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学校の『王子様』女子を甘やかしてみた  作者: 有明海
1章 体育祭

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12/30

12 体育祭(始)

ついにその日がやってきた。

 

生徒会として「お手伝い」ができる最後の日――体育祭当日だ。


空は雲一つない快晴。

グラウンドからは、早朝練習に励む応援団の太鼓の音がかすかに響いてくる。


俺たちは、一般生徒よりも一時間早く登校し、備品の搬入やライン引きなどの最終準備に追われることになる。


「おはようございます……」


生徒会室の扉を開けると、既に準備万端な先輩達の姿があった。


全員が、普段の制服ではなく、胸元に『運営・STAFF』と刻印された、お揃いの鮮やかなブルーのTシャツに身を包んでいた。


「あ、上原君。おはよう」


「おはようございます、会長。……あれ、菊池さんは?」


視線を落とすと、机に突っ伏して微動だにしない菊池さんの姿があった。


「……むにゃ。……あと、五分……」


「彼女、朝がものすごく弱いのよ。今はそっとしておいてあげて」


烏羽会長が苦笑いしながら教えてくれる。

あの冷静な菊池さんの意外な弱点に、少しだけ口角が上がった。


時計を見ると、準備開始まであと10分。

俺も早く着替えて合流しなければ。


「俺、教室で着替えてきます。10分後、下駄箱の前で待ってます」


そう言って部屋を飛び出そうとした時、背後から会長に呼び止められた。


「ちょっと待って、上原君。忘れ物よ」


振り返ると、会長の手には、彼女たちが着ているのと同じ『運営チームTシャツ』が握られていた。


「え……? でも、それは運営メンバー専用の……」


俺は戸惑って足を止めた。

正式な生徒会役員でもない俺が、その特別なシャツを着るなんて許されるはずがない。


「生徒会の役員じゃない俺が、それを着るわけにはいかないですよ」


そう断ろうとした俺を、今度は鶴見先輩と鳩ヶ谷先輩が挟み撃ちにするように声を上げた。


「何言ってるの? 上原君はもう、立派な生徒

会メンバーでしょ?」


「そうだよ! ね、大ちゃん。これ着て、後でみんなでお揃いの写真撮ろうよ!」


二人の屈託のない笑顔と、当たり前のように自分を「仲間」として扱ってくれる言葉。

胸の奥が熱くなり、視界が少しだけ潤みそうになるのを必死に堪えた。


「華ちゃんも、そう思うでしょ?」


鶴見先輩に話を振られた白鷺先輩を見る。

彼女は俺と目を合わせると、じーっと見つけながらいつもの、凛とした声で言った。


「…………早くそれに着替えてきなさい。準備に遅れるわよ」


少しぶっきらぼうな言い方。

でもそんな言葉でも嬉しかった。


「――っ、はい! ありがとうございます!」


手渡されたTシャツは、まだ袋から出したばかりの、パリッとした感触がした。


支給されたブルーのTシャツに袖を通し、校庭へと踏み出す。

赦ない日差しが肌を突き刺した。


予報によれば、今日の最高気温は30℃を超える真夏日になるそうだ。


先輩方と合流して設営作業を開始

30分もすると一般生徒も集まり始め、会場は今か今かと開会を待ち侘びる熱気に包まれていた。


午前9時30分。

鳥羽生徒会長による開会宣言と共に、体育祭の幕が上がった。


俺の役割は、競技ごとに用具を出し入れしたり、細々とした片付けを行ったりする運営の補助。


生徒会のメンバーは基本的に運営に専念。

だが俺はあくまで「期間限定のお手伝い」という身分。

そのため、クラスの一員として競技にも参加しなければなはない。


(……運営だけでも結構ハードなのに、これに競技も加わるのか)


そんな俺の懸念をよそに、クラスの連中は容赦なかった。


「上原、お前体格いいんだから頼むわ!」


と押し付けられたのは、なんと学年別リレー。

いつメンの4人(佐々木、遠藤、金井)でメンバーを組むことになった。


運悪くじゃんけんで負け俺がアンカーを務めることになった。


「おい、アンカーって一番目立つじゃねーか……」


「じゃんけんは絶対だぞ!文句あんのか」


笑い合う友人たちを恨めしく思いながらも、招集場所へと向かう。


学年別リレーはこの体育祭の目玉競技の一つ。

トラックの周囲を埋め尽くす全校生徒の視線。


ふと本部の運営テントに目をやると、お揃いのブルーのTシャツを着た生徒会の面々がこちらを見ていた。


鳩ヶ谷先輩はぶんぶんと手を振り、鶴見先輩も笑顔でガッツポーズを作っている。


白鷺先輩もこちらを見ているが腕を組んだままだ。


(……やるしかないか)


運営の仕事で既に足は少し重いけれど、このTシャツを着せてもらった以上、無様な走りは見せれない。


「位置について――」


スターターピストルの音が、突き抜けるような青空に高く響き渡った。


二年生は全部で五クラス。スポーツ強豪校ということもあり、どのクラスも一走目からレベルの高い争いを繰り広げている。


俺たちのチームは、一走の佐々木と二走の金井が粘りを見せ、四位という位置で三走の遠藤へとバトンを繋いだ。


(……抜けるのか、これ?)


トップのクラスは圧倒的だ。

十メートル近い差が開いている。


「厳しいな……」


独り言が漏れる。俺は屈伸をしながら、呼吸を整えた。

やがて、コーナーを回って遠藤の姿が見えてきた。

彼は顔を真っ赤にしながら順位を一つ上げ、三位で俺の待つバトンゾーンへと飛び込んでくる。


「頼むわ、大地……っ!」

「任せとけ!」


俺は並走しながら、遠藤からバトンをしっかりと受け取った。


その瞬間、全身のギアが跳ね上がる。

すでに運営の仕事で身体は悲鳴を上げていた。

一歩踏み出すごとに足は重く、肺は焼けるように熱い。


けれど、思考の隅で不意に一つの言葉がよぎった。


(――……今日で、最後なんだ)


今日が終われば、俺の「お手伝い」としての時間は幕を閉じる。


コーナーを曲がり、ゴールまでの直線コース。

朦朧とする意識の中で、本部テントの方から割れんばかりの声が届いた。


「大くん! 頑張って!!」

「いけるよ、上原君! そのまま行け――っ!!」

鳩ヶ谷先輩と鶴見先輩の、身を乗り出すような絶叫。


そして、その隣で。

白鷺先輩が、拳を握りしめて俺を真っ直ぐに見つめているのが見えた。


がむしゃらに腕を振り、震える足で地面を蹴った。


一人、また一人と抜き去る。


ゴールテープの目前。

トップを走る三年の背中に手を伸ばすようにして、俺は最後の力を振り絞った。


――スパンッ!

胸元に走る、テープの感触。


一位でゴールを駆け抜けた瞬間、俺の視界は白く染まった。


「……っ、はぁ、はぁ……っ!!」


倒れ込むようにして土の上に尻餅をつく。

すぐにクラスメイトたちが駆け寄ってきて、俺の背中を叩いた。


応援団の歓声が、地鳴りのように耳の奥で響いている。


「やったな! 俺たち一位だぞ!」


「……はは、最後死ぬかと思ったけど、なんとかなったな」


クラスメイトたちの熱狂的な出迎えを受けながら、俺たちはようやく自陣の席へと戻ってきた。


「四人とも、めちゃくちゃかっこよかったよ!」


「上原、あんな絶望的な位置からよく抜き去ったな!」


「先輩、すごかったです!」

赤組の先輩や後輩たちが次々と声をかけてくれる。

そんな喧騒の中で、俺は一人、見覚えのある顔を見つけた。


「……さすが、先輩ですね。おめでとうございます」


そこに立っていたのは、桐原青葉だった。

中学時代の可愛い後輩。

けれど、下駄箱で一件以降彼女とは一度もまともに話せていなかった。


「……ありがとう、青葉」

俺がぎこちなく笑いかけると、彼女は一瞬だけ複雑そうな表情を浮かべ、それきり俯いてしまった。


かつての彼女なら、一番に駆け寄ってきて「先輩、最高でした!」と笑ってくれたはずなのに。


(……気まずいな)


沈黙が痛い。そんな俺たちの空気を察したのか、遠藤がひらひらと手を振って会話に加わった。


「青葉も応援来てくれたのか、ありがとな。こいつ、最近昼休みにバスケしてくれるようになったんだよ。今度一緒にど?」


遠藤がそういうと、青葉は絞り出した様にいった。


「でももう『バスケには興味ない』って……?」


「いやー……気が変わってちょっとなまたやり始めたんだよ」


そう笑いながら言うと、満面の笑みで笑いかけてくる。


「なら!またバスケやってくれるんですか!」


「部活に入るとは考えてないけどお遊び程度でよければ」


今にも泣きそうだった彼女の顔はどこはやら。

満面の笑みで嬉しそうに喜んでいた。


「私次の競技あるんでこれで!遠藤先輩バスケやる日連絡くださーい!」


そう言って彼女は嬉しそうに帰って行った。


「おーい! 大ちゃん、そこにいた!」


不意に、後ろから聞き慣れた明るい声がした。

振り向くと、本部から駆けつけてきたのであろう鳩ヶ谷先輩と、少し遅れて、息を弾ませた白鷺先輩が立っていた。


「リレー最高だったよ! もう、うちの役員全員で立ち上がって応援しちゃったんだから!」


「……上原君」


白鷺先輩が、まっすぐこちらを潤んだ見つめてている。


「……白鷺先輩。見ててくれたんですか?」


「ええ、もちろん。……不器用だけど、必死な走りだったわ。」


彼女はそこで言葉を切り、俺の胸元に手を伸ばした。

指先が、俺が着ているブルーの『Tシャツ』に軽く触れる。


「……そのシャツを貸して、正解だったみたいね。……よく頑張ったわ、上原君」


絞り出すような、けれど心からの賞賛。

全校生徒から「王子様」と称えられる彼女が、今、俺一人だけに向けて見せたその表情。


(……この場所にいられて、本当によかった)


青空の下、俺は心地よい疲労感と共に、自分の中に確かな「居場所」があることを実感していた。

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