17話 スイートレガシー ~僕と彼女のあまーい思い出~
僕は、彼女のすべてを聞いた。
彼女がVectorの社長の妹だってこと。それを周りに知られていて、社長とのコネを得るためにたくさんの人に話しかけられることが怖かったということ。いちかりんを僕に授け、アイのデータを元に締野うどんを作り、バトルに参加出来るようにしていたこと。僕と出会った日のことも、Vectorの社長がおかしくなったことも。
僕は、一度にたくさんのことを聞きすぎて、頭がパンクしそうだった。そんな中で、僕の第一声は。
「すみれって、偽名だったの?」
「そうなりますわね」
思い返せば、始めの自己紹介の時に言い淀んでいたことも、ミリコさんの家に行った時に真っ先になにかを耳打ちしていたことも全てが納得行く。すみれって名前は決めてたけど下の名前を考えていなかったから無難な鈴木って苗字を選んだし、ミリコさんは彼女の本名を知っていたからそれを言わないようにと口止めしてたんだ。
「全く、わたくしの隠し事を全部聞いておいて、真っ先に聞くことはそれですか」
「大事なことだもん。これから名前をどうやって呼ぼうかなって」
「でしたら、かりんと呼んでほしいですわ。正直な話、すみれと呼ばれるのはむずむずしていたので・・・・・・」
「自分でつけた名前のくせに!?」
「あだ名とか、そういうのも苦手なんですのよ」
すみれ・・・・・・いや、かりんさんは立ち上がると、服に付いた砂をはたき落とす。
「先に言うけど、僕はコネとか、そんなの期待してないから。一緒にいたら色んな人に会えたり、VTuberバトルに参加できたり、確かに得したことはあると思う。でも、僕はかりんさんが好きなんだ。すごい自信家で、僕を引っ張ってくれたこと。お金持ちなのかと思いきやヒオウギ貝の取り放題に大はしゃぎなところとかね」
「好きって・・・・・・それは・・・・・・」
「尊敬してるよ」
「安心したような、残念なような・・・・・・」
「僕はさ、一緒にいて良い時間だったと思える人が好きなんだ。一緒にいて面白くて、学びがあって、得になるような人がね。そうじゃない人とはつるまないようにしてる、それを僕の人生に対するモブって呼んでる。その中でも、一生一緒にいても意味があるような人をメインキャラって呼んでる、かりんさんは、間違いなく僕のメインキャラだよ」
随分と歪んだ考え方たってことは、自分が一番分かってる。でも、それが事実だった。かりんさんとは、一緒にいて楽しい、これはきっと一生だ。こんなひと、人生の中で1人としていないだろう。
「全く、ロマンも風情もない、気持ちの悪い愛の詩ですこと」
僕も立ち上がって、かりんさんと並びながら歩き始める。
「約束通り、すみれポイントは全部没収ですわよ」
「そんなぁっ!?」
僕は、急いですみれポイントの欄を確認する。
「これって」
「今日からはかりんポイントを発行しますわ」
「お、おぉー!! やったー!」
「さっそく入会特典、10かりんポイントを進呈しますわ」
「でも、すみれポイントはなくなっちゃったのかぁ」
「女々しいことを言いますのね。思い出として心に残っているではありませんの! 今日からも新しい思い出を作りますわよ!」
「膝枕の思い出とかね、よく覚えてる」
「かぁーっ!! 破廉恥ですわ!!」
僕らはお互い、昔の話のことはあまりしなかったし、お互いの気持ちを確認することもしなかった。ただ、こうして軽口叩いて帰ることが、お互いにとって幸せだった。
振り返ってみると色んなことがあったなと。
僕にとって他人はモブだとか、でもかりんさんだけは僕のメインキャラだとか、もう少し良い言葉があったと思うんだけど、でも、やっぱり僕はそんなことしか言えない等身大のちっぽけな人間なんだな。
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
僕達は兵庫に来ていた。
「駅前のお店らしいですわ」
かりんさんに引っ張られて着いたのは、とあるケーキ屋さん。中に入ると甘ったるい香りでいっぱいになる。
「ここがサチウスのお店ですわ」
僕らがこの店に来たのは、かりんさんがとある抽選に応募したところ無事に当選したからだ。その抽選というのは、この店のスイーツバイキング。倍率は1200倍、たった7人しか参加できないイベントだ。
大人気なのは有名パティシエが作っているからというのもあるし、なんせこのイベントは1年に1回しか開催されない原価完全無視の超大盤振る舞いなイベントなのだ。
サチウスが作ったケーキを食べ放題、それはあまりに魅力的過ぎる。
そういうわけで、倍率1200倍の抽選に、かりんさんは持ち前の運で当選した。
店の中に入ると、普段はショーケースに入っているケーキが中央のテーブルに乗っていて、まるで金持ちの立食会のような素晴らしい景色が広がっていた。
他の6人は既に集まっていた。
「今日は、楽しみましょうっ!」
かりんさんは他の参加者に声を掛ける。
「はい、ほどほどに食べましょう」
「楽しむことが一番大切ですもんね」
そのとおりだ、バイキングで欲をかいてたくさん食べてお腹が痛くなったりしたら元も子もない。それ含めて楽しいイベントでもあるのだが、やはりベストは自分のお腹の要領と相談して好きなものをゆっくり楽しむことだ。
参加者が集まったことで、サチウスが出てきて説明を始める。現実世界のサチウスは紙袋をかぶっていて、相変わらず顔をみせることに抵抗があるようだった。
「ただいま14時です、制限時間は閉店時間の18時までとなりますので、その時間までゆっくりどうぞ・・・・・・。それでは開始です」
開始の合図とともに参加者たちは中央のテーブルに乗ったケーキを次々に皿へと乗せていく。
にしてもすごいな、こんな大量のケーキ、全部1人で焼いたんだろうか。かりんさんは食べ放題に夢中みたいだし、僕はサチウスに話しかけることにした。
「参加者の付き添いです、どうも」
「あぁ、はい、今日は来てくださってありがとうございます・・・・・・」
「不思議な縁ですね。信じてもらえないかもしれないんですけど、僕は締野うどんで、あっちのお嬢様が泡沫りんすなんです」
「あっ、それは奇遇ですね・・・・・・。すいません、あの時はつまらない戦いしか出来なくって・・・・・・」
予想以上にすんなり信じてもらえた。
「このスイーツバイキングって全部1人で準備してるんですか?」
「いえ、流石に1人では無理です・・・・・・。スポンジは信頼できるところに外注してますし、お手伝いさんもいるんですよ。私も学生なので、毎日店番することも出来なくって」
前のバトルでも学校に行ってることをほのめかす発言はあった。確かお菓子作りの高校とか大学もあるらしいし、そういうところに通ってるんだろう。
「なんでお菓子作りを?」
「今って、AIや仮想空間の発達で色んなお仕事がなくなってるじゃないですか・・・・・・。そんな中でもこれから残っていく仕事はパティシエだと思って・・・・・・。とはいっても、やっぱり一番はお菓子作りが楽しいからですね。今日のバイキングも実は新メニューがたくさんあって、最後にアンケートでどれが美味しかったのか聞くんです。メニュー開発にも役立つ、ウィンウィンなイベントなんですよ」
なるほどね、これからも残っていく仕事かぁ。AITuberも立派にやっていけてるこのご時世、VTuberもいつかはAIに取られる仕事なんだろうか。今や病院もAI、娯楽は仮想空間、人がやる仕事は次々に奪われている。
そんな中でこうやって、試行錯誤しながら頑張ってるんだ。流されてばかりで自分の意思が弱い僕も、頑張らないとな。
「そういえば・・・・・・。もしハルハルさんとお知り合いでしたら、これを渡してくれませんか・・・・・・?」
サチウスが裏から持ってきたのは1枚のパンフレットだった。
岐阜の歩き方マップと書いてある。
「これは?」
「あの、実は前に私のお店で・・・・・・。ちょっとした事件があって・・・・・・」
「そういえば、ハルハルの友達が行方不明になったのは兵庫の駅前のケーキ屋さんって言ってた・・・・・・。もしかしてそれ?」
「あ、はい。そうなんです、警察の田代さんって人がいて・・・・・・。あ、今は東京に異動になったんですが、とりあえずその人にも話を聞かれたんです。律帆さんって人の行方を知らないかって。でも、私もちょっと顔を見ただけで、知るわけなくって。その日、警察が帰った後にお掃除してたらこのパンフレットが落ちてたのを見つけたんです。まだお店もそれほど繁盛してなかったし、通販販売が中心だったのでその日はこども3人と警察しか来ませんでした。だったら、このパンフレットが何かのヒントになるかなって思って、だけど、警察に電話するのもちょっと怖くって」
「ありがとうございます。実は僕達も律帆ちゃんの行方を探ってたんです。もしこれがなにかの助けになれば・・・・・・」
「はい、私も役に立てたら嬉しいです・・・・・・」
しかし、自分の店で小指を切り落とすなんて事件が起きるなんて、本当に不憫というか・・・・・・。
僕はふとかりんさんのほうが気になって、かりんさんの座るテーブルの近くまで歩いていった。
「どう? 美味しい?」
「愚問ですわね、美味しいのは当たり前でしてよ・・・・・・。それより、見てくださいましこのチョコのコーティング。美しいですわぁ・・・・・・」
かりんさんは香りとビジュアルにうっとりとしていた。
「ケーキというのは芸術ですわね・・・・・・」
芸術、AIにとって変わられない仕事だ。芸術は作った人間のバックストーリーがあって価値がつくもの、そんな積み重ねはAIには真似できない。
「そして、食べても一流。最高ですわぁ・・・・・・」
かりんさんはケーキを口に含んで破顔一笑する。
本当に女の子は甘いのが好きなんだな。脳の作り的に男よりも糖分を摂取する必要があるからだなんて聞いたことがあるけど、甘い物を食べて幸せになるかりんさんを見ると、こっちまで幸せになる。
「あ、あの。よければこちらをどうぞ・・・・・・。サービスです・・・・・・」
そう言って、サチウスは僕にケーキを一切れ持ってきてくれた。
「ありがとうございますっ! どれどれ・・・・・・」
サチウスが持ってきてくれたザッハトルテを一口。
「おっ、美味しいっ!」
「良かったです、スイーツは、人を笑顔にするものですからっ」
紙袋に隠れて見えない、けれど。
サチウスは笑顔だった。




