第3話
彼が、女の子達に囲まれているのを見た。
いや、別に、だからと言って、彼を疑う訳じゃない。ただ何の屈託も無く彼に寄り添える彼女達が羨ましいというだけ。本当に、それだけ。
と心の中では言い訳してみるが、あたしは気付かないうちにそちらをガン見していたらしく、隣を歩いていた麻里に小突かれた。
「あんたが恨めしそうに見てどうすんのよ、バカ」
「え、そんな眼してた?」
「してたしてた。『いいなぁ、あたしもあんな男に喰われたいなぁ』って眼。もう喰われてるくせにね」
「……あんたが言うとえげつない」
「実際そうでしょうがよ。一般的に見れば大分時間が掛かったみたいですけど」
「……なんで知ってんの」
「え、なんで付き合い始めてから一年でやっとそこまでいったってこと知ってるのかって?」
「………いや、だからなんでそんなこと知ってんのよ」
あたしが心底怪訝な顔をすると、麻里はふっと吹き出した。
「あのねぇ、わたしがあんたと何年一緒にいると思ってんのよ」
「四年」
「いや、別に、そんな律義に答えなくてもいいんだけどさ。律義に答えられても話しずらいっていうか……てか話脱線しちゃったじゃない! だからね、あんた見てれば大体なんでも分かんのよ。別に情報網を駆使しなくてもね」
「うそ」
「ホントよ。わたし興味の対象に関してはおいそれと眼を離すことはしないから」
「でも、だって……」
「ある日あんたが、金曜日にいつもより多い荷物持ってきてそわそわしてると思ったら、下り電車じゃなくて上り電車に乗ってったじゃない。自宅方向じゃない電車なんてああこれはなんかあるなと思ったら、そのすぐ後にまるで示し合わせたかのように『不機嫌王子』が同じホームに現れるしさ」
「……それだけ?」
「それだけな訳ないでしょ。月曜にはちゃんと鎖骨付近のキスマーク見つけたし、それから一週間近くあんた会社で『不機嫌王子』と眼合わせられなくなってて、彼すれ違う時すっごい不機嫌そうにこっち見てたんだからね」
「キスマークって……見えたの!?」
「めちゃくちゃ巧妙に付けてあったけどね。でもまあ、あんたがそんな奇行したのはそれが初めてだったし、これはしたなって。……それにしても上手く影に隠れてたなぁ。女慣れしてる付け方だったね、あれは」
「そ、それって……」
「大ジョーブ大丈夫、多分今はあんただけだから」
「多分って……」
「そんな自信なさげな顔しなさんな。せっかくのクールイメージが台無しよ」
「それはあんたが」
「そーそー、あたしが苛めるからでございます」
と、ふと立ち止まった麻里が、あたしの肩をがっしりと掴んで言った。
「とにかくさ、あんたは本気でもうちょっと自分に自信持った方がいいよ。さっきもなんかあの人、うちらがあそこ通った時あんたのこと眼で追ってたし」
「……ホント?」
「ホントにこいつは………だからさ、最近の愚行にもなんか絶対理由があるんでしょ、分かんないけど。愛が無いとなかなか出来ないもんよ、恥ずかしがって逃げまくる大したテクもない女が陥落するの、一年も待つなんて」
最早遠慮も何もないそのモノ言いに、でもそっと納得するように頷くと、親友はその綺麗な顔を綺麗に歪めた。
「ま、向こうが切り出すのを待つことね」
待つことに慣れた女の言うことには、結構な説得力があった。