第5話
「あ、珠希さん! この間はどうも!」
麻里を引き摺っている中、あたしの名前を呼びながら寄ってきたのは、前の部署でよく面倒を見ていた後輩だった。見たところ、営業先から帰ってきたところらしい。
「ああ、宮部。その後どう?」
数週間前に巻き込まれたゴタゴタを暗にちらつかせれば、宮部は真っ赤になって俯いた。
「その節は……色々とお世話になりまして……」
と、ゴシップ好きの麻里があたしを突く。
「何よ、何があったのよ」
「いえ……別に何も」
「彼女にプロポーズを断られたって泣きついてきたのよ」
「珠希さん!!」
真っ赤な顔が反射的に上を向く。いい歳こいた男の子の泣きそうな顔に、女二人して笑った。
「宮部、その顔ネタ。麻里に見せてたら写メ撮られて女子に回されるよ」
「!!」
「珠希、それはあんた限定」
「……珠希さん、やられたんですか」
「そう、見事にね」
苦笑してみせると、宮部もまた苦笑した。
「麻里さんよくやりますね」
「こいつは苛めてこそ本領を発揮する人間よ、実は」
「珠希さんと麻里さんの絡みを見るまで、俺本気で珠希さんのクールビューティーに憧れてたんですよ」
「宮部、それ、どういう意味かな?」
「今ではただのドMにしか見えないです、ホントに」
あたしは、バシンと良い音を立てて宮部の頭を叩いた。
「あんた、あの日泣きついてきた可愛い後輩に散々時間を掛けてプロポーズされる女の心境をくどくど説いたあたしの労力を否定する気か」
にやりと、小さくなった宮部を見下ろしてみせると、奴はポリポリと頭を掻いた。
「あの………いや本当にお世話になりました。しかも呑み代まで驕っていただいちゃいまして」
「そうよね。……で、誰がドM?」
「あの、そんな方いらっしゃいましたでしょうか」
「よろしい」
そこで、急に静かになった隣に目を向けると、麻里はあたしと宮部を交互に見比べながら目を丸くしていた。
「あんたら、二人で飲みに行ったの」
「そうよ。『珠希さんはなんでプロポーズOKしたんですかー』って泣き付かれたから」
「ふぅーん」
それきり何も言わなくなった親友に、宮部も心底困った顔をしていた。
「あの、麻里さん?」
「ん、ああ、なんでもない。まあとりあえず、宮部もおめでと。わたしの先を越してくれてとっても嬉しいわ」
そして万人が思わず見とれてしまうようなにっこり笑顔を後輩に向けると、最初とは打って変わって、麻里はあたしを引き摺るように会社を出ていた。
「麻里? どうしたの?」
しばらく歩いたところで問えば、彼女はさっきのお上品な笑みとは似ても似つかないあくどい顔で、にんまりと笑った。
「分かった」
「何が?」
「ヒミツ」
またずんずんと彼女は歩いていくので、結局あたしも彼女についていくより他に何も出来なかった。
その日の別れ際、彼女が何かのヒントのように言ったのは、「宮部と話してる時すれ違った不機嫌王子、とんでもない顔してたよ」だった。