第18話 世界を救ったら、請求書が国家予算レベルだった件。
世界を救った翌朝。
土御門家のリビング(※屋根なし)にて。
俺、タマモ、母・サクラコ、そしてなぜか居座っている西園寺麗華の四人は、冷たいコンクリートの土間に額を擦り付けていた。
いわゆる、ジャンピング土下座である。
「……で?」
目の前には、パイプ椅子に脚を組んで座る妹・美月。
彼女の手には、分厚いファイルと電卓。そして背後には、地獄の裁判官のような黒いオーラが揺らめいている。
「申し開きの時間は終了です。判決を言い渡します」
美月がファイルをバンッ! と膝に叩きつけた。
「被告人・土御門サクラコ。貴方が昨夜、ブラックカードで決済した『渋谷のビル群』および『信号機・電柱等のインフラ設備』の請求額ですが……」
美月が電卓を叩く。
タタタタタタタッ……ッターン!
「概算で、3000億円です」
「「「ブフッ!!!」」」
俺たちは同時に血を吐いた。
3000億。国家予算か。
0が多すぎて、もはや金額というより宇宙の距離だ。
「マ、マミー? さすがにそれは……システムのバグよね?」
「バグではありません。カード会社から『限度額オーバーどころの話ではない』『テロですか』という緊急連絡が入っています」
美月は能面のような顔で続ける。
「当然、払えるわけがありません。よって、土御門家は破産。お母様とお兄ちゃんは、マグロ漁船……いえ、遠洋の蟹工船に乗っていただくことになります」
「NOォォォォ! ママは船酔いするのよぉぉぉ!」
「俺を巻き込むな! 買ったのは母さんだろ!」
「連帯保証人(家族)でしょうが!!」
美月の一喝。
俺たちは抱き合って震えた。世界を救った英雄の末路が、蟹工船。あまりにも世知辛い。
その時。
ガラガラ……と、壊れかけの引き戸が開いた。
「……失礼するよ。ここに『土御門家』というブラック企業があると聞いてね」
入ってきたのは、ヨレヨレのスーツを着た男。
昨夜の敵、篝火キョウヤだった。
手には履歴書。そしてコンビニの袋(もやし炒め弁当)を持っている。
「キ、キョウヤ!? お前、生きてたのか!」
「ああ。だが、組織を追放された。資産も凍結され、今のボクは……いわゆる『無職』だ」
キョウヤは悲しげに眼鏡(割れている)を直した。
「おいおい、復讐しに来たのか?」
「違う。……取引に来た」
キョウヤは美月の前に進み出ると、スッと膝をついた。
そして、タブレットを差し出した。
「このタブレットには、昨夜のシステムログの『管理者権限』が残っている。……これを操作すれば、昨夜の『誤った取引データ』を全てロールバック(無効化)できる」
「なっ……!?」
サクラコが顔を上げた。
「本当!? あの3000億をチャラにできるの!?」
「可能だ。あれはあくまで、ボクが作った仮想空間上の取引だからね。現実の決済システムに反映される前に、データを削除すればいい」
神。
昨日は悪魔に見えたこの男が、今は後光が差して見える。
「た、助かった……! ありがとうキョウヤ! お前、実はいい奴だったんだな!」
「待て。タダとは言っていない」
キョウヤは真剣な眼差しで、美月を見上げた。
「ボクを、この家で雇ってほしい」
「は?」
「住み込みでいい。給料は現物支給(三食昼寝付き)で構わない。……ボクの高度な計算能力とハッキング技術は、家計管理に役立つはずだ!」
まさかの就職活動。
元・ラスボスが、生活のために頭を下げている。
美月は少し考え込み、キョウヤの履歴書(手書き)をジロジロと見た。
「……PCスキルは?」
「世界最高峰だ」
「エクセルとワードは?」
「マクロもVBAも自在だ」
「家事スキルは?」
「ルンバより効率的に動ける」
美月の目が光った。
「採用です」
「えっ」
美月は即決した。
「これだけの事務処理能力があれば、確定申告も、クラファンの管理も、お母様の無駄遣いの監視も任せられます。……いいでしょう、屋根裏部屋を貸します」
「感謝する……! これで雨風を凌げる……!」
キョウヤが男泣きしている。
世界の支配を目論んでいた男が、屋根裏部屋で感涙している。
タマモが呆れたように言った。
「なんやこいつ。プライドないんか」
「プライドで腹は膨れない。……それが、昨日学んだ論理だ」
キョウヤはキリッと言い放ち、早速タブレットを操作して3000億の請求データを消去した。
「……ふぅ。これで破産は免れたわね」
サクラコが胸を撫で下ろす。
だが、美月の追求は終わっていなかった。
「3000億は消えましたが、この家の修繕費(3000万)と、お母様が以前から溜めていたリボ払いの残高(500万)は残っていますよ?」
「……」
「……」
現実は非情だ。
「と、いうわけで」
美月はポンと手を叩いた。
「お母様には、商店街のスーパーでレジ打ちのバイトをしていただきます。時給950円です」
「オーマイガーッ! ママの指はレジを打つためじゃなく、宝石を愛でるためにあるのよ!」
「文句を言うなら蟹工船です」
「やります! レジ打ちのプロになります!」
「そして、お兄ちゃんとタマモちゃんは」
美月が俺たちを見た。
「陰陽師としての依頼をこなしつつ、タマモちゃんのインフルエンサー活動で外貨を稼いでください。……西園寺先輩」
「は、はい!」
巻き込まれていた麗華が背筋を伸ばす。
「先輩には、お兄ちゃんたちの活動が法に触れないよう、監視とマネジメントをお願いできますか?」
「えっ、私が……?」
麗華は少し迷ったが、チラリと俺の方を見て、頬を染めた。
「……仕方ありませんね。生徒会長として、更生プログラムに付き合ってあげます」
「ありがとうございます。……キョウヤさんは、在宅ワークでサーバー管理とポイ活(ポイント活動)に励んでください」
「了解した。効率的にポイントを稼いでみせる」
完璧な采配。
美月がこの家の頂点であることが、改めて証明された瞬間だった。
***
数日後。
修復中の土御門家には、奇妙な日常が戻ってきていた。
「いらっしゃいませ~! 奥さん、今日の特売は大根よ~!」
スーパーでカリスマ店員として人気者になった母。
「ロジック完了。……よし、楽天ポイントが100円分貯まった」
屋根裏でポイ活に命を燃やす元ラスボス・キョウヤ。
「こら土御門くん! 配信中にスカートが短すぎます! 校則違反です!」
俺とタマモの動画撮影現場で、レフ板を持ちながら説教する麗華。
「うっさいなー会長! 盛れてなんぼやろ! ……あ、晴人、今月スパチャ50万いったで!」
「マジか! よし、これで屋根が直るぞ!」
俺たちは相変わらず貧乏で、騒がしくて、トラブル続きだ。
でも。
「……ご飯、できましたよ」
夕暮れ時。
エプロン姿の美月が、勝手口から声をかける。
全員が作業を止め、食卓(ブルーシートの上)に集まる。
温かい味噌汁と、白いご飯。
そして、囲むのは人間と、妖怪と、元敵と、破天荒な家族たち。
「いただきまーす!!」
声が重なる。
俺は味噌汁を一口すすり、タマモと顔を見合わせた。
「……ま、悪くない日常だよな」
「せやな。退屈はせぇへんし」
家族全員での食卓を終えた後。
俺は一人、半壊した縁側に座って夜風に当たっていた。
ふと、キョウヤが置いていったタブレットに目が止まる。
そこには、削除前の古いログが表示されていた。
『M&A提案書:土御門家買収額 50億円』
「……そういえば、あいつはこの金額で俺たちを買おうとしたんだっけ」
50億。
今の3000億という負債(キャンセル済みだが)を見た後だと、妙にリアルな数字だ。
「何見てんの?」
タマモが缶ビール(美月に内緒)を片手に、横に座ってきた。
彼女は画面を覗き込み、「ふーん」と鼻を鳴らした。
「50億円、か。……なあ晴人、今ならどうする?」
「は?」
「もしもう一回、『50億やるからウチを渡せ』って言われたら」
タマモが黄金色の瞳で、俺を試すように見つめてくる。
俺は少し考えて、笑った。
「断るに決まってるだろ。お前の値段は『時価』なんだから」
「……ふふ、そやな」
タマモは満足そうに笑うと、コツンと俺の肩に頭を乗せた。
髪から、甘いシャンプーの匂いがした。
「でもさ、晴人。ウチの時価、この騒動でインフレしすぎて50億どころか、もう天文学的数字になってるで?」
「うわ、マジか。払いきれる気がしないな」
「じゃあ一生かけて払い続けるしかないな。……覚悟しときや、ご主人様」
「……ああ。契約成立だな」
空を見上げる。
屋根はないけれど、そのぶん星がよく見える。
金はないし、家はボロボロだし、明日の生活も不安だ。
けれど、俺の隣には世界一価値のある相棒がいる。
それだけで、俺は世界一の果報者なのかもしれない。
俺たちは星空の下、静かに乾杯をした。
――完?。




