16話 時計仕掛けのダイアリー -朝凪に見る”アイ”-
「すみれさん、海に行こう」
「どうしたんですの? 藪から棒に・・・・・・」
僕はにししと笑いながら、胸ポケットにしまっていたものを取り出すと、すみれさんに見せる。
「免許!? いつの間にとったんですの!?」
今の世の中車は自動運転が主流だ。だけど、こうやってAT車を運転するのも味というか、ずっと憧れていた。乗せるならすみれさんだと思った。
「夏休みに免許合宿に行ってたんだよ」
「友達と観光旅行と言っていたのは嘘だったんですのね!」
「うん、驚かせたくってさ。それでも、まだあんまり自信がなかったから、レンタカーを時折運転して、練習してたんだ。そしたら夏休みからまた数カ月経ったわけなんだけどね」
「嬉しいですわ・・・・・・。それも、わたくしを海へ連れて行くためだったということですの!?」
「う、うん・・・・・・」
だれか1人のために努力するなんて、今まで一度もしたことなかった。なんども言うようだけれど、すみれさんに会えて、僕は色んな成長をしたんだ。
「でも、まだどこの海に行くかは決めてないんだ・・・・・・」
「そのほうがいいですわ! わたくしは、どこに行こうか一緒に考える時間がとても素敵だと思いますもの~」
「そうなんだ、良かったよ」
「でも、どこに行こうか悩みますわね・・・・・・」
「うーん、この辺の海で面白いとことかあったかなぁ・・・・・・。ちょっと遠いけど、大量のヒオウギ貝が流れ着いてる海岸があるってニュースを見たけど・・・・・・」
「そこにしましょう」
「即答っ!? 一緒に考えるのが楽しいんじゃなかったの!?」
「バター焼き・・・・・・じゅるり・・・・・・」
「忘れてたよ、花より団子派の人ですよね・・・・・・あなたは」
そういうわけで、よだれが止まらないスミレさんとレンタカーに乗り、早速目的の海岸まで車を走らせた。3時間と、かなり時間がかかったけど、途中途中でスミレさんと買食いしながら過ごした3時間はあっという間だった。
そして、目的地の海岸に着く。
「この保冷バッグに入り切らないくらい取りますわよーーっっ!!」
車にコレでもかと言うほど詰められた保冷バッグやクーラーボックスを手に、大はしゃぎで海岸へと走り出す。
若干砂っぽい駐車場を出ると、ようやくきれいな水平線を拝むことが出来た。なるほど、確かにヒオウギ貝がたくさん打ち上がっているようで、たくさんの人達が拾っている。
スミレさんは、海岸に着くなり急いでヒオウギ貝をクーラーボックスに詰める。
「これって、漁業権とか大丈夫なの?」
「大丈夫ですわ! もしダメなら土地ごと買い取るまででしてよ!」
久々のお金持ち発言に懐かしさを覚えながらも、僕も一緒になってヒオウギ貝を拾う。
「ヒオウギ貝って、昔はシーズンが違ったらしいよ。寒冷化の影響で9月にもとれるようになったんだって」
「そうなんですのね、さすが豆知識王! 3すみれポイントを差し上げますわ!」
「それはいいとして、これって本当に中身が入ってるの?」
1つを手にとって、手で無理やりこじ開けてみる。開いた瞬間に寿司屋でみるような貝の身が縮こまった。
「わ、入ってるよ・・・・・・」
「もちろん、中身が入ってないハズレもありますわ。重さで判断するんですのよ!」
「カードゲームのサーチみたいな感じなんだ・・・・・・」
それからも、僕達はたくさんの貝を拾って、無事に持ってきた容器が全ていっぱいになった。
「これで、心置きなく帰れますわね!!」
「レンタカーが生臭くならないといいけど・・・・・・」
レンタカーに取ったヒオウギ貝を全部のせた。日は暮れていなくて、まだ時間はありそうだ。
「すみれさん、心置きなく帰れるって、本当?」
「・・・・・・なんのことですの?」
「貝、一緒に探そっか」
そう言うと、すみれさんは顔をぱぁーっと明るくして、僕の手を握る。
「試験合格ですわ。1000すみれポイントを差し上げます」
この貝、というのは、ヒオウギ貝の話ではない。すみれさんと同棲を始めた時に約束したものだ。
『失礼しました、プレゼントですわね。わたくし、貝殻をボタンにしてコレクションしているので、一緒に貝を拾いに行きたいですわ。その旅行がプレゼントってことにしてもよろしいでしょうか?』
僕はスミレさんを連れて、再び海岸に繰り出した。ヒオウギ貝が打ち上がっている場所とはまた別の、人気のない場所だ。
僕らは、さっきと同じように、屈みながら、貝を拾っては捨て、拾っては捨てた。
「貴方のことですから、てっきり忘れているのかと思いましたわ」
「やだなぁ、初めてのプレゼントってことになるんだよ? 逆に一時も忘れられなかったよ。ほんとはさ、もっと県外とかにも行こうかと思ったんだよ。それこそモルディブみたいな海外もね。でも、僕はどこへいくかより、誰と行くかなのかなって。すみれさんとなら、どこに行っても最高の思い出になると思ったから」
「どこでも良かったと言われると、また複雑な気もしますけれど・・・・・・」
「もし満足してくれなかったら、また別の場所に行こうよ。そうやって、1回きりに固執するんじゃなくてさ、悩む暇があったらなにかをしたいって、最近気づいたんだ」
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
「あ、ヒオウギ貝。ここにも打ち上がってるんだね。殻だけだけど」
「それ、綺麗な赤色ですわね。それにしたいですわ」
「あはは、結局ヒオウギ貝か。あんだけたくさん取ったのに」
「わたくしの思い出ですわ。昔、ヒオウギ貝をバターで焼いたのを食べたことがありますの。それが本当に本当に美味しくて。もっと食べたいとわがままを言ったのですけれど、それから食べずじまい。でも、あの時食べたヒオウギ貝の貝殻は今でも実家の花壇に刺さったままのはずですわ」
「また食べようと思わなかったの?」
「それはそうなのですけれど、なんで、かと言われたら困りますわね」
なぜか、表情を曇らせる。
「きっと、食べたくなかったんですわ。あの頃食べた思い出の味、それは、思い出だったから輝いてるのであって、今また食べるとあの頃の思い出が消えてしまうような気がして」
「・・・・・・そっか」
「でも、斑鳩さんといっしょに拾ったんですもの、美味しくないわけないですわ」
「ここらで拾っただけの貝が、思い出の味に勝てるのかなぁ」
「まぁ、それもそうですわねっ」
2人、さっき拾った貝を眺めながら砂浜で波風を受けていた。
「すみれさん」
「なんですの?」
「もっと、昔の話聞かせてよ」
「これ以上はダメですわ。以前も言ったではありませんの、詮索したらすみれポイントは没収しますわよ~って」
「でも、聞きたいんだよ。すみれさんがどんな家庭で、どんな暮らしをしてたのか」
「・・・・・・それ、今のわたくしに関係のあることですの?」
空気がピリつく。それを分かってもなお、僕は問いかけた。
「なんで教えてくれないの? もう半年以上一緒に暮らしてきたじゃないか!」
「でしたら、その半年で知ったわたくしが全てですわ。それ以前のことなんて、関係ないんじゃなくて?」
「それに、謎もあるんだよ! あの日僕にくれた“いちかりん”の3Dモデル、締野うどんから出てきた初代VTuberアイ、それに、なんでトレンドVTuberでもない僕がバトルに参加できたのか・・・・・・!」
「それは、わたくしが手配した。ということにしておいてくださいまし」
「納得できないよ!」
・・・・・・。
突然、さっきまで心地よかった波風が不気味なほど寒く感じた、日が暮れたからだろうか。
「それ以上喋ったら、すみれポイント全部没収ですわ」
「それでもっ!」
僕はすみれさんの手を握り返し、目を見て訴えた。
「・・・・・・ずるいですわ」
「すみれさん・・・・・・」
「でも、わたくし、本当に嫌なんですの。今まで、この話をしてよかったことなんて一度もありませんから・・・・・・」
「僕を、信じてよ」
「・・・・・・」
すみれさんはなおも物憂げな表情のまま、僕にゆっくり話し始めた。
まずは、とても最近の話だ。
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
「ねぇ、お願いだよぉ。私をぶいちゅーばー? というのにしておくれよぉ」
「んだ、そうすれば、この寂れた村もまた活気を取り戻すにちげぇねえだ!」
・・・・・・。まただ、まただった。いつの間にか私の素性は知られている。
別にそこまで重大な事態でもない。ただ、小学校の時に友達に親のことが知られて以来、中学校、高校とわたるたびに友達が言いふらしている程度のことだ。だから、今回のこともその延長線上にすぎないのだが。
「頼むよぉ」
「すいませんが、わたしにそんな権限はありません」
私は、冷たく言い放つ。眼の前にいる人達が、とても不気味に見えた、怖かった。だからせめてもの強がりを見せた。
「話をしてくれるだけでいいんだ! お父さんに話しとくれよ・・・・・・。ほら、これ村で採れた野菜だ! 好きなだけ持ってってくれ!」
「困ります、VTuberになるには、しっかりとした手順と、受付窓口があります。普通の人と同じようにしてください」
「じゃあ、その手順とやら、受けるから、お父さんにその旨話しとくれ」
彼らが笑顔を崩すことはなかった。本心なのか、それとも老人特有のジョークのつもりなのか、それとも私を懐柔するための嘘の笑顔なのか。
私は、私の素性を知る人みんなの善意が怖い。
みんな、私を思っているんじゃなく、私への善意で自分にお返しが返ってくることを狙っているんじゃないかと。
信じられない。
だから、今日も虚勢を張る。
「あなたがたの、人同士の関わりを尊重する生き方は確かに美しいものです。ですが、コネクションが全ての世界に生きるがあまり、自分が努力することを学ばず、コネを広げることだけを考え、利益を貪り食っている。自分の価値を他人からの評価、他人とのつながりで測るあなたがたは、はっきり言って不快です」
私は、その場から逃げ出した。
やっぱり、現実世界は嫌だ。気持ち悪い。
だから、今日も私はVTuberとして、泡沫りんすとして、空の人間を演じた。
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
「おにいさま? 何を作っているんですか?」
「あぁ、これかい? 父さんのやっているVTuber事業を元に面白いことが出来ないかと、企画書を書いているんだ」
「少し見せてくださいましー」
パソコンに打ち込んでいたのは、VTuberバトルの文字だった。
「野球やサッカー、ボクシングやゴルフ。そして一昔前に流行ったeスポーツ。人同士競い合うスポーツは、人間の根幹だ! きっと、これならたくさんの視聴者が生まれ、たくさんの人達がVTuber事業に参戦するだろう。そしたら、僕は偉大な人間になるんだ! 新たなスポーツを作った人間として、教科書にのるんだよ!」
「きょうかしょにのるの!? すごいですわ! ぜひ叶えてくださいまし!」
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
「おにいさま~」
「どうしたの?」
「これってなんですの~?」
「さぁ、僕にはわからないや。きっと兄さんなら詳しいだろうね」
「ふーん・・・・・・」
わたしは、キーボードに触れてみる。すると、見覚えのあるキーボード配列が現れた。
「あー! これわかるー!」
これは、どうやって文字を打つものなのかが分からない。でも、お母さんにわたしの名前をうつ順番だけは教わっている。
「K・・・・・・A・・・・・・Rと、I、Nは2つ」
すると、空中に可愛い女の子の絵が浮かび上がる。
「お父さんの仕事かな?」
「わー! 見てー! かりんって書いてあるーー!!」
「いや、よく見てみてよ。かりんの前にいちって書いてある。これじゃいちかりんだね」
「なんでいちなんですの?」
「さぁ、番号なんじゃないかな。ほら、よくプロジェクトAとか、オペレーションEとか言うみたいにさ、これはきっと試作機1、みたいな感じなんだよ。多分」
「そーなんですのねー! だったら、いちかりんのほうがかわいいですわ!」
・・・・・・。
数年後
・・・・・・。
次男のお兄様がいなくなってからなのか、技術が進歩してからなのか。お兄様は不思議なことを口走るようになりました。
「所詮、人間なんて主観の生き物さ。他人に認められるかなんて関係ない、ただ、自分が幸せならどれだけ境遇が不幸だろうと幸せに生きるものなのさ。だったら、仮想の世界で幸せになればいい。みんな、全て」
「でしたら、なんでお兄様は結婚したんですの?」
「面白いだろ? 結婚、一度してみたかったんだ。でも、子育ては思ったより大変だね。僕には仕事のほうが向いてるってのを痛感したよ」
「もう! 何言ってるんですの! お兄様は結婚式、とっても笑顔でしたわ! 意地はってないで、ちゃんと子供の面倒を見ないと駄目ですの!」
「ふん、どうせ子供の頃の記憶なんて大きくなれば消えるんだ。物心ついたときから愛情を注いでも、遅くはないだろう?」
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
数年後
「僕、断捨離を始めたんだ」
「大切なことですわ」
「まずは子供を捨てたよ」
「・・・・・・え?」
「もう! やめてよねー! 殺したりするわけないだろう!? たださ、僕の奥さんも子育てで仕事に手がつかないようだったから、養育費だけ払ってどっかの人に丸投げしたんだよ!」
「そ、そんなこと許されると思ってるんですの?」
「お、そういうと思ったよ! そうそう、お前も断捨離するから!」
「え」
「だってさー! いてもなんの意味もないじゃん! というわけで、断捨離ね! でも、僕は優しいからちゃんと不自由しないだけのお金はあげるよ! ついでに、お父さんの持ってたVTuberデータもあげる! レアな初代AITuberアイと、お前がイタズラしたいちかりん!」
「ちょ、ちょっと待ってほしいですの! わたくし達家族ではありませんの!? 家族なら、一緒にいないとダメ・・・・・・」
「うるっさいなぁ、行き遅れのお嬢様がさぁ。自立しろよー。両親が実験中に死んで、兄の1人が行方不明になって、十分自立できるような環境になってるっているのに、全くダメだなお前はっ! 縁切り縁切り! えんがちょ! 断捨離断捨離―!!」
お兄様は壊れてしまった。
・・・・・・。
数カ月後
・・・・・・。
はぁ、わたくしはなんて無力なんでしょう。
今日もVTuber配信をやってますけれど、結局これに逃げてるだけですのよね。好き、とはまた別の感情ですわ。
その時、通知が来た。
トレンドVTuberへのランクアップが決定しました。
・・・・・・。惰性で続けていたからか、あまり実感は湧かなかったけれど、わたしはトレンドVTuberになった。
それから数日後、ホリィの事件が起きて、性別バレしたハルハルはネクステを卒業し、行く宛もなく彷徨っていた。
ハルハルは卒業した後もトレンドVTuber限定のサロンに出入りしているところを見たから、思い切って声をかけた。
『もったいない的な』
『は? なんだよお前』
『あっれぇー? あのころの電波的なハルハルはどこにいっちゃったのかなぁ!』
『うるせーよ。男があんなことやっても痛いだけだろ』
『でもさ、本当に中の人が男か女だけかで価値って変わるもの?』
『ん?』
『あーしらは、VTuberなの、VTuberとしての自分しか見せないわけ! だから、中の人が男でも女でも、カエルでもイクラでも、価値はあるんだよ!!』
『・・・・・・』
『特にハルハルはさぁ、男の子なのに女の子っぽい一面もあるじゃない? そこがギャップ萌えーっていうか? 今も完全男って感じのスタイルだけど、その可愛さと生意気さが合わされば最高の男の娘になれるよ!』
『お前、変なやつだな・・・・・・』
『まぁねー。伊達に死線はくぐってないっていうかー?』
始めは有名人に声をかけるくらいにしか思っていなかった。けれど、どこか自分自身と重なったのか、わたしは彼を励ます言葉ばかりを続けていた。
ハルハルは、復帰した。わたしのおかげ、らしい。しかし、ネクステ18期生はどっちみち自分しかいないということで、わたしと一緒にスカウトを受けに行った。結果、もざいぶ6期生の座を勝ち取るも、今年は不作やらなんやら言って、スカウトマンが2人しか選ばなかった。
『どーすんだよ! 試合まであと6時間だぞ!』
『任せて! あーしがなんとかする!』
『なんとかってなんだよ! トレンドVTuberをどうやって見つけるんだよ!』
『トレンドVTuberじゃなくても、なんとか出来る方法が、ある』
わたしは自分の部屋に戻ると、倉庫に眠っていたいちかりんのフルダイブマシンを引っ張り出した。
あとは、ここに入るふさわしい人を探すだけ・・・・・・。駅前なら人は多いかも・・・・・・。
スカウトするんですから、お願いしますと言ったんじゃ捕まらないだろう。圧倒的な自信を持って、“連れて行く”んだ。
わたしは、長年の偉い人たちとの関わりで身につけた人を見る勘を研ぎ澄ます。
だれがいい、だれがいい。
・・・・・・あそこの人がピンと来た。
ピンときたのは、まさに普通の人、なにがピンと来たのかは分からない。わからないけれど、わたしは自信を持ってすぐさま話しかけた。
「そこの貴方! 今、お時間は空いていますか!?」




