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12 “対決”

 壁の隙間から入り込んできた、夜明け前の冷えた空気に、クロスは身を震わせて目を開いた。

 見張り小屋で“陸竜”の襲来を意味する“大災害警告”の烽火を上げ、街の方角でも同様の烽火が上がったことを確かめた後、クロスとセキの二人は休息をとることにした。

 携帯食糧を温めて腹に収め、毛布にくるまって眠りに就いてから数時間。床の上に置いていた“証”を見て、新着の伝言を知らせる幻像に触れる。


『あー、黒須君、起きたら連絡下さい』

「……」


 乾燥した冷気による喉の痛みに顔をしかめつつ、クロスは身体を起こした。隣で寝ていたはずの師匠の姿が無いことに気付いて、彼は立ち上がり、窓から外を窺う。

 見張り小屋に辿り着いた頃から降り始めていた雪は止んでおり、外に出ていたセキは車に積もった雪を払い落していた。


「おはようございます」

「ああ、起きたか」


 セキは車に覆いを被せると、振り返って部屋の中に戻った。


「どうだ、行けそうか」

「ええ、まあ……でも、街に戻っても、出来ることなんて無いですよね」


 浮かない表情のまま答えたクロスに対して、セキは苦笑する。


「街の連中が港に避難するのを手伝ってやれ。俺にはまだ役目がある」

「……盾、ですか」

「そうだ」


 セキは真顔に戻って、左手の籠手を構える。


「“砲”が無いってのは痛いし、今回は相棒も居ねえが……ま、運が良けりゃ生き残れるさ」


 クロスは黙って足元に目を向ける。左手に握っていた“証”が視界に入り、伝言を思い出す。


「連絡が欲しいみたいなんで、ちょっとだけ待っててください」

「ああ、わかった」


 ◇


 設定が変更され、横に立つセキにも聞こえる音量で声が聞こえ始める。


『おはよう、黒須君』

「ああ……何かあったか」


 通話相手はしばらく沈黙した後、話し出した。


『もし必要なら……昼過ぎまでに“陸竜”を止められるかもしれない“術式”を用意できると思う』

「本当か」


 クロスはセキと顔を見合わせた。


「軍の“坤轟大砲”でも傷一つ付けられない相手だぞ」

『動作検証できないから実際に効くかどうか分からないんだけどね。駄目元でもやってみる価値があるんなら、協力したい』


 “証”から聞こえる少女の声に、クロスは問いかける。


「“観測者”は世界を観測するだけで、人間を助けるような存在じゃないって聞いてたよ」

『うーん、まあ、その辺はよくわかんないけど』


 “証”の少女は言葉を続ける。


『あれが“こっち側”の誰かが作り出した、破壊のためだけの不自然な代物で。もう無関係ではいられないというか』

「“作り出した”ってことは、あれは“術式”なのか」

『似たようなものかな。それで、関さんは確か、“陸竜”と戦ったことがあるんだよね』

「……ん、お、俺かよ。俺は別に」


 急に名前を呼ばれたセキは、顔の前で手を振りながら一歩下がる。


「いい加減慣れて下さいよ師匠」

「そう言われてもなァ、どうも苦手なんだよな……」

『実際に戦った人の意見を聞きながら、作戦を詰めていきたいんで。“術式”が完成するまで、ウチの渥美と相談してて欲しいなー、と』

「うーん。まァ、仕方ねえな」


 セキは両手の拳を握って構えると、覚悟を決めた表情で呟いた。


「……よし。さあ、煮るなり焼くなり好きにしやがれ」

「だからそういう話じゃなかったですよ」


 ◇


「ま、駄目でも俺様がなんとかするからよ」


 “陸竜”の行動の予測とその対処方法についての話を終えた後、遅い朝食をとってから、セキは荷物を下ろした車に乗り、街へと出発した。

 クロスはそれに同行せず、完成した新しい“術式”についての説明を聞き始める。


『“術式”の効果範囲は、半径六十メートルの球体。発動時には“陸竜”全体を範囲内に収めてないと駄目』


 “証”に映し出されている“陸竜”の全体像を取り囲むように、半透明な球体が表示される。


「つまり、“陸竜”の体に出来る限り近付いて、発動させる必要があるってことだな」

『うん。あと、実際に効果が現れるまで範囲内に収め続けていること』

「どれくらいかかるんだ」

『それがちょっと予想できない。一瞬で効くかもしれないし、一分くらいかかるかも』


 クロスは腕を組んで、眉をひそめる。


「効くかどうかも、どれだけ耐えればいいのかも不明ってことか……厳しいな」

『もうちょっと何とかならないか考えたんだけど、液晶の画面に収めるにはギリギリだし、ライブラリ読み込みを使うと発動に時間がかかっちゃうんよ』

「まあ、仕方ないな」


 ◇


 時刻は夕方。

 “陸竜”の位置を確認したクロスは、三階建ての建物の屋上から、ロープを伝って地上に降りた。

 ひび割れた舗装道路を移動し始めた彼に、“証”からの声が状況を伝え始める。


『そのまま直進。つぎの交差点で待機』

「了解」


 近付いてくる足音に合わせて揺れる地面に気をつけながら、交差点の手前で立ち止まった。


『遮蔽物があっても相手の索敵能力には関係無いから、瓦礫に当たったり潰されたりしないように気をつけて』


 無意識のうちに道路の端に移動しようとしていた足が止まる。


「やりにくいな」


 クロスがそう呟いたとき、交差点の先に見えていた建造物が崩れ落ち、“陸竜”の頭部が現れた。

 思わず身構えたクロスに気付いていないかのように、“陸竜”はゆっくりと歩を進め、道路を横切っていく。

 頭部が見えなくなり、続いて前足が瓦礫の山に隠れた瞬間、クロスは走り始めた。


『パターン変化なし。あと五十メートル』


 降り積もった雪を蹴散らしつつ、彼は“陸竜”に横から接近していく。左手で“銃”を抜き、発動命令の言葉を放つ。


「“装填”」


 銃の周囲に赤い魔法陣が展開されていく。展開完了まで十秒。


『プラズマ球! ええっと、これ迎撃パターン? だよね?』


 “陸竜”の前進が止まり、黄色のたてがみが放電を始める。励起した気体が上空で集まり、いくつもの光る球体が形成されていく。


『止まっちゃ駄目』

「わかってる──ッ!」


 “陸竜”との距離を半分まで縮めたところで、不規則に揺れていた雷球のひとつが動きを直線に変え、一瞬前にクロスがいた場所を直撃して水蒸気を発生させる。


『ちょ、渥美さん、何これ』


 慌てる通話相手に構わず、クロスは走り続ける。次々と蒸発していく雪に背中を押され、姿勢を崩しそうになる。

 クロスは右手を地面につき、勢いを殺さずに斜め前方に転がった。最後の雷球がすぐ横に着弾したのを横目に見ながら起き上がる。


『黒須君! 次、咆哮!』


 接近を諦め、近くの瓦礫の陰に膝をつく。建造物の上から顔を見せた“陸竜”の口から、圧力を伴う重低音が響き渡る。

 舞い上がる雪の中、クロスは再び立ち上がり、走り始めた。


『残り十メートル』

「──“発動せよ”」


 走りながら、“証”に表示されているはずの“術式”を展開させる。クロスを取り囲むように、白い輝きが広がっていく。


『尻尾!』


 左手の“銃”を構える。“陸竜”の尾の一振りによって粉砕され、飛散する無数の瓦礫に向かって弾丸を放ち、軌道を逸らして直撃を避ける。再装填に十秒を必要とする“銃”を仕舞い、代わりに“証”を取り出す。


『た、体当たり!』


 熱気を帯びた橙色の鱗がクロスの眼前に迫ってくるが、前後の建物に妨げられ、その勢いは鈍い。

 後ろに飛びながら、クロスは右手で“証”の表面に触れる。一瞬の間、視界が白く染まる。


『発動確認! ってまたプラズマ? 積極排除パターン?』


 見上げると、再び放電を始めた鬣が視界に入る。初回を遥かに上回る勢いで生成されていく雷球を見たクロスは、直撃を少しでも避けるため、前方に跳躍した。

 直前までクロスが立っていた場所から、次々と雪煙が舞い上がる。


 そのままの勢いで“陸竜”の胴体にぶつかったクロスは、その表面から発せられる熱気に顔をしかめた。

 上空に漂う無数の雷球は、クロスが胴体から離れる瞬間を狙っている。


「このまま耐えてろ、ってか……」


 クロスがそう呟いた瞬間。“陸竜”の動きが止まり、鱗の色が橙から赤へと変化していく。

 雷球は空中で消滅していくのを確認して、クロスは熱が失われていく胴体から一歩離れた。


「これは……」

『うん、順調! 自己再生パターンに入ったみたいだけど、逆効果だっての』


 雷球は放たれることなく散っていく。“陸竜”を支えていた四肢が力を失い、胴体が地面にぶつかる。その衝撃で、“陸竜”を形作っていた鱗の一部が剥がれ落ち、その内部がさらけ出される。


『これなら、一分もあれば機能停止する。黒須君はそのまま──』

「キョーカ!」


 剥がれ落ちた鱗の間から中を覗き込んだクロスが、少女の声を遮る。


「中に、何か──」


 ◇


 動きを止め、色を失って崩れていく“陸竜”の外殻から、“それ”は這い出した。


『……二重構造、って』


 “陸竜”を二周り小さくし、鱗の色を漆黒へと変えたような“黒竜それ”は、折り畳まれた翼を広げようとしている。


「“術式”が効いてないのか」

『えーっと、“術式”はまだ発動してる、から、それはスタンドアロン型の別オブジェクトで、“遮断フィルタ”が通用しないタイプなのかも』


 クロスの問いかけに、慌てた声で少女は答える。


「また意味不明だけど──どうする?」

『外殻は九十五パーセントの崩壊を確認。“術式”を終了させて、もう一回撮影をお願い。解析する!』

「わかった」


 建造物に囲まれた狭い空間で翼を広げることを諦め、前進を始めた“黒竜”に向かって、クロスは“証”を構えた。


「って、おい、速いな」


 移動速度の違いに驚きながら、クロスは後を追って走り始める。


 ◇


『オブジェクト名は“Nidhogg-Zニドヘグ・ツヴァイ”。サーバと通信してない分処理が軽いのか。“Nidhogg-Eアイン”より機動性が高いな』

『行動パターンは……駄目か。全然違うっぽいのさ』


 “証”から微かに漏れてくる複数の声を聞きながら、クロスは走り続けている。


『ごめん、黒須君。中身があるなんて……』

「謝るなよ、キョーカ。それより、なんとか対処法を頼む」


 “黒竜”は“陸竜”とは違い、廃墟を避けるように道路上を進んでいる。距離を離されないようにするのが精一杯のクロスは、息が上がりつつある。


「まずい、な……」


 障害物を避けて時折方向転換をするものの、“黒竜”はハコダテの街に向かって前進を続けている。


『再生しないんなら、無敵じゃないんじゃね』

『そうかもだけど、有効なダメージを与えられる火力が必要なのさ』


 緩い坂を上り切ったクロスは、遠くに街の灯りを確認した。蒼から黒へと色を変えつつある景色の中に、“黒竜”は溶け込みつつある。


「くッ」


 酸素を求めて口が開き、足が止まる。

 倒れそうになる身体を支えようと、手を膝について俯いたクロスの耳に、術式駆動機関の音が聞こえてきた。

 顔を上げると、街の灯りよりも近くで揺らめく、小さな光が視界に入り込んだ。


 ◇


 荷物と同乗者を降ろして軽くなった車は、必要な武装を街に取りに戻る時間をセキに与えていた。

 道路脇に車を停め、彼の身長ほどもある長方形の盾を側車から引きずり出すと、蒼い空を背景に近付いてくる黒い竜の前でまっすぐに構える。


「ここは、通さねえよ」


 左手の籠手を盾と連結させ、発動命令を口にする。


「“顕現せよ”」


 盾の表面を覆うように、青色の魔法陣が展開していく。


「──師匠!」


 “黒竜”の足音に混ざって、クロスの声が届く。


「北方特使、国家認定特級開拓士、“鉄壁”のセキ・ジョージは、今度こそ誰も死なせねえ」


 眼前の敵を排除しようと前脚を振り上げる“黒竜”に対して、セキは口角を上げた。


「“万城の盾”、だ」


 ◇


 巨大な長方形の光が“黒竜”と激突し、青い輝きが周囲を明るく照らす。

 “術式”を発動したセキは、盾を構えたまま後退し、再発動までの時間を稼ごうとしている。


『剣での攻撃は多分効かない。黒須君の銃なら通用するけど、二桁三桁じゃ倒せないと思う』

「効くんなら、やってやるよ」


 左手に持つ“銃”を撃つ。“黒竜”の背中で弾けた圧縮空気は、有効な傷を与えたようには見えなかった。

 再装填まで十秒。その間に距離を詰めるために前進する。


『あかんね、倒せるまでに何時間かかるやら』

『んなこと言ってないで、考えるのさ』


 右手に持ち替えていた“証”から聞こえる声に、クロスも思案する。


「せめて手数が増やせればな」

『黒須君を加速する“術式”とか、ちゃんと考えとけば良かったよ』


 再び銃を撃つ。弾けた鱗の欠片が、再び発動した“盾”の青い光を反射する。再装填まで十秒。


「加速じゃ駄目だ。この十秒が無くならないと──」


 クロスは足を止め、両手を見る。


 左手には“銃”。再装填まで五秒。


 右手には“証”。そこには、もうひとつ“術式”がある。


 魔法陣の展開を終えた“銃”を地面に置き、左手で“証”を操作する。

 撮影された“銃”の情報が“術式”に変換され、“証”の表面に表示される。


『黒須君、それは──』

「“発動”」


 正面に構えた“証”の前に、もう一つの“銃”が出現した。

 魔法陣の輝きに包まれたそれを掴み、引き金を引く。圧縮された空気が放たれ、“黒竜”の鱗を削り取る。

 数秒の後、左手の“銃”は消滅するが、与えた傷は残っている。


「“発動”」


 再び“銃”が現れる。左手で掴み、引き金を引く。クロスは“銃”が消えるのを待たずに、それを投げ捨てる。


「これなら──行ける!」

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