第6話 式神教育のために「絶対命令権」を使ったら、愛が重すぎて国が傾きかけた。
廃病院での除霊配信から数日が経った。
土御門家の玄関には、毎日山のような段ボール箱が届いていた。
「あ、それウチの新しいカラコン。あと着圧ソックスと、美顔ローラーね」
畳の上でスマホをいじりながら、タマモが指示を飛ばす。
俺は配送業者のように荷物を運び込みながら、額に青筋を浮かべていた。
「おい……いくらスパチャで稼いだとはいえ、使いすぎだ。それに、妖気が漏れてるぞ! 隠蔽結界からはみ出してる!」
タマモの無自覚な妖気放出により、近所の犬が吠え続け、カラスが異常発生している。このままでは近隣住民に通報され、陰陽師としての立場が危うい。
「は? 細かいこと気にしすぎやし。ウチ、大妖怪やで? オーラ隠すとか無理ゲー」
「隠せと言ってるんだ! 制御しろ!」
「嫌や! 今、TikTokの撮影で忙しいねん! 邪魔すんな陰キャ!」
ドォン!!
タマモが尻尾を振り回し、俺を襖ごと吹き飛ばした。
物理的な痛みと共に、俺の中で何かが切れた。
(……ダメだ。このままじゃ、いつか取り返しのつかない騒ぎになる。主として、一度ガツンとわからせないと)
俺は懐から、一冊の古びた書物を取り出した。
祖父の書庫の奥深くに封印されていた『式神使役の極意書』。
そこには、契約した式神を強制的に従わせる「絶対命令」の呪文が記されている。
(本来は禁じ手だ。だが、今の暴走状態を止めるにはこれしかない……!)
俺は意を決して、タマモに向き直った。
「タマモ! いい加減にしろ!」
「あー? まだなんか文句あ――」
「――我、主として命ず。土御門の血盟に従い、我が言葉を魂に刻め。急々如律令!!」
俺の右腕の紋章がカッと赤く発光する。
同時に、タマモの身体が黄金の鎖のような光に包まれた。
「うわっ、なにこれ!? 身体が……動かへん……!?」
「成功だ……! これでお前は一時的に、俺の命令に逆らえない!」
タマモが驚愕の表情で俺を見る。
俺は震える声で、しかし毅然と告げた。
「タマモ、これはお前のためだ。少しは慎み深くなれ! 清楚で従順な、大和撫子として振る舞え!」
俺の命令が、光となってタマモの魂に浸透していく。
タマモの動きがピタリと止まる。
抵抗していた妖気が、急速に収束していく。
「……あ?」
タマモが顔を伏せたまま、ゆらりと立ち上がった。
成功か?
俺が固唾を飲んで見守っていると、彼女はゆっくりと顔を上げた。
派手な金髪とギャルメイクはそのまま。
だが、その瞳から「ハイライト」が消えていた。
まるで深淵のように、暗く、重い瞳。
彼女は三つ指をついて、その場に深々と平伏した。
「――承知いたしました。我が君」
その声は、静かで――背筋が凍るほどに艶やかだった。
「……え?」
タマモが顔を上げる。その表情は、仏のように穏やかで――狂気的な慈愛に満ちていた。
「申し訳ありんせん。わっちとしたことが、現世の悪しき文化に毒されておりましたようで……。これよりは、身も心も、魂の髄まで我が君に捧げ尽くしまする」
言葉遣いが変わった。いや、時代設定が戻った!?
タマモはしなしなと立ち上がると、俺にすり寄ってきた。
距離が近い。いつものゼロ距離ではない。マイナス距離だ。
「我が君、顔色が優れませんね。……誰ぞに、煩わされましたか?」
タマモの視線が、窓の外へ向く。
そこには、ただ日常の住宅街が広がっているだけだ。
「あの犬の鳴き声……あの車の音……全てが、我が君の安眠を妨げる雑音ですね?」
「お、おいタマモ? 何を言って……」
「消して差し上げましょう。我が君の世界には、わっちと君様だけでよいのです」
ゴォォォォォ……。
タマモの背後から、どす黒い黄金のオーラが立ち昇る。
九本の尾が出現する。だが、いつもの神々しさはない。禍々しい、破壊のエネルギーだ。
「ちょ、待て! 何をする気だ!」
「国崩し(・・・・・)ですよ。かつて、わっちを愛した帝のためにそうしたように……この街を更地にして、二人だけの愛の巣を作りましょうぞ♡」
本気だ。
俺は思い出した。
九尾の狐伝説。殷の紂王をたぶらかし、鳥羽上皇を愛で壊した、傾国の美女。
彼女にとって「従順」とは、「主のために世界を滅ぼすこと」と同義なのだ!
「やめろ! 中止だ! 命令解除!」
俺は叫ぶが、タマモはうっとりとした顔で聞き流す。
絶対命令が、「愛」という名の暴走スイッチを押してしまったせいで、制御が効かない!
「まずは邪魔な家々を焼き払いましょう。狐火で、綺麗に、綺麗に……」
タマモの手に、巨大な火球が生成される。
あれを放てば、この一帯は火の海だ。
「やめろぉぉぉッ!!」
俺がタマモに飛びつこうとした、その時だ。
ダンッ!!!
離れの扉が蹴破られた。
「馬鹿者ッ!!」
雷鳴のような怒号。
飛び込んできたのは、息を切らせた祖父だった。
「じ、爺ちゃん!?」
「術式強制解除!! 急々如律令!!」
祖父が数枚の呪符を投げつける。
呪符はタマモの額と四肢に貼り付き、青白い光を放った。
「キャァッ!?」
タマモが悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちる。
手のひらの火球が霧散し、背後の禍々しいオーラも消え失せた。
「……はぁ、はぁ……間に合ったか……」
祖父が脂汗を流しながら、膝をつく。
凄まじい霊力の奔流を感じて、本家から全力疾走してきたのだ。
タマモが、ピクリと動いた。
ゆっくりと顔を上げる。
その瞳には、いつもの光が戻っていた。
「……え? ウチ、なんで床に……?」
タマモは状況が掴めず、キョトンとしている。
だが、次の瞬間、自分の手が震えていることに気づいた。
「……なんか、すごい怖かった……」
「え?」
「意識はあるのに、身体が勝手に……世界中を燃やさなきゃって……そんな衝動が……」
タマモが青ざめた顔で、自分の身体を抱きしめる。
俺は、血の気が引いた。
俺の安易な命令が、彼女の奥底にある「怪物の本能」を引きずり出し、彼女自身を恐怖させてしまったのだ。
「……晴人」
祖父が、低い声で俺を呼んだ。
その目は、今まで見たことがないほど厳しかった。
「お前は、禁忌を犯した」
「……はい」
「絶対命令は、式神の自我を奪う術だ。だが、九尾のような大妖怪にそれを使えばどうなるか……想像できなかったのか?」
「……浅はかでした。ただ、言うことを聞かせようと……」
「それが慢心だ!」
祖父が一喝する。
「式神は道具ではない。心を持つ相棒だ。心を力でねじ伏せれば、いずれその歪みは災厄となって返ってくる。……今のようにだ」
俺は言葉も出ず、ただ頭を下げた。
タマモを見る。彼女はまだ震えている。
「……ごめん、タマモ」
俺はタマモの前に座り込んだ。
「俺が悪かった。お前が言うことを聞かないからって、力で解決しようとした俺が最低だった」
「……」
「怖かったよな。……本当に、ごめん」
タマモはしばらく俺を見ていた。
それから、小さく息を吐き、いつもの調子を取り繕うように笑った。
「……バカ晴人。マジでビビったし」
彼女の声は、まだ少し震えていた。
「でもまあ、ウチの暴走止めてくれたんはお爺ちゃんやけど……晴人も、必死に止めようとしてくれてたんは聞こえてたから。今回はチャラにしたる」
「……ありがとう」
タマモは立ち上がり、パンパンとスカートを払った。
「その代わり、詫びとして新作のコスメ買ってな。デパコスな」
「……わかった。全部買う」
俺は約束した。
今月の小遣いは消滅するが、彼女の信頼を取り戻せるなら安いものだ。
「爺ちゃんも、すみませんでした」
「ふん。わかればいい」
祖父は息を整え、立ち上がった。
「だが、屋敷の結界が緩んでおる。タマモの妖気が漏れたせいじゃ。……晴人、今夜はお前が徹夜で修復しろ」
「えっ」
「罰じゃ。文句あるか?」
「……ありません」
祖父は厳しく、しかしどこか安堵したような顔で、母屋へと戻っていった。
部屋に残された俺とタマモ。
気まずい沈黙が流れるかと思ったが、タマモがスマホを取り出し、俺に見せてきた。
「見てこれ。さっきの騒ぎで『謎のオーラ出現!?』ってトレンド入りしとる」
「うわ、マジか……」
「でも『CGじゃね?』って意見が大半やな。ギリセーフっしょ」
タマモはケラケラと笑う。
その笑顔を見て、俺は心の底から安堵した。
従順な大和撫子より、この騒がしくて生意気なギャルのほうが、何倍もマシだ。
「よし、結界修復するか」
「頑張りやー。ウチは寝るけど」
「手伝えよ!」
こうして、俺たちの「主従関係」は、少しだけ「対等な相棒」へと近づいた。
力による支配ではなく、信頼と、少しの借金で繋がった関係へ。




