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学校の『王子様』女子を甘やかしてみた  作者: 有明海
1章 体育祭

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13 体育祭(終)

「本当にお疲れ様、大くん。運営手伝ってくれてありがとね。」


机に突っ伏す俺の隣で、鳩ヶ谷先輩が優しく笑いながら声をかけてきた。


その声には、いつものからかうような響きではなくて、心からの労いが込められていた。


「……ありがとうございます。でも、本当に疲れました……。最後の方は、足が自分のもんじゃないみたいで」


「あはは、あんなリレーを見せられたらね。みんな、大くんの走りに釘付けだったんだから」


そう言いながら、鳩ヶ谷先輩は自分のスマホを取り出した。

そこには、ゴールテープを切った瞬間の俺や、運営として走り回る俺の姿が、収められていた。


「……あ」


ふと、教室の入り口に人影が見えた。

それは白鷺先輩。


「……上原君。まだいたのね」


「白鷺先輩。お疲れ様です。……はい、ちょっと動けなくて」


彼女は俺のそばまで歩み寄ると、カバンの中から未開封のスポーツドリンクを取り出し、俺の机にコト、と置いた。


「……これ、余っていたから。しっかり水分を摂って、早く帰りなさい。明日、動けなくなっても困るでしょう?」


相変わらずの「ぶっきらぼう」な優しさ。

けれど、以前の俺を無視していた彼女とは、もう決定的に違っていた。


「ありがとうございます。……そろそろ、俺は帰りますね」


机に置かれたスポーツドリンクをカバンにしまい、俺は立ち上がった。

重い体を引きずるようにして教室の出口へと向かい、ふと、最後に一度だけ中を振り返る。


静まり返った教室の光景が、この二週間の記憶を鮮明に呼び起こした。


最初は、菊池さんに無理やり連れてこられただけだった。

あの時の俺は、自分がまさか生徒会を手伝うことになるなんて夢にも思っていなかった。

最初の頃の白鷺先輩は、あからさまに俺を警戒し、刺すような敵意を向けていたし、廊下を歩けば他の生徒たちから「あいつは何なんだ」という冷めた視線にさらされる毎日だった。


正直、あの頃の俺には居場所なんてどこにもなくて、自分に自信なんてこれっぽっちも持てなかった。


けれど、そんな俺を救ってくれたのは、ここにいる人たちだった。


菊池さんは同級生としてクラスでも俺を気にかけてくれた。

鶴見先輩や鳩ヶ谷先輩は、暗い顔をしていた俺にいつも明るく声をかけ、気遣ってくれた。

烏羽会長も、ただの「お手伝い」に過ぎない俺を信じて仕事を任せ、時には親身になって相談に乗ってくれた。

そして、誰よりも厳しかった白鷺先輩が、最後には俺を「仲間」として認めてくれた。


(……今日で終わりか。正直、めちゃくちゃ寂しいな)


喉の奥が少しだけ熱くなるのを感じながら、俺は精一杯の笑顔を作って、みんなに向かって声を張り上げた。


「みなさん、短い期間でしたけど、本当に楽しかったです! ありがとうございました。……明日からの生徒会の活動、応援してますから!」


「上原君、待って!」

背後から俺を呼び止めたのは、烏羽会長だった。


「体育祭が終わるまで、本当によくやってくれたわ。心から感謝しているの。……みんなもそうでしょ?」


会長が周囲に視線を向けると、残っていたメンバーたちが次々と俺に笑顔を向けた。


「もちろんだよ! 本当にありがとうね、上原君」


「あはは、大くんのおかげで私もだいぶ楽ができちゃったよー、ありがとね!」


「……最初は無理やり連れてきちゃってごめんなさい。でも、あなたがいてくれて本当に助かったわ。ありがとう」


「……助かったわ。ありがとう」


五人それぞれの、心のこもった「ありがとう」が胸に響く。


この人たちに出会えて本当によかったと心の底から思える。


「ところで、なんだけど。上原君、これからも生徒会の仕事を手伝う気はないかしら?」


「え……?」


予想外の言葉に、俺の思考が停止した。


「これから学園祭も控えているし、私たち3年生は受験もあって、どうしても人手が足りなくなってしまうのよ」


会長は一歩前に踏み出すと、真剣な眼差しで俺を見つめてこう告げた。


「だから、上原君。あなたを正式に生徒会に迎え入れたいの。――ポジションは『庶務』として」


「え……。正式に、生徒会に……?」


会長の言葉に、俺は思考が止まった。

てっきり「お疲れ様」で終わると思っていたのに。

『庶務』という役職付きでの生徒会への誘いだった。


「ちょ、ちょっと待ってください。俺でいいんですか?」


「何言ってるの大くん! ホールであんなこと言って私たちのことはもういいんだ?」


鳩ヶ谷先輩がニヤニヤしながら俺の肩を小突く。


「そうだよ。資料作りも完璧だったし、あの有村君に啖呵を切った時の度胸、私たちは忘れてないよ」


鶴見先輩も力強く頷いてくれる。

隣を見ると、俺をこの場所に引き込んだ張本人である菊池さんが、期待を込めたような瞳でこちらを見ていた。


「……上原君。私は、今のメンバーにあなたが必要だと思ってる。……2年生が1人もいないのは嫌だからダメかな?」


「菊池さん……」


視線を戻せば、最後に残る一人の先輩――白鷺先輩と目が合った。


彼女は腕を組み、いつものように凛とした佇まいで俺を見据えていた。


「……私は、仕事ができない人間をそばに置くつもりはないわ。でも、この1か月で君の働きは合格点。……それ以上よ」


彼女は一度目を閉じ、それから少しだけ視線を逸らして付け加えた。


「……あなたはみんなに認められて選ばれてるのよ」


それは、彼女なりの最大限の「必要だ」という言葉だった。


氷の王子様とまで言われた彼女が、これほどまでに素直に俺を求めてくれている。

俺は、自分の手元を見た。


怒ってくれる人がいて、笑いかけてくれる人がいて、認めてくれる人がいる。

俺は深く息を吸い込み、真っ直ぐに烏羽会長を見つめ返した。


「……不束者ですが。俺でよければ、よろしくお願いします」


その瞬間、部屋の空気が一気に弾けた。


「やったぁぁ! 大くんゲットー!」


「これからよろしくね、上原庶務!」


「ふふ、また賑やかになりそうね。歓迎するわ、上原君」


先輩たちの歓声が、夕暮れの教室に響き渡る。

俺の『お手伝い期間』は今日で幕を閉じ、明日からは新しく『生徒会庶務』としての日常が始まる。


これからの学園祭シーズン、もっともっと大変なことが待ち受けているんだろう。

でも、不思議と不安はなかった。


「……さあ、決まりね。今日はもう解散! 上原君、明日は役員としての初仕事。遅刻しないでよ?」


「はい! よろしくお願いします!」


祭りのあとの静かな校舎を、俺は一歩一歩踏みしめるようにして後にした。

カバンの中には、白鷺先輩からもらったスポーツドリンク。

 

生徒会室の窓には、まだ明かりが灯っていた。


「……さて、帰って千代にハンバーグでも作るかな」


俺は独り言をこぼし、一歩、また一歩と自宅への道を歩き出した。


ここまで読んでいただきありがとうございます!

これにて1章が終了です。

2章からはヒロインの距離がぐっと縮まります。

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