11 王子様からの謝罪
昨日のバスケの代償は、想像以上に重かった。
全身の筋肉が悲鳴を上げている。
階段を一段上がるのもやっとだ。
時間をかけ、ようやく生徒会室に辿り着く。
扉を開ける前から、中からは女子たちの賑やかな笑い声が漏れ聞こえていた。
「みなさん、お疲れ様です……」
「あ、上原君お疲れ様」
扉を開けた瞬間、烏羽会長を含む五人の視線がこちらに集まった。どうやら仕事前にガールズトークに花を咲かせていたらしい。
「なんの話を……してたんですか?」
壁を伝って椅子に沈み込む俺に、鳩ヶ谷先輩がニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべてスマホを突き出してきた。
「見て見て、これ。昨日のバスケの写真!」
そこに映し出されていたのは、躍動感あふれる俺と、それをマークする鳩ヶ谷先輩のツーショット。
「えっ……! なんでそんな写真持ってるんですか!?」
思わず声を上げると、鳩ヶ谷先輩は「あはは」と肩をすくめた。
「私、変なところに熱狂的なファンがいるでしょ? あの子たちがよく『撮影』してくるんだけど、写りがいいのは送ってくれるように頼んであるんのよ。役得役得!」
そんなことが許されていいのか……。
2ショットの画面を覗き込むと各々反応を見せてった。
「……ねぇ、この写真の上原君、目つきが全然違くない? 生徒会にいる時と別人みたい」
「友達と話してる時の表情も、私たちが知らない顔だね」
「大くんって、こんな顔するんだ」
「まぁ、私は同じクラスですから。上原君がたまに見せるこういう表情、そんなに驚かないですよ?」
菊池さんが少しだけ得意げに(?)補足する。
そんな女子たちのわちゃわちゃとした空気も、時計の針が16時を回ったところで、烏羽会長の凛とした声に引き締められた。
「はいはい、女子会はそこまで。そろそろ仕事始めるわよ」
その号令で、華やかな談笑は解散。
それぞれが自身の席に戻り、pcを開き始める。俺も自分の役割を探そうと、鳥羽先輩に声をかける。
「先輩、俺は何か手伝えることありますか?」
「そうねぇ……。あ、そうだ、今日は――」
「――今日は、私の仕事を手伝って欲しいわ。ヒヨリ、いいかしら?」
会長の言葉を遮って響いたのは、意外すぎる人物の声だった。
顔を上げると、白鷺先輩が真っ直ぐに会長を見つめている。
「えっ……。あ、ああ、いいわよ。華ちゃんがそう言うなら」
珍しく気圧されたように、会長が了承する。
白鷺先輩は俺の方を一度も見ずに、淡々と事務用カートを準備し始めた。
「……行くわよ。当日、参観者に配るプリントのホチキス留め。数が多いから、コピー室で作業するわ」
「あ、はい! わかりました」
俺は慌てて彼女の後を追い、コピー室へと向かった。
以前の彼女なら、俺にこんな「指名」をすることなんて考えられなかった。
初対面では舌打ちをされ、その後も視界にすら入れようとしてくれなかったのだ。
あの冷徹な視線は、今でも背筋が凍るほど覚えている。
けれど、「ホールでの一件」を境に、彼女の対応は劇的に変化した。
「……上原君、それ。角をきっちり揃えてから留めて。雑にやると、読む人がめくりにくくなるわ」
「あ、すみません……」
「……別に、謝らなくていいわ。さっきのよりは、ずっと良くなっているから」
向けられる視線から、あの刺すようなトゲが消えていた。
他の先輩たちと接する時のようなフラットな視線。
正直まだ少し怖さはあるけれど、態度は以前とは比べものにならないほど柔らかい。
ガチャコン、ガチャコンと、静かなコピー室にホチキスの規則正しい音だけが響く。
(……何か、話した方がいいのかな)
沈黙に耐えかねて俺が口を開こうとした、その時。
「……あなたが手伝い始めて、結構な時間が経ったわね」
ふいに、彼女の方から切り出してきた。
「そ、そうですね。1ヶ月?くらい……ですかね」
「そう。……その、最初の方の私の態度。あれは悪かったわ。ごめんなさい」
「えっ……!?」
あまりに唐突な謝罪に、俺の手が止まった。
驚きすぎて、開いた口が塞がらない。
そんな俺の動揺を気にする様子もなく、彼女は淡々と作業を続けながら言葉を重ねる。
「……最初は、下心があるんだと思ってた。私たちの誰かに近づきたいから、上手く取り入って、内申点でも稼ぐつもりなんだろうって。そうやって近づいてきた男子を、私は嫌というほど見てきたから」
ホチキスの音が止まる。
彼女は手元を見つめたまま、視線をこちらに向けようとはしない。
「でも、あなたの仕事ぶり……みんなへの態度。この前のホールでのこと。あれを見て、わかったの。」
「君は損得勘定で動くような人じゃないって。
ただ私たちが困ってたから助けてくれたって」
彼女の言葉が、じんわりと胸に染み込んでいく。
「……ありがとうございます、先輩にそう言ってもらえると、報われます」
「……変な人ね。あんなに酷い態度を取られていたのに」
白鷺先輩が、少しだけ口角を上げながら言った。
「助かっているわ、上原君。あなたがいてくれて」
「――っ」
その言葉の破壊力は、さっきの謝罪以上だった。
ドクン、と心臓が跳ねる。
「あ、あの! 俺も、先輩たちの役に立てて嬉しいです。体育祭まで……あと少しですけど、全力でサポートしますから!」
俺が気合を入れ直すと、彼女は今度こそこちらを向いて、くすりと小さく笑った。
「そうね。期待しているわ。……さあ、手が止まっているわよ。あと三束、急ぐわよ」
「うわ、あ、はい! すぐやります!」
また鳴り始めたホチキスの音。
けれど、さっきまでの気まずい静寂はもうどこにもなかった。




