第5話 心霊スポットで除霊配信したら、 "神CG" すぎてバズり散らかした。
数日後。土御門家の茶の間にて。
俺は電卓を叩きながら、冷や汗を流していた。
「……金が、ない」
通帳の残高は、もはや氷河期のように寒々しい。
先日のカラオケ店の弁償代(窓ガラス破損)、そしてタマモがコンビニで買い食いするお菓子代、さらに彼女が勝手に契約した動画配信サブスク代。
これらがボディブローのように家計を圧迫していた。
「ねー晴人、暇なんやけど。原宿行こーや」
隣でスマホをいじっている元凶が、脚をパタパタさせながら言う。
「行けるか! お前のせいで我が家は破産寸前だ!」
「えー、ウケる。貧乏とかキャラじゃないし」
「キャラじゃない、現実だ!」
その時、俺のスマホに一通のメールが届いた。
古くからの馴染みの不動産屋からの依頼だ。
『市内の廃病院に巣食う悪霊の退治求む。報酬5万円』。
安い。命がけの仕事にしては安すぎる。だが、今の俺に選ぶ権利はない。
「……やるぞ、タマモ」
「あー? パシリ?」
「仕事だ。現金を稼ぐぞ」
深夜1時。
市街地から外れた山奥にある、廃病院の正門前。
「立ち入り禁止」のテープが風に揺れ、不気味な気配が漂っている。
「うわ、雰囲気ある~! ここ、有名な心霊スポットやん!」
タマモは怖がるどころか、目を輝かせていた。
その手には、自撮り棒に取り付けた最新のスマホ。さらに、どこから調達したのか、小型のLEDリングライトまで装備している。
「ねえ晴人、ここ電波バリ3やし、配信してええ?」
「はあ? バカ言え。不法侵入で通報されるし、お前の正体がバレたら――」
「えー、でも除霊とか絶対バズるネタやん。スパチャ(投げ銭)でお小遣い稼げるかもよ?」
その言葉に、俺の電卓脳がピクリと反応した。
スパチャ。現代の錬金術。
「……待て。そのまま配信するのは許可できない」
俺は懐から数枚の呪符を取り出し、タマモのスマホと、俺たち自身の衣服に貼り付けた。
「急々如律令――『認識阻害』および『座標隠蔽(GPSジャマー)』ッ!」
スマホの画面が一瞬歪み、フィルターがかかる。
「なんだこれ、私の顔がちょっと加工されてる?」
「ネット特定班を舐めるな。顔の細部と背景の特徴を曖昧にする術式だ。これなら『顔の似たコスプレイヤー』で言い逃れできるし、場所の特定も防げる」
俺はさらに、小型の紙人形(式神)を数体飛ばした。
「この式神たちをドローンカメラ代わりにする。多角的なアングルで撮れるし、万が一の身バレも防げる」
「うわ、晴人キモいくらい用意周好やん。さすが陰キャ」
「プロの仕事と言え!」
タマモはニカッと笑い、配信アプリの「開始ボタン」を押した。
「こんたま~! 最強JKタマモちゃんやでー! 今日はね、彼ピ(仮)と一緒に廃病院に来てまーす!」
視聴者数:5人。
まあ、深夜の底辺配信なんてこんなものだ。
『うぽつ』
『彼ピって後ろの裏方?』
『深夜に廃病院とか度胸あるな』
タマモはコメントを拾いつつ、廃墟の中へと足を踏み入れる。
俺はカメラ制御(式神操作)と周囲の警戒に集中する。
院内はカビと腐敗臭が充満していた。
そして――いた。
手術室の奥。暗闇の中に、血にまみれた白衣の女が立っている。
「……アァ……アァァ……」
怨念のこもった呻き声。本物の悪霊だ。
『え、奥になんかいない?』
『仕込み乙』
『役者さん?』
コメント欄が少しざわつき始める。
「タマモ、構えろ! 来るぞ!」
「おっけー。みんなー、ここからアクションシーンやでー!」
悪霊が獣のような咆哮と共に襲いかかってきた。
鋭いメスが数本、弾丸のように飛来する。
タマモはスマホを持ったまま、ダンスを踊るように華麗に回避した。
「ちょ、お姉さん! 凶器攻撃とか反則っしょ!」
「遊ぶな! 祓え!」
俺は式神を操作し、迫力のあるアングルを確保する。
同時に、視聴者には「本物の霊障」に見えないよう、あえて照明を派手な色に明滅させる術を使った。
これで「凝った演出」に見えるはずだ。
『動きすげえ!』
『カメラワーク神かよ』
『エフェクト凝ってるなー』
視聴者数が30人、50人と増えていく。
「……コロス……コロス……!」
悪霊が巨大化し、天井を突き破るほどの大きさになった。
タマモは「ちっ、デカすぎ」と舌打ちすると、スマホを俺(正確には浮遊する式神)に向けた。
「晴人、ここが見せ場や! 盛れる角度で撮ってや!」
「注文が多い!」
タマモが両手を広げる。
その背後から、九本の黄金の尾が出現した。
隠蔽術式を通しても隠しきれない、圧倒的な神々しさ。
『えっ』
『CG?』
『今のどうやって出したん?』
『クオリティ高すぎて草』
コメントの速度が加速する。
どこかのインフルエンサーが拡散したのか、同接が一気に1000人を超えた。
「リスナーのみんな~! 必殺技いくよー! スクショタイム☆」
タマモが跳躍する。
九本の尾を束ね、巨大なハンマーのように形成する。
「必殺! 映え映え(バエバエ)・フォックス・クラッシュ!!」
ズドォォォォォォン!!!
廃病院が揺れた。
尾の一撃は悪霊を直撃し、そのまま床を突き破り、一階下の霊安室まで叩き落とした。
悪霊は光の粒子となって消滅する。
……静寂。
もうもうと立ち込める粉塵の中、タマモが着地し、ウインクを決める。
「はい、お祓い完了~!」
その瞬間。
画面が埋め尽くされた。
『ファッ!?』
『今の演出ヤバすぎ』
『ハリウッド映画かよ』
『¥1,000 神回』
『¥10,000 CG班にボーナスあげて』
スパチャの嵐。
「神CG」「演出凄すぎ」という誤解と共に、万札が飛び交っている。
その総額、ざっと見ただけで……10万? いや、まだ伸びている。
「うそ……だろ……?」
命がけの依頼報酬(5万円)より、数分間の配信のほうが稼いでいる。
俺は複雑な気分で天を仰いだ。
「おっしゃー! 焼肉! 焼肉!」
タマモは上機嫌で配信を切った。
俺はため息をつきつつ、式神たちを回収した。
……まあいい。認識阻害は完璧だった。
あくまで「ハイクオリティなCGドラマ」として処理されたなら、陰陽師の掟にも触れないはずだ。
「……タマモ。その金だが」
「ん? あげへんで?」
「違う。家の修繕費と、お前の食費として徴収する。……これは、俺のマネジメント料だ」
「えー、ケチー」
俺は少し強がって言った。
プライドはある。だが、背に腹は代えられない。
こうして俺たちは、奇妙な「ビジネスパートナー」としての第一歩を踏み出した。
***
深夜3時。土御門家の敷地に帰宅。
俺とタマモが忍び足で離れへ向かおうとすると――。
「……お兄ちゃん? タマモちゃん?」
母屋の縁側に人影があった。
美月だ。
パジャマ姿で、腕を組んで仁王立ちしている。
「ゲッ、美月……」
「こんな時間までどこ行ってたの? 心配して待ってたんだよ!」
美月がツカツカと歩み寄ってくる。
その矛先は、俺に向けられていた。
「タマモちゃんも! まだ未成年(見た目)なんだから、こんな夜更かしはお肌に悪いですよ!」
美月はタマモの服についたホコリを払いながら、心配そうに言う。
完全に「悪い兄に連れ回された可哀想なタマモちゃん」という構図だ。
「あ、美月っち! ごめんなー! ウチら、今撮影してきたんよ!」
「撮影?」
タマモがスマホの画面(さっきのアーカイブ動画)を見せる。
そこには、黄金の尻尾を振り回すタマモの姿。
「……これ、タマモちゃん? この尻尾、なに?」
「そ、それはだな! 最新のAR技術だ!」
俺は慌てて割り込んだ。
「今流行りのVチューバー的なやつだ! 俺が技術スタッフとして、タマモのモデル作成を手伝ってたんだよ! 背景の廃病院も全部CGだ!」
「ふーん……。すごい技術だね、まるで本物みたい」
美月は感心したように画面を見ていたが、すぐに俺を睨んだ。
「でも、だからってこんな深夜まで連れ回すことないでしょ! タマモちゃん、疲れてる顔してるじゃない!」
「そーなんよー美月っち。晴人ってば人使い荒くてさー。ブラック企業やわー」
「お前な……!」
「やっぱり! お兄ちゃん、タマモちゃんに無理させないでね!」
美月はタマモの手を取ると、優しく言った。
「タマモちゃん、汗かいたでしょ。母屋のお風呂沸いてるから、入ってきなよ。シャンプー、私の使っていいから」
「マジ? 美月っち神~! 愛してる!」
タマモは俺に「べーっ」と舌を出して、美月と腕を組みながら母屋へと歩き出した。
「じゃあな晴人ー。ゆっくり寝ろよー」
タマモが俺から離れていく。
1メートル、3メートル、5メートル――。
バチィッ!!!!
「いったぁぁぁぁっ!?」
「ぐあああっ!?」
俺とタマモは同時に悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。
全身に電流が走るような激痛。契約の鎖の発動だ。
「えっ、きゃあっ!? 二人ともどうしたの!?」
「い、痛……忘れてた……離れられへんのやった……」
タマモが涙目で俺を見る。
そうだ。俺たちは物理的に離れられない運命共同体なのだ。
「離れられない……? どういうこと?」
美月が不審そうに眉をひそめる。
俺は脂汗を流しながら、必死に言い訳を考えた。
「そ、それはだな! ARの……同期設定だ!」
「同期?」
「今の撮影機材は、俺のスマホとタマモの衣装がBluetoothでペアリングされてるんだ! 距離が離れると、エラー警告で……その、不快な高周波が流れる仕様で!」
「なにその欠陥仕様……」
美月は呆れた顔をしたが、タマモが俺の袖を掴んで懇願した。
「そーなんよ美月っち! だからウチ、晴人の近くにおらんとアカンの! でも風呂は入りたい!」
美月は深いため息をついた。
「……はぁ。わかったわよ」
彼女はゴミを見るような目で俺を見た。
「じゃあお兄ちゃん、脱衣所の『外』の廊下で待機してて。絶対に中を覗かないでね。覗いたら通報するから」
「じ、実の兄に向かって通報って……」
「当たり前でしょ! さ、行くよタマモちゃん」
***
数十分後。
俺は母屋の廊下で、脱衣所のドアの前に体育座りをしていた。
中からは、キャッキャと女子二人がはしゃぐ声と、シャワーの音が聞こえてくる。
「美月っちのシャンプーええ匂い~」
「でしょ? ……ねえタマモちゃん、お兄ちゃんに変なことされてない?」
「んー? 晴人はヘタレやから大丈夫~」
「聞こえてるぞ……」
俺は膝に顔を埋めた。
壁一枚隔てた向こうで、美少女二人が入浴している。
だが、俺にあるのは色気あるシチュエーションではなく、「妹に軽蔑されながら廊下で待機させられる変質者」というレッテルだけだ。
とりあえず、正体バレは回避した。資金も確保した。
だが、兄としての威厳と、陰陽師としての品格は、完全に消滅した。
俺は虚空を見つめながら、深く、深く溜め息をついた。
(第6話へ続く)




