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09 “実験”

 月曜日。終業式を終え、夏休み中の諸注意が書かれたプリントを受け取った羽村鏡花は、友人との挨拶もそこそこに学校を出た。

 鏡花の通う高校から各務教授の勤める大学まで十分の距離を歩き、正門を通り抜ける。

 まっすぐ研究棟に向かった鏡花は、鞄から取り出したカードキーで扉のロックを解除しながら、守衛室で弁当を食べていた中年の男性に声をかけた。


「お疲れ様でーす」

「おや、各務さんとこの。今日は早いですね……ああ、そろそろ夏休みですか」

「ですです」


 人の良さそうな守衛が顔を上げ、挨拶を返す。鏡花は頷いて、研究棟に足を踏み入れた。


 ◇


「ただいまさーん」

「あいよ、おかえりさん」


 鏡花が研究室の扉を開きつつ挨拶すると、中から渥美の声が応える。室内に入った鏡花は、長机の奥の椅子に座り、両手に割り箸を一本ずつ持った状態の渥美と目を合わせた。

 鏡花は長机の上に置かれていた渥美の昼食を手に取り、銘柄を確かめながら、湯気の立つそれを両手で恭しく持ち直して渥美の前に戻した。


「心ばかりの品ですが、どうぞお召し上がりください」

「……これはどうも」


 渥美は手を合わせ、インスタントラーメンを胃の中に収め始めた。鏡花は彼の向かい側に座り、黙ってその様子を眺める。


「欲しけりゃもう一個買ってあるぜ」

「や、シーフードはちょっと」

「カレーもチーズも普通のも駄目だろ……てか、何か話があるんじゃないんか」


 いつも言いたいことはすぐ言うくせに、と促され、鏡花は口を開く。


「なんとなく思ったんですけど。現実世界で術式駆動機関を再現することって可能なのかなぁ、と」

「ふむ」


 スープを啜りながらしばらく思考していた渥美は、口を離して考えを述べ始めた。


「普通に考えたら無理だわな。しかし、別の理論を引っ張ってくれば、夢物語から机上の空論くらいにはなるかもしれん」

「別の理論というと」

「午前中に昨日の通話記録を聞いてたんだが」


 プラスチック容器を長机に置いて、渥美は言葉を続ける。


「“黒須君”は、術式が“世界の情報”を書き換えると言っていた。仮に“世界の情報”、“識界”、情報次元というものが存在し、それを操作する装置と十分なエネルギー量を用意できるとすれば、一時的に何らかの事象を発生させられる可能性はある」

「仮定ばっかですね」

「まァな、もう少し“枯渇世界”の観測を続けないと。情報が少なすぎるぜ」

「了解です」


 鏡花はそう言って立ち上がると、共用マシンの前に移動してディスプレイの電源を入れた。観測画面には、洋風の小さな食堂の中で食事中の二人が映っている。


「こっちも昼御飯中とか、もー」


 肩を落としてサーバラックに向き直り、ノートパソコンの前に座る鏡花に、渥美は声をかけた。


「あァ、そうそう。画像データの解析、終わってるぜ。羽村の予想通り“事象改変モジュール”のオブジェクト情報と構造が一致した」

「どもですどもです。これでひとつ実験ができます」


 気を取り直し、袖を捲る仕草で気合いを入れた鏡花は、コーディングに取りかかった。


 ◇


 数時間後、コーディングを終わらせた鏡花は“黒須流人”との通話を始めた。


『彼女はエンヤ。この温泉宿の主人だ』


 赤い携帯電話を興味津々の様子で観察している女性について、通話相手は簡単に説明する。


縁屋エンヤ、いや、園耶エンヤかな……んー、まあ、りょーかい。で、本題なんだけど、今時間あるかな」

『ああ、大丈夫だ』


 共用マシンでスマートフォン内のデータフォルダを監視し始めた渥美の背後で、鏡花は操作の指示を始める。


「じゃ、昨日と同じように通話状態はそのままで、アプリの選択画面まで進んで下せい」

『ああ』


 充電器に刺さったままのスマートフォンの液晶画面は、二人が眺める前で切り替わる。それを見て、渥美は首を振った。


「何度見ても不気味やの」

「で、“案内”の隣に追加した“複写”アイコンをタッチする」

『“複写”だな』


 二つ並んでいた立体アイコンが消え、画面には西日の差し込む応接間が映し出された。


『これ、“カメラ”じゃないのか』


 通話相手の質問に対して、鏡花は肯定を返す。


「うん。それで何か適当に撮影してみて」

『何か適当に、か……』


 スマートフォンの画像がしばらく揺れ動いた後、テーブルの上に置かれていた木製のコップを中心にして止まった。しばらくして、画像データがスマートフォンに保存される。


「撮影したら、画面が切り替わるよ」


 鏡花の言葉と同時に、スマートフォンの画面が術式コードで埋め尽くされた。観測画像の三人は、一様に身構えている。


『キョーカ、この術式は一体……』

「複写プログラム。魔法陣の発生方法ってよくわかんないんだけど、大丈夫かな」

『多分、いけると思うが』

「じゃあ、テーブルの上の何もない場所に向けてやってみて」

『──“発動”』


 その言葉の直後、更新された観測画像に、白い魔法陣の輝きが映し出される。その中心には、少年が持つ赤い携帯電話が見えた。

 鏡花は深呼吸して、次の指示を出す。


「ここまではおっけー。後はそのまま、画面を触れば発動するよ」

『……いくぞ』


 スマートフォンの表示が再びカメラの映像に切り替わり、一瞬ホワイトアウトした後、堅い物がぶつかる音と共に映像が復帰した。映像には、倒れて中身がこぼれたコップが映っている。

 続いて更新された観測画像には、元のコップの横にもう一つ、倒れたコップが現れていた。


「……一発成功かよ」


 感嘆する渥美と同様に、鏡花の携帯電話からも言葉が漏れる。


『言葉通り、“複写の術式”なのか』

「うん。対象に応じて動的に変化する“術式”なのさ。だけど、前に黒須君から聞いた話に従うなら……」


 二回目に更新された画像では、こぼれた水と共に、倒れたコップは忽然と消えていた。


 ◇


「こんなもんかな。あんまり使い道無いかもだけど、残しとくね」

『ああ、こっちでもう少し試してみる』

「ほとんどテストしてないから、無茶な使い方は止めといてね」


 撮影対象を変えて数回の実験を行った後、鏡花は通話を終了させた。スマートフォンに保存されたデータを共有マシンに転送させながら、渥美は息を吐く。


「はァ。何かわからんけど気疲れしたぜ」

「“事象改変モジュール”の解析における大きな一歩前進なんだから、疲れて当然なのですぜ」


 胸を張る鏡花に対して、渥美は言葉を返す。


「しかしなぁ、小さなコインの複写でも三十秒持続しないとか、微妙じゃね」

「通貨偽造は犯罪なのですよ」


 まあ、確かに微妙ですけど、と付け加えながら、鏡花は肩をすくめた。


「昨日の夜空のデータと合わせて教授に報告しとくけど、他に何かあったっけか」


 渥美の問いかけに対して、鏡花は首を振る。


「特にないですね」

「じゃ、メール送ったら今日のところは終わりにしようぜ」

「えー、まだ夕方ですよう」


 渥美は立ち上がって移動すると、鏡花の頭を軽く叩いた。


「放っとくと遅くまでいるだろ。教授から羽村のお守り頼まれてンだよ。帰って宿題やっとき」

「夏休み、明日からなのに……」

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