第9話 生徒会長は「オカルトなど存在しない」と言い張りながら、スタンガンを構えて震えている。
放課後。
木造の床がギシギシと鳴る旧校舎を、俺たちは進んでいた。
「いいですか。今夜こそ、あなた達の欺瞞を暴きます」
先頭を歩くのは、生徒会長の西園寺麗華だ。
左腕を三角巾で吊ったまま、右手には業務用スタンガン、腰には騒音測定器と電磁波測定器を装備している。
「……会長、ゴーストバスターズですか?」
「不審者対策および環境調査です。幽霊など非科学的な存在はいませんが、低周波振動による幻覚の可能性はありますから」
彼女は先日の一件を「集団催眠」と結論づけ、今日は「旧校舎の幽霊騒ぎを科学的に解明する」と言って、俺たちを強制連行したのだ。
骨折してもなお揺るがないそのメンタル、もはや恐怖すら感じる。
「ねー、ここホコリっぽいんやけど。鼻水出るわ」
最後尾のタマモは、マスクをして不機嫌そうについてきている。
その手には、なぜか100均で買ったパーティー用のピコピコハンマーが握られていた。
「なんでピコハンなんだよ」
「え? 幽霊とか殴れば治るやろ」
「物理が効く相手ならいいけどな……」
俺は周囲の気配を探った。
……嫌な感じだ。
ただの浮遊霊じゃない。もっと粘着質で、歪んだ気配が漂っている。
一行は、もっとも幽霊が出ると噂される「音楽室」の前で立ち止まった。
中から、ジャーン……ジャーン……と、不協和音が聞こえてくる。
「ピアノの音です! 数値反応あり!」
麗華が測定器を見て叫ぶ。
彼女は躊躇なくドアを蹴り開けた。
バンッ!
月明かりが差し込む音楽室。
そこには――誰もいなかった。
だが、グランドピアノの鍵盤が勝手に沈み込み、デタラメな旋律を奏でている。
「自動演奏機能の誤作動ですね」
「このピアノ、昭和初期の木製ですけど!?」
「では、ネズミが集団で鍵盤の上を走り回っています」
「無理があるだろ!!」
その時だ。
キィィィィィィィン……!!
不快なモスキート音が、脳内に直接響いてきた。
「うっ……!? 耳が……!」
「きゃあああっ!?」
俺と麗華が耳を押さえる。
だが、一番ダメージを受けたのはタマモだった。
「いっ、たぁぁぁぁッ!!??」
タマモが悲鳴を上げ、その場にうずくまる。
彼女の頭上に、隠していたはずの「狐耳」が飛び出した。
獣の聴覚を持つ彼女にとって、この高周波は人間以上に突き刺さるのだ。
「タマモ!」
俺が駆け寄ろうとした瞬間、ピアノの上空に黒い霧が集まり、巨大な「口」の形を成した。
『聴ケ……! 演奏ヲ……聴ケェェェェ!!』
口から放たれたのは、物理的な衝撃波を伴う「音の塊」だった。
ガラス窓が一斉に割れ、譜面台が吹き飛ぶ。
「お、音圧!? いや、これは共振現象による衝撃波……!」
麗華が震えながらもスタンガンを構えるが、相手は実体のない「音」だ。電流は通じない。
タマモがピコハンを振るおうとするが、激痛で立ち上がれない。
「あかん……耳、聞こえへん……平衡感覚が……!」
タマモがふらつく。
まずい。このままじゃジリ貧だ。
この悪霊は、かつて演奏会で失敗した生徒の無念か?
いや、今は分析している場合じゃない。
(タマモは聴覚が弱点だ。なら、俺がやるべきことは一つ!)
俺は懐から呪符を三枚取り出し、タマモと麗華の前に投げた。
「急々如律令――『静寂結界』ッ!!」
ブォン。
空間が歪み、俺たちの周囲に透明なドームが展開された。
その瞬間、あの不快な高周波と轟音が、プツリと遮断される。
「え……? 音が、消えた?」
麗華が目を見開く。
俺は冷や汗を流しながら叫んだ(結界内なら声は届く)。
「音を遮断する結界です! でも長くは持たない! こいつの本体は『音』そのものです。音が響かない真空状態に近いこの結界内なら、奴は実体化せざるを得ない!」
俺の読み通り、音を封じられた黒い霧が、苦し紛れに凝縮し始めた。
人の形――醜悪なピアニストの姿へと変わる。
「今だタマモ! 音がなければお前の独壇場だ!」
耳の痛みが引いたタマモが、バッと顔を上げた。
その瞳に、怒りの炎が宿る。
「あいつか……ウチの自慢の耳をいじめやがって……!」
タマモが地面を蹴る。
速い。
音のない世界を、金色の稲妻が走る。
実体化した悪霊が慌てて衝撃波を撃とうとするが、結界の中では音が出ない。
「音痴な演奏は終わりや! これでリズム刻み直せオラァッ!!」
タマモはピコピコハンマーに莫大な妖力を込めた。
おもちゃのハンマーが、黄金に輝くウォーハンマーに見える。
パコォォォォォォォン!!!!!
間抜けな音が、結界内だけに響き渡った。
だが威力は絶大だ。
ハンマーの一撃を受けた悪霊は、ボールのようにひしゃげ、音楽室の壁を突き破り、夜空の彼方へとホームランされた。
キラーンと星になって消える。
「……ふぅ。スッキリした」
タマモがピコハンを回してホルスター(スカートのベルト)に収める。
俺は結界を解いた。
静寂が戻った音楽室には、破壊された壁と、へたり込む生徒会長だけが残された。
「……解決、ですね」
俺が息を切らして言うと、麗華は震える手でメガネを直した。
「……ガス爆発です」
「はい?」
「校舎裏のガス管が老朽化し、特定周波数のガス漏れ音が発生。その爆発音で壁が吹き飛びました。極めて科学的です」
「会長、もう無理ですって」
麗華は涙目で俺を睨んだ。
「ガス爆発です!! いいですね!! お化けなんていません!!」
彼女の強靭な現実逃避能力には、ある種の畏敬の念すら覚える。
俺たちは顔を見合わせ、苦笑した。
***
帰り道。
俺はふと、ある違和感に気づいて足を止めた。
「……あれ?」
前を歩くタマモとの距離。
10メートル以上離れている。
いつもなら、激痛でのたうち回っている距離だ。
「おいタマモ。痛くないのか?」
「ん? あー……そういえば」
タマモが自身の肩を見る。
そこにあった契約印の「鎖」の文様が、薄く肌に馴染んでいた。
「さっきの戦闘でさ、晴人の結界とウチの妖力が混ざったやん? なんかその時、ガチッて噛み合った感じしたんよな」
「……魂の波長が同調した、ってことか」
俺は自分の右腕を見た。
これまで「強制的な鎖」だった契約が、俺たちの連携によって「信頼のパス」へと進化した証拠だ。
「へへっ、これでトイレもコンビニも自由やん! やったー!」
「お前、それが一番嬉しいのかよ……」
タマモは無邪気に笑ってスキップしている。
俺も、少しだけ軽くなった右腕を撫でた。
主従というより、相棒。
少しずつだが、俺たちは前に進んでいる。
――そう思っていた。
***
その夜。
俺のスマホの画面が、突然ノイズと共に暗転した。
『警告:システム侵入を検知』
赤い文字が画面を埋め尽くす。
故障か? いや、これは――術式によるハッキングだ。
画面が切り替わり、一枚の写真が表示された。
それは、今この瞬間、破壊された土御門本邸の結界の写真。
『土御門晴人。および個体名タマモ』
無機質なテキストが流れる。
『遊びは終わりだ。ボクが直々に回収に行く』
送信者は不明。
だが、その文面から漂う冷徹な殺気は、これまでの妖怪や悪霊とは次元が違った。
(……本物の「術者」が、来た)
学園の騒がしい日常は、唐突に終わりを告げようとしていた。
(第10話へ続く)




