第四話 ようこそ、転生者対策室へ。
私の手が止まった。
書類をゆっくりと机に置く。
「誰から聞きましたか」
「神殿の大司教からです。カヴァレキア様が対策室を立ち上げた経緯を調べているうちに……すみません、余計なことを」
「いいえ。本当のことですから」
補佐官が目を見開く。
「私は転生者ではありません。この世界で生まれ、この世界で育ちました。ただ、この世界で生まれる前に、別の世界に生きていた記憶があります。それだけです」
「では、カヴァレキア様も——」
「帰りたいとは思いません。一度も思ったことがない」
それは本当のことだ。
記憶がある。
別の場所での生活、別の言葉、別の日常。
懐かしいと思う瞬間がないわけではない。
でも。
「私はここで生まれました。ここの空気を吸って、ここの食べ物を食べて、ここの人間に囲まれて育ちました。ここが私の世界です」
これは前世の記憶かもしれない。
けれど、私は間違いなくこの世界で生まれ、この世界で生きてきた。
「だから腹が立つんです。軽々しく来て、軽々しく荒らして、軽々しく『異世界』と呼ぶ人たちに。ここは誰かにとっての異世界かもしれないけれど、私にとっては唯一の世界なんです」
「……そうですか」
補佐官は少しだけ黙り、それからまっすぐに私を見た。
「では、私はカヴァレキア様を応援します。この世界が誰にとっても、ちゃんとした世界であり続けるように」
「ありがとう」
そう言って、書類の処理を再開する。
感傷に浸っている暇はない。
なぜなら、転生者の書類は待ってくれないからだ。
今週新たに転生が確認された転生者は十七名。
初回説明会のため、対策室の小さな会議室に集められた。
黒髪黒目が多い。
緊張した顔、困惑した顔、なぜかすでにやる気満々の顔。
様々だ。
私は立ち上がり、全員を見渡した。
「ようこそ、ナロウダロウ王国へ。では、転生者の皆様。最初に確認いたします。元の世界への帰還を希望される方は、挙手をお願いします」
誰も手を挙げなかった。
十七人全員が、きょろきょろと互いの顔を見合わせている。
挙げようかどうか迷っている様子の者が二、三人いたが、隣が挙げないので挙げられないでいる。
「……でしょうね」
私は深く息を吐き、机の上に分厚い書類の束を置いた。
どさり、という音が会議室に響く。
十七人の視線が、その書類の束に集中した。
「では、手続きに移ります」
私は一番上の書類を持ち上げて見せた。
「まず、『転生者居住許可申請書』です。氏名は前世、現世両方の記載が必要です。前世の氏名が思い出せない場合は空欄で結構ですが、思い出せた時点での追記をお願いします」
「え」
「次に、『チート能力課税申告書』。現在保有しているチート能力の種類、推定強度、想定される経済的影響を記載してください。能力が後から発現した場合は、発現後三十日以内に追加申告が必要です」
「税金……?」
「続いて、『王族接近届』。王族と二十メートル以内に近づく予定がある場合、三日前までに提出をお願いします。なお、チートの近距離戦闘系能力保持者については、この距離が五十メートルに拡大されます」
「なんで?」
「安全のためです。先月、チート持ちの転生者が感情的になり、城壁を三枚壊しました。請求書はまだ返ってきていません」
「チートに課税……?」
「最後に、『文化改変事前相談票』。この世界の文化、産業、慣習に影響を与える可能性のある行動をとる前に、提出をお願いします。例えば新しい食品の発明、新たな産業の創設、既存の制度への異議申し立てなどが該当します。軽微なものについては口頭相談でも受け付けますが、この書類への事前記載が優先的に処理されます」
一人の少女が、勢いよく手を挙げた。
「王子と恋愛するのに届出が必要なんですか!?」
「王族接近届に含まれます。なお、恋愛感情の発生については届出不要ですが、告白、求婚、婚約については事前申請が必要です。所要期間は通常三週間から六週間です」
「恋が冷めます!」
「冷める程度の恋なら、王族に近づかないでください」
会議室が静まり返った。
十七人全員が、一様に固まっている。
異世界に来た高揚感が、書類の重さに少しずつ押しつぶされていく様子が、目に見えるようだった。
「あの……」
「はい」
「帰れます?」
「もちろんです。神殿に申請していただければ、概ね二週間から一ヶ月で手配できます。ただし帰還後の元の世界への適応については保証しかねます」
「……やっぱりいいです」
「ご決断ありがとうございます。では帰還を希望されない方は、この後、各書類への記入をお願いします。説明は私が担当します」
私はにっこり笑った。
「ここは異世界ですが、無法地帯ではございません。この世界の法律と文化を尊重していただければ、皆さんを歓迎いたします。どうぞよろしくお願いいたします」
書類への記入が始まった。
十七人が、チート能力の申告欄を前に頭を抱えている。
「チート能力の強度を数値で記載してください」という欄に、どう書けばいいかわからないのだ。
この人たちがこの世界に来たことを、私は止められない。
あなたたちがここに留まることを、強制的に拒絶する権限もない。
でも、あなたたちにここで生きてもらうことはできる。
この世界の空気を吸い、この世界の食事を食べ、この世界の人間と関わり、この世界の法律に縛られて生きていくうちに、きっとあなたたちにとっても、ここは異世界ではなくなる。
帰らないなら、住民として扱う。
それが、我が国の出した結論。
説明会を終え、私は山積みになった書類を一枚一枚めくりながら、窓の外に広がる王都の空を見上げた。
この世界の、青くて高い空を。
「カヴァレキア様。次の来談者です」
補佐官の声がした。
「転生者で、『自分が魔王の実の娘である可能性があると気づいてしまいました』とのことで……」
「通してください」
「よ、よろしいので?」
「魔王の娘が転生者なら、魔王の後継者問題も対策室の管轄になります。書類を作らないと」
「カヴァレキア様は、本当に……」
「仕事ですから」
そう言って、新しい書類を引き出した。
『魔王関連転生者対応フォーム 新規』
まだ書式が存在しないので、今から作る。
次の転生者が部屋に入ってくる前に、私はすでに一行目を書き始めていた。
今日も、王国転生者対策室は動き続ける。
さあ、ペンを取りなさい。
納税の義務を果たしなさい。
現地のルールに怯えなさい。
ようこそ、転生者対策室へ。
帰らないなら、住民として扱う。
それが、我が国の出した、極めてまっとうで容赦のない結論なのだから。
最後までお付き合いありがとうございました。
「転生者を増やし過ぎた」という、タイムリーな話題ですね。
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