私は彼女を許したわけではありません。ただ、周りがもっと酷いだけでした
私は半年前まで、蔑まれ、いたぶられる存在だった。
主犯は高位貴族のご令嬢――マリアン様と、その取り巻きたちだ。
私の傷はまだ癒えていない。
許してもいない。
いまだに、近寄りたくない裏庭。
それが視界に入った瞬間に、マリアン様の声が聞こえた気がした。
「田舎娘が生意気ね。男爵家なんて平民同然よ」
周囲で湧き上がる嘲笑。
それが、私の学園初日の出来事だった。
◇◇◇
――半年後。
「マリアン様の家、没落しちゃったって」
「まぁ。それはそれは――」
「おかわいそうに……。でも」
視線がゆっくりと一点に集まった。
優しげな台詞で嘲る仕草。
隠しきれない笑い声。
それが、壁際にひっそりと座る少女に向けられていた。
「「自業自得よね」」
私の時と温度差が違う。
きっと今の方が楽しいのだろう。
元は自分たちより" 目上の人間 ”を堂々と叩けるのだから。
ざわつく教室で一人、教科書を取り出す。
相変わらず今日も同じ話題だ。
「エリー。あんまり入れ込むなよ。特にお前は……」
「言われなくてもわかってる。でも……」
幼馴染のデイビッドが話しかけてきた。
誰も騒いでいないのに、耳障りな音が響く。
一番目につくのは、教室の隅で囁き合っている彼女たちだ。
私は、声を潜めてつぶやく。
「手のひら返しが凄いわよね」
「正直なところ、仕方がないんじゃないか」
「そうかしら。私は、好きじゃないわ」
彼女たちは優越感が滲んでいる顔で、笑い合っている。
ちらりと視線を向けると、そこにはマリアン様が肩を狭くして俯いていた。
「……マリアン様が今までやってきた事だろ」
そう。
彼女は半年前まで、この教室のトップにいたのだ。
まさに、今のような状況を楽しんでいた。
――ガラガラガラ。
スライド式の扉が開く音がした。
担当教師だった。
「えー、今日は二人組でレポートを……」
教師の指示で、机を並べてペアになる。
やはりというべきか。
マリアン様は、一人で取り残されていた。
明らかに目立つその状況に目を向けないまま、教師は授業を続けた。
彼女はその時間、一度も顔を上げなかった。
◇◇◇
――思い出すのは、あの日の彼女の声だった。
下級貴族で田舎者の私は、この学園の、丁度いい獲物だったのだろう。
確かにマリアン様が中心だった。
しかし、あの空気。
あの囁きは決して一人のものではなかった。
正直、謝られても全て許せる自信はない。
――でも。
『私を言い訳』に正義面している周囲の人間に、鳥肌が立つ。
あの歪んだ笑顔が、私のため?
自業自得だから、何をしても許される?
「気持ち悪いわ」
「エリー。落ち着け。俺たちがまた目をつけられる」
そんな事はわかってる。
自分の怒りが、どこへ向いているかもわからない。
ただ、こんな毎日を過ごすのが苦痛だ。
何かが少しずつ積み重なって、胸の中に溜まっていく。
「デイビッド。マリアン様には、私の声も同じように聞こえているのかしら」
「……考えすぎるなよ」
デイビッドの慰めも、心を軽くはしなかった。
◇◇◇
――ある日、マリアン様が教師に呼び出された。
教室に残った生徒は好き勝手に話し始める。
「夜遊びがバレたらしいぞ」
「あぁ、なるほどな。やってそうだったし」
そしていつもの三人組が話していた。
「この間の試験、絶対に嘘よね」
「ええ。あんなに勉強が出来る人じゃなかったもの。どうせ――」
これ以上は聞いていられなかった。
私は、わざと大きな音を立てて教室を出ていった。
まっすぐに彼女が呼び出された部屋へ向かう。
後ろからデイビッドが追いかけてくるが、振りかえる余裕もなかった。
ただ、私にはマリアン様に言いたいことがある。
それだけだ。
部屋の前に立つと、微かに中の声が漏れ聞こえてきた。
「……君の噂……退学を考えた方が……お勧め……」
全部は聞き取れなかったが、内容は理解出来る。
ノックをして、返事を待たずに部屋に押し入った。
ここで言わなければ、一生引きずる。
そんな事はご免だ。
驚いて顔を上げる教師とマリアン様。
「マリアン様は、夜中に出歩いてなんでいませんよ。隣室の私は一度も見たことがありません。遅くまで明かりがついています。それに……」
一度言葉を切る。
心を落ち着かせて、息を整える。
私はなぜ声を上げているのだろうか。
自分でもわからない。
しかし、そうしなければ、私が嫌いな『周囲の人間』と同じになってしまう。
「成績だって、カンニング防止のために見張っているじゃないですか」
「……う、うむ。確かにそうだな……」
久々に見た、俯いていない彼女の顔は、かつてとは別人のようだった。
「ありがとう」
マリアン様からお礼を言われたが――。
心に溜まった重苦しい感情は解消されない。
だから、私は彼女をまっすぐ見つめた。
「いえ……個人的には許していませんよ」
それでも、彼女は緩やかに笑い、頭を下げた。
そして、マリアン様は教師にむかって、
か細い声で告げた。
「……私、この学園をやめます」
◇◇◇
いつも陰口を言っていた彼女たちは、前より距離が遠くなった。
理由は想像がつく。
「共通の話題」がなくなったからだろう。
男子も最近はおとなしい。
壁際に置いてある机。
そこにはもう誰も座っていない。
しかし、確実に何かが欠けているように見えた。
「今期の成績表が貼られてるぞ」
「うん。じゃあ確認してこようかな」
あの日から、デイビッドは私から離れなくなっている。
過保護すぎるけれど、この距離感が心地いい。
無意識に彼の腕を掴んでいた。
私にも伝わるほどに、デイビッドの肩が跳ねた。
――よく見れば、耳が真っ赤だ。
思わず笑みがこぼれる。
こんな風に笑えたのは、いつぶりだろう。
思えば、ずっとデイビッドが側にいてくれた。
彼に誘われて、ホールに集まる人だかりをかき分けていった。
別に成績に期待もしていない。
私はいつも通り。中央に名前が載っていた。
そして――。
上の方を見上げると、高得点だった位置に一つだけ空欄がある。
誰もがそれを指摘しない。
視界に入れた時に、懐かしい香りが風に乗って通り過ぎていった気がした。
――それは爽やかでありながら、苦味を感じさせる、彼女の香水を思い出させた。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
もし少しでも心に残るものがありましたら、★で応援していただけると嬉しいです。




