第4話 西洋の退魔師(エクソシスト)が来たけど、カラオケのマイクで返り討ちにした。
放課後。
俺とタマモは、駅前のカラオケボックスの薄暗い個室にいた。
「いっえーい! 揚げ物盛り合わせキタこれ! テンションあがるぅ~!」
タマモがタンバリンを叩きながら歓声を上げる。
俺は部屋の隅で縮こまりながら、参考書を広げていた。
「……なぁ、帰らないか? 俺は予習がしたいんだ」
「はあ? 学校終わったらカラオケやろ。これJKの義務教育やから」
タマモはデンモクを高速で連打し、マイクを握った。
「聞いてください、西野カナで『トリセツ』」
曲が始まる。
彼女が歌い出した瞬間、部屋の空気がビリビリと振動した。
上手い。悔しいが、プロ顔負けの歌唱力だ。
だが問題はそこではない。彼女がサビで声を張り上げるたびに、個室の防音壁が悲鳴を上げ、ドリンクの水面が激しく波立つのだ。
言霊の力が強すぎて、ただのラブソングが物理攻撃(振動波)になっている。
(頼むから本気で歌うな……建物にヒビが入る……)
俺がとっさに防音用の簡易結界を張ろうとした、その時だった。
カチャリ。
ドアの鍵が、勝手に開いた。
店員ではない。ノックもなしに、静かにドアが開く。
「……見つけたぞ。極東の異教徒たちよ」
入ってきたのは、純白のスーツに青いマントを羽織った男だった。
手には薔薇の花。腰には細身のレイピア。
キザな風貌だが、その全身から放たれる魔力は本物だ。
「誰だ、あんた」
俺が警戒して立ち上がると、男は優雅に一礼した。
「我が名はアルヴィン。西洋魔術結社『銀の翼』所属、第一級エクソシストだ」
アルヴィンと名乗る男は、懐から杖を取り出し、軽く振った。
「――『沈黙の結界』」
フワッ、と部屋の空気が変わった。
外部の音が完全に遮断され、個室が異空間のように隔離される。
(……やるな。店員や他の客に気づかれないよう、一瞬で防音結界を張ったのか。手慣れている)
俺は敵の力量を分析し、冷や汗を流した。ただの変質者じゃない。プロの術者だ。
「土御門家が『最強の式神』を召喚したと聞き、視察に来たが……なんだその堕落した姿は。揚げ物の匂いをさせ、下俗な歌に興じるとは」
アルヴィンはタマモを見下し、鼻で笑った。
「そんな腑抜けた陰陽師に、この街の管理は任せられん。私が引導を渡してやる」
彼の杖先に、青白い電撃が収束していく。
本気だ。この狭い個室で攻撃魔法を撃つつもりか。
「待て! ここで撃てば店が――」
「知ったことか。異教の建物など、浄化の炎で燃え尽きるがいい!」
「――あー、ちょっと」
気だるげな声が、俺とアルヴィンの会話を遮った。
キィィィン……。
鋭いハウリング音が響く。
タマモだ。
彼女はマイクのスイッチを入れたまま、スピーカーに向かってノイズを走らせていた。
「……なんだ貴様は。私は今、神聖なる宣告を――」
「うっせーな。いま採点中やったんやけど」
タマモは不機嫌そうにモニターを指さした。
画面には『演奏停止』の文字。
アルヴィンの魔力干渉によって、カラオケ機材がエラーを起こしたのだ。
「ウチの90点台確定のビブラート、どーしてくれんの?」
「黙れ小娘。怪我をしたくなければ――」
アルヴィンが杖を向けた瞬間。
俺は瞬時に反応した。
(マズい……タマモがキレる! あいつがここで暴れたら、アルヴィンどころか店ごと吹き飛ぶ!)
俺は懐の呪符をばら撒き、全力で印を結んだ。
「急々如律令――『四方封殺・防壁展開』ッ!!」
俺の結界が、部屋の壁、床、天井を三重に覆う。
アルヴィンの攻撃を防ぐためではない。
これから起きる「災害」を、この部屋の中に閉じ込めるためだ。
「おい、西洋被れ」
タマモがマイクを口元に寄せた。
その瞳が黄金色に輝き、膨大な妖気がマイクへと流れていく。
「お詫びにさ、ウチの十八番聴かせたるわ。デスメタルなんやけど」
タマモが深く息を吸い込んだ。
「逝きなちゃああああああああいッ!!!!(デスボイス)」
ズガガガガガガガガガッ!!!
それは、もはや歌ではなかった。
マイクのアンプが限界を超えて爆発し、スピーカーから放たれた音波が「物理的な衝撃波」となって室内を蹂躙する。
空気が圧縮され、鉄球のような重みを持ってアルヴィンに直撃した。
「なっ、防御障壁……ぐあぁぁぁぁっ!?」
アルヴィンが展開した魔法障壁が、ガラス細工のように粉々に砕け散る。
俺が張った結界のおかげで、衝撃波は外に逃げず、すべてアルヴィン一点に反射・集中したのだ。
「音圧が……質量を持っているだと……!? がはっ……!」
アルヴィンは壁に叩きつけられ、白目を剥いて崩れ落ちた。
個室の中は台風が過ぎ去った後のように荒れ果て、テーブルはひっくり返り、ポテトが散乱している。
だが、俺の結界のおかげで、部屋の外壁とドアだけは無傷だった。
「ふぅ。スッキリした」
タマモは黒焦げになったマイクを放り投げ、ケロッとした顔で言った。
「……おい、タマモ」
「んー? どしたん?」
「……片付けるぞ」
俺はため息をつき、倒れているアルヴィンに近づいた。
気絶している。命に別状はないが、しばらく起きないだろう。
「急々如律令――『記憶操作』」
俺はアルヴィンの額に指を当て、ここ数分の記憶を消去し、「酔っ払って転んだ」という偽の記憶を植え付けた。
さらに、散乱したポテトや家具を念動力で元の位置に戻し、壊れたマイクには「幻術」をかけて新品に見せかける。
「……これでよし。店員にはバレない」
完璧な隠蔽工作。
だが、俺の霊力は底をつきかけていた。戦闘よりも、事後処理のほうが疲れる。
「晴人、さすが~! 悪いこと慣れてるやん!」
「誰のせいだと思ってるんだ……」
俺はふらつく足で伝票を掴んだ。
「行くぞ。延長料金を取られる前に」
「はーい。あ、このお兄さんどうするん?」
「放っておけ。目が覚めたら、自分で帰るだろ」
俺たちは気絶したアルヴィンを跨いで、涼しい顔で店を出た。
カウンターで会計を済ませる俺の手は、疲労で少し震えていたが、店員は笑顔で「ありがとうございましたー」と送り出してくれた。
店の外に出ると、夕日が眩しかった。
「ねー晴人、なんか腹減った。ラーメン食いてぇ」
「……お前、さっきポテト山盛り食っただろ」
「シャウトしたらカロリー消費したし! 替え玉いけるで!」
タマモは俺の背中をバシバシ叩く。
俺は深いため息をついたが、少しだけ口元が緩んだ。
破壊神のような式神と、その後始末に追われる陰陽師。
前途多難だが、少なくとも退屈はしなさそうだ。
俺は重い足取りで、でも確かな足取りで、タマモと共に雑踏へ歩き出した。
(第5話へ続く)




