教授は右手を振り続けていた鏡花を指名する。


「ではきょーちゃん」

「あっちで術式が発動したときに現れる魔法陣的な光を、《改変回路/オルター・サーキット》と名付けてみました」

「う、うむ」

「術式をソースコードとすると、あれは多分実行形式のバイナリなんじゃないかなー、と。術式の方が一段落したら、次は──」

「佐々木君」

「え、こっちに振られても。……えー、“事象改変モジュール”ですが、基本的なコードの書き方は解明済み。ただ、用意されてる関数が細か過ぎて、何らかの事象を引き起こすためのプログラムを一から組む、というのはなかなか骨が折れそうですね」

「管理者権限が無いと動かせないんじゃなかったかな」

「その辺は、鏡花君がなんやかんやで」


 再び手を振り始めた鏡花を無視して、教授は椅子の背に体を預けた。


「ふむ。みんなの話し振りからすると、不審な点は見当たらないってことか」

「突っ込み所は満載ですけど、うちの情報が抜かれてるってことはねーです。ただ、“各務研カスタム”の各種センサー機能が“枯渇世界”と連動しちゃってるのが謎っすね」


 そう言って、渥美は赤いスマートフォンに目を向ける。スマートフォンには手書きの地図の一部が拡大表示されている。


「技術的に不可能ということも無いのさ」

「まあ、バックドア通せば何とでもなりますけど。その情報持ってるのはうちと提供元くらいっすよね」


 渥美の視線を受けた教授が、身体を起こして口を開く。


「いや、同じモデルは他所にも提供されているはずだから、そうとも言えないね。研究機関以外にも、アプリの開発会社とかね」

「あ、そうっすか……」

「とりあえずセキュリティには気をつけてもらうとして。“枯渇世界”の話は室外秘でいくよ」

「うっす」

「はいなー」

「それで、その携帯の“向こう側”の持ち主は、今どこにいるのかな」


 教授の質問に対して、渥美が答える。


「三十六号を南下中で、海岸線まで出てちょっと進んだところで止まってますね。もう野営の準備を終わらせて晩飯食ってます」

「あれ、そうなの」

「あっちの方が一時間くらい早いんよ。あと、向こうは冬だろ。日没も早いんだって」


 渥美は身体をずらして、鏡花に観測画像を見せる。画像には、橙から紫に色を変えつつある海と、バイクを風除けに利用したテントが写っている。


「じゃあ、黒須君が寝ちゃう前に、アプリの話をしとかないと」

「あー、それならさ、ついでに聞いてほしいことがあるのさ」


 鏡花が携帯電話を手に取ると同時に、佐々木が手を上げる。


「何をですのん」

「“向こう側”の歴史さ」


 ◇


『……千年前というと、“資源戦争”の頃からか』


 鏡花の質問に対して、通話相手の少年は少し考えながら、ゆっくり話し始めた。


『その頃の世界を支えていた様々な資源を巡って、戦争が起きた。資源を求めての争いだったのに、それによって、数年で採掘施設はすっかり破壊され、多くの地域が汚染されてしまったらしい』


 佐々木がイヤホンで話を聞きながら、エディタに文章を打ち込んでいく。


『資源が無いことで、物の流れが滞り、設備が動かなくなり、情報が断絶して、文明は少しずつ衰退していった。この国も例外ではなかったけど、早い段階で技術と知識を“都”に集約し、それらが失われないように維持、管理する仕組みだけは作る事ができた』

「えーと、その頃はまだ“術式”が解析されていなかったのかしらん」

『ああ。失われた資源の代用として研究はされていたが、実際に使えるようになったのは、だいたい百年前だ』


 “術式”が利用できるようになっても、石油や天然ガスを完全に代替できるわけではなく、他の資源も不足していた。前文明の技術から、再現可能な機械を少しずつ増やし、ようやく人々の生活に余裕が出てきたのだ、と、少年は語った。


『それに、復興の妨げになっているのは資源不足だけじゃない。汚染された地域や“陸竜”のような災害級の魔獣がいる場所は手がつけられないし、それでなくても変異種や野獣が再開拓の邪魔になっている』

「“陸竜”ってそんなに手強いんだ」

『ああ。師匠が討伐軍と一緒に戦ったときも、どんな攻撃を受けても無傷で反撃してきたらしい。で、新しい強力な“術式”が開発できるまでは様子見とする、ってのが国の方針だ……奴さえ居なけりゃな……』


 少年の呟きを聞き、鏡花は少し思案して話題を変える。


「えーっと。他の国はどうなってるのかな」

『無線で連絡をとれる都市はあちこちに残ってる。けれども、調査団からの報告を読んだ限りじゃ、どこも状況は悪そうだな』


 ◇


「そうだ、きょーちゃん」


 地図アプリの説明を終わらせ、携帯電話をサーバラックに置いた鏡花に対して、教授が声をかけた。


「ほいほい」

「彼に、北天の夜空を撮影するように頼んで貰えるかな。出来れば、時間を置いて複数回」

「いいけど、どうしてですのん」

「うん。千年後の星空がちょっと気になってね。渥美君にも撮影を頼んだけれど、なるべく画質がいいものが欲しいんだ」

「んー、了解。後で伝えときます」


 鏡花の返事に頷いてから、教授は立ち上がる。彼は研究室のドアノブに手をかけたところで振り向いて、口を開いた。


「じゃあ、佐々木君。明日は千歳空港で待ち合わせということでいいかな」

「はい、わかりました」

「きょーちゃんも明日まで学校あるんだから、あまり遅くならないように」

「……はーいー」


 渋々返事をした鏡花に頷いて、教授は研究室から出て行った。

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