“戦いのまえ”
三階建てのビルの屋上からは、廃墟と化した街並みが見渡せる。
辺り一面に薄く積もった雪が夕陽に照らされ、世界は紅く染まっている。
経年劣化や植物の侵食、冬ごとの積雪によって、ほとんどの建物が崩れたり傾いたりしている中で、少年が立つビルはかろうじてその形を保っていた。
少年は南西の方角を眺める。太陽は既に半分ほど、山々の影へと隠れつつある。
彼はその視線を右に向け、遠くに見え隠れする目標が、木々を薙ぎ倒す音を聞いた。
少年は厚手のジャケットの内側から赤い携帯電話を取り出して、この作戦の発案者との会話を始める。
「そろそろか」
『うん、あとちょっと……関さんは函館に戻れたかな』
少女の言葉に、少年は背後を振り返る。南東の空は既に蒼く、空を飛ぶ鳥の視界なら、遠くに街の灯りを見つけられそうだった。
「あっちは大丈夫だろ。どっちにしても、俺たちが失敗したら後がないんだ」
『そうだね』
夕焼けに向き直った少年は携帯電話を操作し、通話状態を維持したままアプリケーションを選択する。
液晶画面に“術式”が表示されたのを見て、彼は携帯電話をジャケットの中に仕舞った。
『無茶して死なないでよ』
「わかってる。指示は頼んだぜ」
腰から下げていたサーベルの柄を掴み、鞘から半分だけ抜いて具合を見る。
左手で拳銃を抜いて構え、すぐに右脇のホルスターに戻す。
使い慣れたふたつの武器の調子を確かめながら、少年は白い息を吐いた。
「夢じゃ、ないんだよな」
『それは、突き詰めるとなかなか哲学的な話になるね』
「そうかい」
建物が踏み潰される音が響く。淡く光る鱗と鬣が、地面を揺らしながら少しずつ近づいてくる。
西風が運ぶ冷気が少年の頬を撫で、眼と鼻を刺激する。
動きを妨げる防寒具を脱いで、少年は呟いた。
「……寒いな」
『うん、まあ。そっちは冬だもんね』