17話 終わる日常とバースデイ
「はぁ、幸せがどこからともなく跳びこんでこないかしら」
「なんだよ、藪から棒に」
1時間目が終わった後、晴人と律帆が話していた。
「なんていうか、こう日常以外の幸せが来ないかなって」
「今の生活になにか不満か?」
「そうは言ってないけど。ここのところたくさん努力して、努力した分の幸せは得てるつもりよ。でも、それ以上の幸せってないなぁって」
律帆はどこか憂鬱そうに頬杖をつきながら、窓辺を眺める。
「最近、特にそう思う」
ぼけぇーっとしていた藍が、なにやら話し込んでいる2人を見つけて駆け寄る。
「ねぇ、なんの話?」
「べつに何でもない、ただ幸せになりたいなってだけの愚痴よ」
「幸せじゃないの?」
「十分幸せ。ご飯食べて、ネットサーフィンして、十分に寝れるだけの時間があって。だけど、そういうことじゃないのよ」
「おやつ食べるとか?」
「そういうことじゃないわよ」
結局、話は何の進展もないままチャイムが鳴った。2時間目は理科で、晴人は真剣に聞き、藍は必死にノートをとり、律帆は寝ていた。
「以前の気象観測ではドロップゾンデと言われるものが使われていた。こういう形をしていて・・・・・・」
2時間目も終わり、律帆は目を覚ます。
「前から不思議だったんだが、なんでお前は授業が終わる2分前くらいにぱっちり起きれるんだ?」
「私が聞きたいわよ」
「ねぇねぇ、律帆ちゃん、さっき考えてたんだけどねっ。あ、もちろん授業は聞いてたよ! あの、それで言いたいのはね、私たちがなにか手伝えないかな? ってこと!」
「手伝う?」
「そうそう! パーティーとか開いたら盛り上がるんじゃないかな? って!」
「パーティー。そういえば、来週誕生日かも」
「誕生日!? それじゃあ誕生日パーティーしようよ! 私と晴人くんでがんばって考えるからさ!」
「勝手に巻き込むなよ・・・・・・。まぁいいけどさ」
「誕生日っていつ?」
「来週の土曜日、12月23日よ」
「クリスマス間近だな・・・・・・」
「だからかしらね、祝われたことなんてないわ」
「えっ!? うそっ! 誕生日祝ってもらえないの!?」
「まぁ仕方のないことよ。クリスマスにくっつければいいだけの話だし、ケーキも2回買わなくてすむでしょ?」
「それはそうだけど・・・・・・」
「でも、2人の気持ち、すっごく嬉しい。ありがと、じゃあ来週の土曜日にパーティーしてもらえる? って、こっちがなんか偉そうみたいだけど」
「ううん! いいよ!」
「遠慮気味に言われるよりよっぽどいい。乗り気なようでよかった」
「晴人くんも、やる気満々だね!」
「いや、お前が誘ったからだろ・・・・・・」
「誕生日会・・・・・・ね。いい響きね」
その日の夜。春人と藍はオンラインミーティングをしていた。
『うーん、誕生日パーティーになにがいるかな?』
『開催場所、食事、プレゼント・・・・・・って感じか?』
『最低限ってかんじだね』
『悪かったな・・・・・・それ以上は同性のお前に任せるよ』
『やっぱり、風船を沢山つけてぇー。ピンクのケーキでぇー』
『お前の誕生日会はいつもそんなにメルヘンなのか?』
『ううん? だけど、せっかくならねっ! そうだ! ピエロも呼ぼうよ!』
『あぁ、先が心配だ・・・・・・』
その日の話し合いで用意するものは決まった。後は会場である律帆の家を訪ねて、飾りつけの許可と物の配置を考える。
律帆から11~15時の間がバイトだという事を聞き出し、その間に訪問することにした。
11時、晴人は藍の家に行き一度合流した。2人で誕生日会の話をしながら歩いて律帆の家へ向かう。
「女の子の家、ドキドキする?」
「慣れてるっつーの」
春人がドアホンを鳴らすと、中から律帆の母親が出てきた。
「ん、おきゃくさん」
「こんにちは!」
「あの、律帆の友達です、今度家でパーティーするって話になって。家に入ってもいいですか?」
「もちろん、全然へいき」
「じゃあお邪魔しまーす!」
律帆のお母さんが扉を開けて手招くので、藍は遊園地に行くかのように駆け足で入っていった。
「そんな楽しいもんでもないだろ・・・・・・」
家に入ると、リビングに案内してもらった。椅子に座って待っていると冷蔵庫から冷えたトマトジュースがふるまわれた。
「ト、トマトジュース・・・・・・」
「すごく美味しい。飲んでみて」
「は、はい・・・・・・。んぐんぐ・・・・・・。あ、ホントだ美味しい」
「美容効果もある、最強の飲み物・・・・・・」
「なんか面白いお母さんだねっ! すごく若い人だし!」
かなり変わった人? 俺はそういうイメージだったのだが、藍はそんなイメージを持たなかったらしい。
2人が前に向きなおすと、トマトジュースを美味しそうに飲んでいる母の姿。
「そろそろ本題を、電話したと思うんですけど、来週の土曜日に誕生日会を企画してて、部屋を借りたいんです」
「うん、おっけ。でも、どうしようか悩んでる。うちでやる誕生日と一緒にするか、別にするか・・・・・・」
「え? 誕生日会するんですか?」
「あたりまえ。娘の誕生日会は楽しい・・・・・・。唐揚げたくさん」
「えーっと、律帆が誕生日を祝われたことがないって言ってたんですけど」
晴人が恐る恐る言う。
「がーん・・・・・・」
文字通り、がーんと表情を落ち込ませる律帆母。
「ちゃんとやってる、ほら、写真」
差し出されたスマホの画面には確かに誕生日会の写真が残っていた。
「これが去年。律帆の好きなT4ファージのアイシングクッキーを作った」
「あいつの趣味渋すぎだろ・・・・・・」
「なにこれ、アニメのキャラクター?」
「いや、ウイルスだよ」
「その前はコロナウイルス作った」
「あいつちょいちょいオタクっぽいとこ見せるけど、なかなかその詳細を話さないのは趣味がニッチだからか・・・・・・」
どの写真にも、なかなかクオリティーの高いアイシングクッキーと、律帆の笑顔が写っていた。
「でも、なんで祝われたことがないなんて言ったんだろ?」
「構ってほしかったのかも。自分が可哀そうだって思われたかったのかも」
「なんで?」
「・・・・・・うーん。でも昔から不幸アピールしてた。理由は分かんないけど、注意しても聞かなかったし、最近は言わなくなったけど、外じゃ言ってるのかも」
「難しい問題だな、今度それとなく聞いてみようか」
「うん、その方がいいよね。律帆ちゃんのためにも」
「・・・・・・。律帆は幸せ、こんないい友達を持てて。昔を思い出す」
「いやぁ、それほどでもないですよ~」
「おまえな」
「手伝えることがあったらなんでも言って、出来ることなら全部やる」
「おお! 頼もしいです!」
「お願いします!」
その日は律帆が帰ってくるまでの間、みっちり話し合った。その甲斐あって、3人全員がとてもいい誕生日会が出来上がることを確信した。
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
私の誕生日会をすることになってから1週間。いよいよ明日に迫った。
でも、あれ以降話は全く聞かない。もしかして、その場限りのもしも話だったのだろうか。確認しようにも、「明日って私の誕生日会であってるよね?」なんて聞けるわけがない。それで間違っていようものなら恥ずかしいことこの上ないし、あってたとしてもうざいって思われるだろうし。
最近こんなことばっかりだ、1週間のスケジュールが常に頭の中にこびりついていて、全く心が休まらない。
・・・・・・。あれ、そういえば。
メモ帳を確認する。
・・・・・・。明日バイトだ。
誕生日会のことは分かってたはずなのに、忘れててバイトのシフトを入れてた。バイトは一日中ある、どうしよう、バイトと誕生日会、どっちを優先するか。
やっぱり聞いた方がいいだろうか。明日は誕生日会をするのか否か。でも、聞けないし・・・・・・。
はぁ、なんでこんなめんどくさいことに・・・・・・。よりによってバイトの日程と誕生日会が重なるなんて。というか、なんで誕生日会のことを全く言わないのよ、1日中あけておいてなんて一言も言われてないし。1時間程度でやるのか、それとも1日中やるのかも分からない。でも誕生日会って1時間で終わるようなものだった気がする。あんまりはっきり覚えてないからわかんないけど。
あ、そうか、で結局バイトを休むか誕生日会に行かないかを考えないといけないのか。
悩んだ挙句、バイトの方を休むことにした。
バイトを休むという連絡を店にしたのだが、代わりを探すようにとの返信がきた。
代わりを探すの・・・・・・。今まで2回休んだけど、どっちもなあなあになってなんとかなったしなぁ。どうすればいいんだろ。とりあえず全員に連絡してみよう・・・・・・。
連絡するも、まったくレスポンスがない。70人ほどいるグループなのに、だれも返信をしない。
寝て起きたらなんとかなるだろうかと、その日は寝てしまった。けど、朝になっても連絡はない。
訳わかんない。なんでこうも誰も反応しないの? バカなの?
どうしようか、バイトが始まるまであと2時間、これでどうしろっていうんだろう。
とにかく店に電話をしてみた。
「あの、昨日から連絡してるんですけど・・・・・・」
「あぁ、そうやって全体に連絡してもだめだよ。みんな誰かがやってくれるだろうって思っちゃうからね」
なるほど、本来は誰か個人に連絡を送るのか。
「わかった、今回はこっちで探しておくよ。でも次はこうならないようにね」
こうならないようにねって・・・・・・。結局解決法は分からない。というか、そっちで探すのが普通、デフォルトでしょ。前にバイトで代わりを探す義務はないってネットで見たし。
はぁ、バイトの代わりを探すだけで12時間くらい使った。本当めんどくさい。
昨日はゆっくり寝れなったし、その分寝よう・・・・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
「遅いね、律帆ちゃん」
「起こしに行ってもいいけど、不機嫌になる」
「というか、今日バイトだったはずですよね? バイトに行く前に『お誕生日おめでとー』って言って、豪華な朝ごはん。帰ってきたら本番開始ってつもりでしたけど」
「あ、そうだ! 私たちが起こしに行ったら!? きっとびっくりして目も覚めるよ!」
「じゃあ藍、頼んだ。俺が言ったら通報される」
「そんなことされないよー。ほら!」
「どうすんだよ下着とか転がってたら」
「春人くんのえっち!」
「お前が誘うからだろ! こっちはリスクを考えてんだよ!」
「・・・・・・えっち。律帆の友達がこんなに変態だったとは」
「あのなぁ・・・・・・っ!」
どんどん。
「あ、階段の音・・・・・・」
「みんなスタンバイ!」
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
お腹すいた、なにかないかな。
リビングまで降りてきて、机の上を見る。
なにこれ、なんか豪華なごはんが・・・・・・。
「「「「お誕生日おめでとー!!」」」」
ぱんぱんっ!!
突然のクラッカーに腰を抜かす。
「ちょ、ちょっと!? えぇっ!?」
「えへへー。さぷらーいず!」
「律帆、サプライズで祝ってもらったことはないって話になってな」
「ねーちゃん起きて来るの遅いぞーっ!」
「アバンギャルド、いい感じ?」
「ど、どたまげたわ・・・・・・」
「なんだよどたまげたって・・・・・・」
「ふーん、なかなか面白いじゃない。一応言っておくけど、私今日バイト休んだから。あんたたちがまともに連絡しないせいで」
「そうだったの? ご、ごめん・・・・・・」
「でもいいわ、その分1日中楽しませてくれるんでしょうね?」
「あぁ、もちろんだ。テーブルゲームも色々持ってきたぞ!」
「バイト休んでよかったと思う、たまには息抜き必要、今日は1日中ゆっくり遊べる」
「それ、私がいってこそ成立する言葉だと思うけど。とにかく、朝ごはんよね」
「うんうん! みんなで食べよ! 私が作ったサンドイッチもあるよ!」
「唐揚げだーっ!! 朝から唐揚げだぜー!! ねーちゃんの分も食うからなー!」
「俺が作ったボルボックスの焼き印がしてあるぞ」
「ええ!? そんなの作れるの!?」
「まあな、AIアシスタントがいれば楽勝だ」
「その焼き印くれない?」
「もちろん、誕生日プレゼントその1だ」
「よくある手編みマフラーのプレゼントなんかより断然いいわ!!」
その言葉を聞いた藍が、なぜか泣きそうな顔をしている。
「うう・・・・・・」
泣き顔で渡されたプレゼントボックスの中には手編みのマフラーが入っていた。
「ご、ごめん! 余計なこと言っちゃった!!」
「まだ、まだ誕生日プレゼントはあるから・・・・・・。ぐすっ・・・・・・。そっちは気に入ってくれるかなぁ・・・・・・」
「いや! 手編みマフラーも最高よ! 冬だし! 今度受検の時はこれつけていくから!!」
「律帆ちゃんやさしい・・・・・・」
「ええ? これで優しいに分類されたら世界中優しい人だらけよ!?」
藍が鼻水を律帆の服に垂らしているとき、一歩引いたところで晴人と律帆母が話していた。
「律帆のやつ、前から思ってたけど謙遜ぐせがあるよな」
「・・・・・・何回言っても治らない」
「だからずっと幸せになりたいなんて言ってんじゃないのか? 幸せをまともに受け取らないから」
「そうかもしれない。子育ての参考にしてみる」
「だれかが教えてやらないとな。だけど、それはたぶん今じゃない」
そんなこんなで、楽しい時間はあっという間らしく、もう夜になってしまった。
「じゃあ最後のバラバラ文章ゲームにするぞ!」
「「「「はーい!」」」」
「律帆も、律帆のお母さんも弟も、すっかりノリノリだな。じゃあ、書いてくれ」
バラバラ文章ゲームは、それぞれが「誰が、どこで、なにを、なにしながら、なにした」という文章を作り、それを紙に書いて司会者が一節ごとに切り刻み、最後にランダムで引いて文章にするといったゲームだ。一応専用アプリもあるが、それでは味気ないということでアナログな方法でプレイしている。
「よーし、できた」
最後にふさわしいトンデモ文章が出来上がることを期待しながら、一同晴人の引く紙を見つめる。
「えーっと? 藍が、自宅で、扉を、ボーっとしながら、開いた」
・・・・・・。
「「「「地味―!!」」」」
「ねえもう一回やらない!? これが最後なの!?」
「まあこういうオチもいいんじゃないか? 次またやろうぜ」
「でもよかった~。律帆ちゃんが楽しんでくれて!」
「ええ、最高の誕生日だったわ。バイト休んで正解だった!」
「じゃあ、今から律帆を連れてバイト先に行くか!」
「やめなさいよぉっ! それだけは勘弁よっ!!」
あーはっはっは!
普段は澄ましている律帆だが、今日の誕生日会は心の底から楽しんでいた。
だから、最後のお別れの時も、やたら2人にべったりだった。母は2人にお礼を言った後、誕生日会の片付けで大忙しだったため、律帆が玄関先で2人を見送った。
「今日はホントに楽しかった・・・・・・。ねぇ、次はだれが誕生日近い?」
「私は3月だよ?」
「俺は5月だな」
「じゃあ3月は藍の誕生日会しない!? 今度は私と晴人でプロデュースするわ!」
「もう完全に誕生日会の虜だな」
「だって、こんなに楽しいイベント初めてよ! ただご飯食べながらくだらないボードゲームやってるだけなのに、遊園地に行くより何倍も楽しい!」
「・・・・・・ぐすっ」
藍が突然目をゴシゴシと擦る。
「え? なんで泣くのよ! 変なこと言った!?」
「いや・・・・・・。本当に楽しかったなーって。私たち、朝の時は不安だったんだけど、最後はこんなに楽しい楽しいって言ってくれてね、ほんとによかった・・・・・・」
「そ、そうね。私も楽しかったわ」
「名残惜しいが、そろそろ親も心配するから帰るな」
「うん、早く帰って、宿題もたくさんあるし、明日大変なことになるわよ」
「うわーん、宿題―!」
「さっきより泣いてるように見えるのは気のせいかしら・・・・・・?」
「まぁ気にするな」
「それじゃ、ね」
「うん! またね!」
「じゃあな、また月曜日」
そういって、律帆は2人を出来るだけ遠くまで見つめていた。
あ。
2人を見送ると、視界に白いものがよぎった。
雪だ。
肌寒い、冬も本番になったってことか。
突然、人の温もりを失って寒く感じた。
早く家に戻ろう。そう思い、後ろを振り返ると通行人とぶつかった。
「す、すいません!」
しかし、相手はそのまま無言で去っていった。
あまり人通りの少ない住宅街なので、少し不気味に戻りながらも、その不安は家に入るとさっぱり消えていた。
「ん、おかえり、ちゃんとありがとうって言った?」
「あたりまえでしょ」
「じゃあ先にお風呂入って。お母さんも片付け終わった後入りたいから。羽矢は宿題」
「へーい」
「はいはーい」
楽しかった時間が終わってしまったという喪失感を伴いながら、脱衣所で服を脱ぐ。律帆はいつもポケットに物を詰め込む癖があるので、先にポケットの中身を洗面台の横に置いてから湯船につかる。
「あぁ、すごい幸せって感じ。幸せの塊がお湯にゆっくり溶けていく気がする」
すっかり上機嫌な律帆は、湯船の中でずっと独り言をつぶやいていた。
ゆっくり湯船を堪能した律帆がお風呂を出て髪を乾かしていると、とあるものに気づいた。
なんだろう、これ。
それは、薬の錠剤だった。花粉症の薬やら頭痛薬ならカバンに入れて持ち歩いているが、これは見たことのないものだった。
「CAZML?」
CAZMLと書かれている怪しい雰囲気の薬だった。PTPシート1枚に8錠入っている。
どき
なんだろう、これ、気になる。
どき
もしかして、飲んだら幸せが舞い込んでくる魔法の薬だったりしないかな。
どき
どき
律帆は、調べる前にとりあえず1錠飲んでみることにした。ポケットに入ってた薬なんて、そんな危険な薬ってわけじゃないだろうし、と、錠剤を洗面台の水で飲みこんだ。
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
まぁ、そんなすぐに効果が出るわけがないか。
誕生日会で1日遊んですっかり疲れた律帆は、そのまま寝てしまうことにした。
ベッドに横たわり、仰向けに寝る。
天井だ。
天井。
天井が、そこにある。
天井。
・・・・・・・・・・・・。




