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恋愛頻度 ~俊典と珠希の場合~  作者: 綺穂
Always不機嫌な彼
9/13

第9話

「なあ、もう限界?」



 呟いた彼の顔を、気が付けばただじっと見つめていた。


 絡まった指を、縋るようにきつく握り締めれば、彼はひどく苦しげに笑った。



「考え直していいよ。考え直した方がいい。このままお前が俺に流されて結婚したって、幸せにはなれねぇだろ」


「そんな……」


「そんなことないって言えるか? 自分が流されてる訳じゃないってどうして分かる?」



 彼はあたしの目を真っ直ぐに見詰めながら、その実瞳はひどく濁っていた。


 ただかろうじて繋がっているような、それでも不思議なほど熱い体温が流れ込んでくる手の平だけが、鮮明にあたしの感覚を支配する。



 重苦しい沈黙の中、やはり秒針の進む音が響くその白い空間に気圧されるように、あたしは二、三度口を開き掛けては止め、そして言った。



「怖い………」



――本当に、それが全てだ。



「怖い。自信が無いの。全部初めてで、何も分からなくて、あんたがあたしのこと避けてた理由聞くのだって、メール一本打てばいいだけなのに手が震えて出来なかった。あたしも自信なんてないよ。あんたが選んだのが何であたしなのかも分かんない」



 それはまるで、今まで溜め込んでいたもの全部を吐き出すように。

 溢れ返った涙はあたしの頬を伝い、真っ白なシーツに沈み込んでいった。



「好きだって言っていいの? 愛してるって言葉にすれば伝わるの? あたしのこと、鬱陶しいって思ったりしない?」



 視界は歪み、最早何が何であるのかも分からないような状況だった。


 その中でやはり彼の表情は霞み、彼の感情を読み取ることはいつも以上に困難になっていた――はずだった。





 唐突に、繋がれていた左手が、ぐいと引っ張られた。





 あ、と思った瞬間には、すぐそこに彼の匂いがあった。骨の軋む音が聞こえるほど強く抱きしめられ、彼の肩口に埋めた目には、彼のワイシャツの青いストライプが濃く映っていた。



「早く言え」



 耳元で囁いたのは、低く掠れた彼の声。


 その声には確かに安堵が滲んでいて、強張っていた身体からふっと力が抜けた。



「言わないと分からない」


「だって、」


「言ってくれないと分からない」


「……ごめん」


「あと、これから男と二人で出掛けるのは禁止」


「……はい」


「どうしてもの場合は俺に連絡」


「………妥協をありがとうございます」



 するとクスクスと笑って、彼はあたしを抱き締めていた腕を、少し緩めた。


 重なっていた体温が少し離れて、狭間にひゅうっと風が入ってきたけれど、もうそれがあたしを不安にすることもなく。



 久し振りに真っ直ぐに見た彼の顔は、分かりにくく晴れ晴れとしていた。



「結婚の話、このまま進めるからな」


「うん」


「嫌だって言っても無理だから」


「言いません」


「とりあえず今日、早く上がって、俺の家で待ってて」



 そうして二人して、ふわりと微笑んで。


 軽く唇を合わせて、目を合わせて伝えた。








『愛してる』








 彼の目も、同じことを言っている気がした。




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