18話 ザンテイセブン
あの日、サチウスにもらった岐阜のパンフレットの件を晴人くんに伝えた。
『岐阜?』
『そうなんだ、律帆ちゃんが指を切ったあのケーキ屋さんに落ちていたみたいで。何かのヒントにならないかな』
晴人くんは少し考え、僕の方に向き直って言った。
『律帆の母さんに聞いてみる。もしかするとなにかヒントになるかもしれないしな、それに、俺も律帆を探すための方法を手に入れたんだ』
『ほんとっ!? それってなんなの?』
『そのうち伝える。情報助かる、ありがとうな』
『参考になったならなによりだよ、サチウスもそう言ってた。後でデータを送信するね』
パンフレットには走り書きで何か書いてあったが、僕にはよく分からなかった。なんせ字が汚くて・・・・・・。
そして、晴人くんへの連絡は終わった。
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
ボイスメモを止めると、ため息をついてベッドに横になる。3つの出来事を思い返すだけのメモのつもりが、1つ多くなっちゃったな。それだけ、思い出はたくさんあった。あれから1ヶ月ほどたった今は10月。
明日は、Sランクの昇格試合だ。
現在時刻は18時、試合開始は明日の11時だから、あと17時間しかない。17時間後に僕の人生が変わるか変わらないかの出来事が起こるなんて。まぁ、肩透かしになる確率のほうが高いだろうけど。でも、やっぱりここまで来たんだ。せっかくなら希望的観測で、前向きに行きたいよね。
「夜ご飯が出来ましたわっ!」
「うーん、いいにおい! 今日はなに?」
「勝負に勝つ! ってことで、カツ丼ですわ!」
「ベタだなー」
「文句言わないっ! たーっぷりありますわよー」
フライパンにはみっちりとカツ丼のカツの部分が窮屈そうに詰まっていた。
2人で手を合わせ、食べようとした時だった。
ぴんぽーん。
こんな時間に、なんだ・・・・・・?
僕は、嫌な予感がした。
「あら、なんでしょう?」
「僕が出るよ」
試合前日、勝てば願いが叶う試合。そんな試合の前に、何かが起こるんじゃないかとなんとなく思っていた。
襲われるかもしれない。
僕は、恐怖が背中をさするのを感じると、ドアチェーンをしたまま、ドアの鍵を開けた。
「開けるでーす!!」
「おじゃまおじゃまなのれすーーー!!!」
「わぁっ!? 確か山田とアンダーソン!」
ドアチェーンで少し開いたドアの外から、見覚えのある2人が手を伸ばしていた。
「大丈夫ですよー、ドアチェーンを外していただいても」
「あ、すいません! 今外しますね!」
「痛い痛い痛いっ!! ドアチェーンに指が挟まってるですー!!」
「ごっ、ごめん!」
「まったく、あいかわらずここねぇはバカれす」
「うぅー、内出血してるです・・・・・・」
「ドアで遊んじゃいけないって、よく分かったね・・・・・・」
「あら、久しいですわね」
「お久しぶりです、今日は緊張をほぐしにみんなを連れてきました」
「確かに、和みますね」
賑やかなこの景色、僕を襲っていた恐怖心が顔を真赤にして逃げていくようだった。本当に緊張がほぐれた。
「夜ご飯は食べてますの? カツ丼がたくさんあるんですが、いかがですか?」
「わーい! カツ丼ですー!」
「かりんのごはんはおいしいれすー!」
本当にみんなはかりんさんの本名知ってたんだ・・・・・・。うぅ、一番近いと思っていた僕だけが本名を知らなかったなんて・・・・・・。
「本当は差し入れだけして早めに帰るつもりでしたが、せっかくですのでご相伴に預かるとしましょうか」
「とかいって、本当は食べる気で来たんですのよね? 見え見えですわよ」
かりんさんは茉優さんのおでこにデコピンをする。
「ふふ、バレましたか」
そんなこんなで、姦しい晩餐が始まった。
「未だに1回も勝ったことない私たちも、いつか勝てる日がくるんですかねー」
「なんで勝てないんでしょうか・・・・・・」
「だいたいここねぇがぽかしてるれす」
「肝心なところでやらかすです・・・・・・」
おいおい、なんで大切な試合の前日に負ける負けるって話をするかな・・・・・・。
「そうそう、忘れないうちに差し入れを渡しておきますね」
茉優さんがカバンから取り出したのは、発売から100年、長い事愛され続けたパッキーだ。
「あ、ありがとう・・・・・・」
なんだか、凄いものでもくれると思っていただけにすこし拍子抜けだ。
「さ、どうぞどうぞ」
「ニヤニヤ」
「にやにや」
「どうしたの、2人共口に出してニヤニヤとか言って」
3人の様子がおかしいのでかりんさんの方を見ると、顔を真赤にしていた。
「かりんさんまで、どうしたの?」
「さぁ! ぶっちゅーです!!」
山田の中の人、佐藤さんが鼻息を荒くしてパッキーを差し出す。
「おんなのこのあこがれのしちゅえーしょんれす!」
「だから、さっきからなんなのさ!」
僕はパッキーを一本取ると、ぱりぽりと食べる。
「あら、もったいない」
「いや、パッキーは食べるものだから・・・・・・」
「斑鳩さん!」
突然、かりんさんが僕の顔を見て声を出した。
「これは、はるか昔の遊び、パッキーゲームをしろという、わたくしたちへの挑戦状ですわ!!」
「パッキーゲーム?」
初耳だ。
「平成に流行った遊びですわ。男女でパッキーを両方から食べ進めるゲームですの!」
「そしたら、口がつくじゃん」
「そういうゲームなんですの!!」
「ゲーム? 勝利条件は? 対戦形式なの? 協力するものなの? ただキスする口実なんじゃ・・・・・・」
「くそっ、じれってーです!」
「じれってー!」
「いやだから! 別に僕らはそういうことする間柄じゃないし!!」
「やりますわよ、ここで怯んでは男の沽券にかかわりますわ!」
「いや! かりんさんは女の子だからね!? しないよ!? そんな陽キャがやるゲーム!!」
かりんさんはやる気満々だ。パッキーを1本ゆっくりと引き抜くと、それを咥えた。
「いやいや! みんなおかしいよ!? 夢!? 夢なの!?!? 明日試合なんだよ!? 気まずくなったらどうしてくれるの!?」
「はぁ! おほこならほきょうへふわ!!」
「チキンー!」
「チキンですー!」
「おくびょうものー!」
「しつこいようだけど! 絶対しないから! 僕そういういかがわしい遊びはしないから!!」
その時、全員のBMIに通知が入った。
「あ、なんだろう。連絡だ」
「骨無しチキンの斑鳩さーんっ!?」
「圧力鍋でほろほろになっちゃったチキンですー!」
「ださっ」
どいつもこいつも・・・・・・。とにかく、僕は通知の内容を確認した。それは、1件のビデオメッセージ。
『突然の連絡になって申し訳ないっ!! 社長からの緊急報告だよー』
「ちょっと、かりんさん! 結構大事な話みたいだよ!」
「なんで逃げるんですのー!」
「いや! ほら!」
BMIの共有機能で、みんなにも同じ画面を見せる。
『本当に申し訳ないんだけど、願いを叶えるのはひとまずあと1組だけ! 昨日6組目がSランクに昇格して願いを叶えたワケなんだけど、持続的に願いを叶える準備が整わなくなっちゃってね! そんなわけで、明日のSランク昇格戦の勝者が最後の願いを叶えられる3人になるわけ! そーりーそーりー!』
「な、なにそれっ!? 明日の試合に負けたら願いを叶えられないかもしれないってこと!?」
「良かったですわね、まだ一枠残ってる。勝てば問題ないですわ」
「相変わらずの自信家だね・・・・・・」
『てなわけでー。頑張りたまえ! もざいぶ6期生ときゃらめリップ4期生!! 言うなれば君たちは暫定7位・・・・・・』
僕達は、”7位を勝ち取り”、願いを叶えるために戦う。7位になれるのはどちらか1組のみ、7位になる権利を持つ者同士の願いをかけた戦い。
『ザンテイセブンだ!』
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
「あひゃひゃ! だっせぇですー!」
「かっこつけてるれすー!」
「いや、君たち本当に緊張感ないね!?」
「緊張感のなさが、勝てない理由でしょうか」
心のなかでピンポーンというSEを流す。
「ってぇ! もうこんな時間です!! ななみんを戻さないとまたあの親父にどやされるですよぉーーー!!」
「それはマズいですね・・・・・・。急いで帰りましょう!」
「らじゃー!!」
時計を見て突然慌てだしたかと思うと、3人はドアから一気に出ていった。僕の部屋を散らかしたまま・・・・・・。
「お世話になりましたー!!」
「カツ丼美味しかったですー!!」
「はやくキスしろほねなしチキンー!!」
まるで台風のように、突然現れて突然去っていく人達だった。そんな3人でも、いなくなると、すこしさみしいような。
「でも、おかげで緊張はほぐれたね」
「ほんっと、チキンですわね・・・・・・」
「チキンとかじゃなくて・・・・・・」
「興ざめですわ! 2人きりでする遊びでもないですし、今日のところはやめておきますわ!」
「キスって、複数人が見てる前でするものなのか・・・・・・? 僕とは価値観が違うのかな・・・・・・」
「ふっ、2人きりでキスなんて、そんなのふしだらですわ!」
「いや、かりんさんの貞操観念どうなってんの?」
「ふん! 男にはわかりませんわよ!」
よくわからない。
2人で夜ご飯の片付けを済ませ、お風呂に入って、電気を消してベッドに入る。ベッドをおけるスペースもなく、相変わらずかりんさんは床に布団を敷いて寝て、僕はベッドで寝ている。
「・・・・・・かりんさんだから聞くけどさ。結局あのパッキーゲームって、僕はどうするのが正解だったの?」
「正解なんて、ありませんわよ」
「じゃあ、かりんさんはどうして欲しかったの?」
「それを聞くのは野暮ですわ。と、言いたいところですが、斑鳩さんですから答えますわ。わたくしは、しなくて正解だったと思いますの」
「あんだけチキンチキンって煽っておいて・・・・・・」
「面倒くさいですか・・・・・・?」
う、うぅ。そんな物理的上目つかいされても困るよ・・・・・・。
「いや、かりんさんだから構わないし、むしろ楽しかったよ」
「わたくしにもよく分かりませんが、斑鳩さんと時間を過ごすうちに、だんだんと自分が面倒くさくなってるような気がしますの。あまり悩まない性格だったのですけれど・・・・・・」
「人との関わりの中で、人間味が出来てるんじゃない? 人間味がない無表情な人間より、ちょっと面倒なくらいがいいと思うよ。僕はよくドライだって言われるけど」
「あら、斑鳩さんこそさっきはうぶな反応を見せてくれていたではありませんの」
「じゃあ、僕も変わったってことなのかな」
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
「寝よっか、明日は大切なバトルだもんね」
「そうですわね。おやすみですわ」
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・。
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