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私は彼女を許したわけではありません。ただ、周りがもっと酷いだけでした

作者: しぃ太郎
掲載日:2026/01/31



 私は半年前まで、蔑まれ、いたぶられる存在だった。

 主犯は高位貴族のご令嬢――マリアン様と、その取り巻きたちだ。

 私の傷はまだ癒えていない。

 許してもいない。


 いまだに、近寄りたくない裏庭。

 それが視界に入った瞬間に、マリアン様の声が聞こえた気がした。


「田舎娘が生意気ね。男爵家なんて平民同然よ」


 周囲で湧き上がる嘲笑。

 それが、私の学園初日の出来事だった。


 ◇◇◇


 ――半年後。



「マリアン様の家、没落しちゃったって」

「まぁ。それはそれは――」

「おかわいそうに……。でも」


 視線がゆっくりと一点に集まった。

 優しげな台詞で嘲る仕草。

 隠しきれない笑い声。


 それが、壁際にひっそりと座る少女に向けられていた。


「「自業自得よね」」



 私の時と温度差が違う。

 きっと今の方が楽しいのだろう。

 元は自分たちより" 目上の人間 ”を堂々と叩けるのだから。


 ざわつく教室で一人、教科書を取り出す。

 相変わらず今日も同じ話題だ。


「エリー。あんまり入れ込むなよ。特にお前は……」

「言われなくてもわかってる。でも……」


 幼馴染のデイビッドが話しかけてきた。


 誰も騒いでいないのに、耳障りな音が響く。

 一番目につくのは、教室の隅で囁き合っている彼女たちだ。


 私は、声を潜めてつぶやく。


「手のひら返しが凄いわよね」

「正直なところ、仕方がないんじゃないか」

「そうかしら。私は、好きじゃないわ」


 彼女たちは優越感が滲んでいる顔で、笑い合っている。

 ちらりと視線を向けると、そこにはマリアン様が肩を狭くして俯いていた。


「……マリアン様が今までやってきた事だろ」


 そう。

 彼女は半年前まで、この教室のトップにいたのだ。

 まさに、今のような状況を楽しんでいた。


 ――ガラガラガラ。

 スライド式の扉が開く音がした。


 担当教師だった。


「えー、今日は二人組でレポートを……」


 教師の指示で、机を並べてペアになる。

 やはりというべきか。

 マリアン様は、一人で取り残されていた。


 明らかに目立つその状況に目を向けないまま、教師は授業を続けた。


 彼女はその時間、一度も顔を上げなかった。


 ◇◇◇


 ――思い出すのは、あの日の彼女の声だった。


 下級貴族で田舎者の私は、この学園の、丁度いい獲物だったのだろう。

 確かにマリアン様が中心だった。


 しかし、あの空気。

 あの囁きは決して一人のものではなかった。


 正直、謝られても全て許せる自信はない。


 ――でも。


『私を言い訳』に正義面している周囲の人間に、鳥肌が立つ。


 あの歪んだ笑顔が、私のため?

 自業自得だから、何をしても許される?


「気持ち悪いわ」

「エリー。落ち着け。俺たちがまた目をつけられる」


 そんな事はわかってる。

 自分の怒りが、どこへ向いているかもわからない。

 ただ、こんな毎日を過ごすのが苦痛だ。


 何かが少しずつ積み重なって、胸の中に溜まっていく。


「デイビッド。マリアン様には、私の声も同じように聞こえているのかしら」

「……考えすぎるなよ」


 デイビッドの慰めも、心を軽くはしなかった。


 ◇◇◇


 ――ある日、マリアン様が教師に呼び出された。


 教室に残った生徒は好き勝手に話し始める。


「夜遊びがバレたらしいぞ」

「あぁ、なるほどな。やってそうだったし」


 そしていつもの三人組が話していた。


「この間の試験、絶対に嘘よね」

「ええ。あんなに勉強が出来る人じゃなかったもの。どうせ――」


 これ以上は聞いていられなかった。

 私は、わざと大きな音を立てて教室を出ていった。


 まっすぐに彼女が呼び出された部屋へ向かう。

 後ろからデイビッドが追いかけてくるが、振りかえる余裕もなかった。


 ただ、私にはマリアン様に言いたいことがある。

 それだけだ。

 部屋の前に立つと、微かに中の声が漏れ聞こえてきた。


「……君の噂……退学を考えた方が……お勧め……」


 全部は聞き取れなかったが、内容は理解出来る。


 ノックをして、返事を待たずに部屋に押し入った。

 ここで言わなければ、一生引きずる。

 そんな事はご免だ。


 驚いて顔を上げる教師とマリアン様。


「マリアン様は、夜中に出歩いてなんでいませんよ。隣室の私は一度も見たことがありません。遅くまで明かりがついています。それに……」


 一度言葉を切る。

 心を落ち着かせて、息を整える。


 私はなぜ声を上げているのだろうか。

 自分でもわからない。


 しかし、そうしなければ、私が嫌いな『周囲の人間』と同じになってしまう。


「成績だって、カンニング防止のために見張っているじゃないですか」

「……う、うむ。確かにそうだな……」


 久々に見た、俯いていない彼女の顔は、かつてとは別人のようだった。


「ありがとう」


 マリアン様からお礼を言われたが――。

 心に溜まった重苦しい感情は解消されない。


 だから、私は彼女をまっすぐ見つめた。


「いえ……個人的には許していませんよ」


 それでも、彼女は緩やかに笑い、頭を下げた。


 そして、マリアン様は教師にむかって、

 か細い声で告げた。


「……私、この学園をやめます」


 ◇◇◇


 いつも陰口を言っていた彼女たちは、前より距離が遠くなった。

 理由は想像がつく。

「共通の話題」がなくなったからだろう。


 男子も最近はおとなしい。


 壁際に置いてある机。

 そこにはもう誰も座っていない。

 しかし、確実に何かが欠けているように見えた。


「今期の成績表が貼られてるぞ」

「うん。じゃあ確認してこようかな」

 

 あの日から、デイビッドは私から離れなくなっている。

 過保護すぎるけれど、この距離感が心地いい。


 無意識に彼の腕を掴んでいた。

 私にも伝わるほどに、デイビッドの肩が跳ねた。


 ――よく見れば、耳が真っ赤だ。


 思わず笑みがこぼれる。

 こんな風に笑えたのは、いつぶりだろう。

 思えば、ずっとデイビッドが側にいてくれた。


 彼に誘われて、ホールに集まる人だかりをかき分けていった。

 別に成績に期待もしていない。


 私はいつも通り。中央に名前が載っていた。

 そして――。


 上の方を見上げると、高得点だった位置に一つだけ空欄がある。

 誰もがそれを指摘しない。

 視界に入れた時に、懐かしい香りが風に乗って通り過ぎていった気がした。


 ――それは爽やかでありながら、苦味を感じさせる、彼女の香水を思い出させた。



 

ここまで読んでくださってありがとうございました。

もし少しでも心に残るものがありましたら、★で応援していただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
ヒロイン、本当の意味で良い人。許せないという当たり前の感情と誠実さがある人間味がある人。
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