キスしちゃったね、私たち ~自称・親友の幼馴染たちが夏祭りを楽しむだけのお話~
―マリ視点―
私には、幼なじみの男の子がいる。昔から、いつも一緒に行動してきた。
中学生になっても、高校生になっても、周りからはやし立てられても、私たちの関係は変わらなかった。
私たちは親友だ。
「ケン、おはよう」
いつものように、彼に挨拶をする。登下校中も、ずっと一緒だ。私たちはいつものように笑いながら、友達同士の気安さで話をした。
お互いを……男や女として意識することはほとんどない。彼と恋仲になろうとは思わない。だって、彼以上に一緒にいて楽しい友達なんているはずがないのだから。だから、わざわざ恋人を作ろうとも思わなかった。
「おいおい、マリ。またゲームで徹夜か?」
彼はやれやれと首を横に振った。
「そう。新しいゲームが発売されちゃって。もう夢中でプレイしてるの」
「ったく、ちゃんと寝ろよ。さすがに今日の体育、きつくなるぞ」
そう言って、私たちは笑い合った。いつものように……
「ねえ、ケン。今年はお祭り、一緒に行く? 去年は一緒に行けなかったじゃない」
「ああ、そうだな。去年は受験があったからな」
「さすがにケンの成績が悪すぎて、夏期講習に入れられたからね」
「せっかく高校に入ったんだから、今はちゃんと勉強してるよ」
彼は少しひねくれたように笑った。ケンは私と同じ高校を受験するために、かなり勉強していた。
去年の夏休みは夏期講習を頑張っていたのだ。私もそれを知っていたから、あまり遊びに行こうとは声をかけられなかった。
でも、こうして同じ高校に入ったのだから、もう遠慮する必要はない。もしまた受験をするとしても、まだ三年もある。私たちは、以前と変わらない楽しい夏休みを迎えようとしていた。
※
―ケン視点―
いつものように、マリと一緒に学校から帰る。
「ねえ、ケン。今度、このゲームの協力プレイをしようよ」
マリはいつものように提案してきた。それは彼女が今ハマっているゲームだった。
俺も昔からそのシリーズが大好きで、よくプレイしている。
協力プレイでは、お互いに力を合わせて強敵を倒すことができる。
「ああ、いいぜ。夏休みはゲーム三昧かな」
今朝は彼女の徹夜をとがめたくせに、俺はすっかりやる気になって笑った。
「もう、ケンったら。朝に言ってたことと違うじゃない」
完璧なタイミングで、マリが突っ込んでくれる。
この安心感が、とても心地よい。どうして恋人を作らなくてはいけないのだろう。こんな親友がいるのだから、俺にはもう恋人なんて必要ないんじゃないか。そう思うことすらあった。
「じゃあ、夏休みはゲーム三昧だな。それで、七月末の夏祭りにも一緒に行こうか」
「うん。楽しみにしてる」
俺たちはそう言って、ゆっくりと家路を歩いた。家に帰ったあとにはゲームを持ち寄り、三時間も一緒にプレイした。ゲームに夢中になっているとき、マリは普段よりも少しだけ無防備になる。そんな彼女の姿を見られるのは、俺だけの特権だ。
ふと、独占欲のような感情に支配されかける。いかんいかんと思って首を横に振った。
彼女は、そういう存在ではない。だって、幼なじみの親友なのだから。
※
―夏祭り当日、マリ視点―
ゲーム三昧の夏休みを過ごしているうちに、ついに夏祭りの当日を迎えた。私は初めて浴衣を着た。
高校に入ってから最初の夏休みに行く夏祭りだったから、どうしてもおしゃれがしたくなったのだ。決して、ケンに見せるためではない。ただの自己満足のために、おしゃれをしただけだ。
「どうかな?」
家の前で待ち合わせをしていた彼に、浴衣姿を見せる。
ケンは相変わらず、Tシャツにハーフパンツという格好だった。いつもと変わらない姿を見て、なぜだか少し安心する。
彼は思わず見とれてしまったかのように、無言で数秒間固まった。
「すごく似合ってる」
やがて、そう言ってくれた。
「ふふ、ありがとう」
私はいつものように、冗談めかして答える。変に意識してしまったら、もっと恥ずかしくなってしまいそうだったからだ。
私たちは、ゆっくりと近くの祭り会場へ向かった。十年以上も一緒に来ている夏祭りは、今年もいつもと変わらない。
同じような屋台が並び、同じような祭囃子が流れている。
「あと一時間くらいで花火が上がるね」
「ああ。毎年同じだな」
そんなことを言いながら、私たちはいつもの夏祭りを楽しんだ。
「今日は何を食べる?」
ケンが尋ねてくる。
「そうだなあ。私はたこ焼きがいいかな。ケンは、やっぱり焼きそば?」
「ああ、そうだな。また俺たち、いつもどおりだな」
そう言って、二人で笑った。
慣れない浴衣姿だからなのか、少し歩きにくい。いつもなら動きやすい服で来てしまうので、浴衣がこんなにも歩きづらいものだとは思わなかった。
たこ焼きと焼きそばを一緒に食べながら、ゲームの話をしたり、お互いの食べ物を分け合ったりする。
普通の男女の関係だったら、こうして食べ物をシェアすることにも恥ずかしさを感じるのかもしれない。けれど、私たちはほとんど気にしなかった。なんだかもう、恋人という関係にはなれないような気がする。
でも、それでいいと思う。私たちの関係を、恋という一言で終わらせてしまうのはもったいない。だって、私たちは親友なのだから。
いつものように、お決まりの言葉でそう締めくくる。そのとき、遠くから花火の音が聞こえた。
「もう少し向こうのほうが見やすいんじゃないか?」
ケンが言った。
「そうだね。私たちだけの特等席に行こう」
私たちはゆっくりと、いつもの場所へ向かった。そこは階段を少し上った先にある穴場で、花火がよく見える。ほとんど誰も来ないため二人きりでゆっくりと鑑賞することができるのだ。
階段を上るにつれて、少しずつ人の姿が減っていく。頂上付近まで来る頃には、もう私たちしかいなかった。私が先に進み、ケンがあとを追いかけるような形になる。
最後の踊り場を抜ければ、あとは一直線だった。そのとき、慣れない下駄のせいで足を踏み外しかけた。
「あっ……」
私とケンが、同時に驚いた声を上げる。バランスを崩した私は、下にいたケンの身体へと倒れ込んでしまった。
彼はとっさに、私の身体を受け止めてくれる。思いがけない形で、二人の顔が近づいた。
息がかかりそうなほど近い距離。私の身体を支えてくれているからか、お互いの体温がはっきりと伝わってくる。
とても熱い。
それは、夏の気温のせいだけではない。もしかしたら、別の意味でも熱くなっているのかもしれない。
私たちの顔は、これまでにないほど近づいていた。いつもなら、すぐに離れるはずだった……それなのに、どうしてか今日は顔を離すことができなかった。
自分の心臓が早鐘を打っているのがわかる。ここで目を閉じてしまったら、どうなってしまうのだろう。心の中で、少しだけずるい私がつぶやいた。
どちらからともなく、目を閉じる。そして、ゆっくりと唇を近づけた。
ただ優しく唇を重ね、そのまましばらく固まった。
自分たちでも何をしているのかわからないくらい特別な時間が流れていく。
離れようと思えば、すぐに離れられるはずだった。それなのに、お互いにそうしようとはしなかった。
やがて少しずつ冷静さを取り戻し、私たちはゆっくりと唇を離した。まるで名残惜しむように……
「キス、しちゃったね。私たち」
かろうじて、そうつぶやく。
「ああ。そうだな」
ケンも、戸惑ったように答えた。
「これから、どうなっちゃうんだろうね」
「どうなっちゃうんだろうな」
彼は途方に暮れたように言う。
私にも答えはわからなかった。ただ今は、まだこのままでいたいと思ってしまう。
「ねえ、花火が終わっちゃうよ。早く行こう」
恥ずかしさをごまかすように言って、私は駆け出そうとした。
「また転ぶぞ」
ケンはそう言いながら、私のあとを追いかけてきた。
※
―ケン視点―
どうしても止まることができなかった。親友という守りの言葉は、あの一瞬にはなくなってしまった。
ただ、マリとキスをしたかった。
俺たちの関係は一体どういうべきだろうか。
まだ、わからない。それでもこの幸せを超える幸せがこの先にあるようなそんな予感がした。
人生逆転では書けない純度・糖分100%の幼なじみラブコメが書きたかったんです。
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