第17話 最強の女たちが、渋谷のサーバーを「重く」して物理的にダウンさせた。
「排除。排除。排除ォォォッ!!」
キョウヤの絶叫と共に、渋谷のビル群が生き物のようにうねる。
109ビルの円筒形が砲身へと変形し、センター街の看板が一斉にレーザーを照射する。
360度、全方位からの飽和攻撃。
「くっ、数が多い! 防ぎきれないぞ!」
俺は防御結界を展開するが、雨あられと降り注ぐデジタル弾に削られ、ガラスのようにヒビが入っていく。
このままではジリ貧だ。相手は都市の電力すべてを供給源にしている。スタミナ切れがない。
「ハルト! ジメジメしてないで攻めなさい! 攻撃は最大の防御よ!」
サクラコが扇子を広げ、レーザーの雨の中を優雅にステップする。
彼女が投げキスをするたびに、煌びやかな宝石の精霊が具現化し、敵の攻撃を弾き返す。
「でも母さん、あいつは実体がない! ビルを壊してもすぐに再生するんだ!」
「なら、再生が追いつかないほど『処理落ち』させればいいのよ!」
「処理落ち?」
サクラコが不敵に笑う。
その横で、西園寺麗華が眼鏡を光らせた。
「……なるほど。土御門くんのお母様、ナイスアイデアです」
「えっ、会長まで? 何をする気だ?」
麗華は拡声器を構え、大きく息を吸い込んだ。
「これより生徒会権限を発動します! 渋谷区全域に対し、『行政手続き』を義務化します!!」
キィィィィン!!
麗華の言霊が、特殊な波長となって空間に浸透する。
「は……? 何を……」
データと同化したキョウヤが困惑した瞬間、異変が起きた。
襲いかかろうとしていたビルの砲台が、急にガクガクと動きを止めたのだ。
空中に、巨大なホログラムウィンドウが出現する。
『ERROR:攻撃許可申請書が未提出です』
『ERROR:道路占有許可証の不備』
『ERROR:3番窓口でハンコをもらってください』
「な、なんだこれは!? システムに割り込みが……!?」
「すべての攻撃に対し、煩雑な書類手続きを課しました。許可が下りるまで、指一本動かせませんよ!」
麗華がドヤ顔で言い放つ。
恐ろしい。これが「お役所仕事」の呪い!
都市機能と融合したキョウヤにとって、この「ルールによる遅延」は致命的なラグとなる。
「おのれ……! ならば、手続きなど無視して――」
「させないわよ~ん!」
サクラコがスマホを取り出した。
画面には、彼女が契約しているブラックカードの決済アプリ。
「キョウヤ君! あなたが武器にしているそのビル、いくら? 言い値で買うわ!」
ピッ。
サクラコが決済ボタンを押した瞬間、敵の砲台となっていたビルが黄金色に輝いた。
『決済完了。所有権が移転しました』
「なっ!?」
「あらやだ、意外と安いじゃない! じゃあ隣のビルも! 信号機も! 電柱も! 全部私のモノよ!」
ピッ、ピッ、ピピピピピ!!
サクラコの「爆買い」が炸裂する。
敵の武器が次々と「土御門サクラコ所有」へと書き換わり、キョウヤの制御下から離れていく。
「バ、バカな……! ボクの管理システムが……資本の暴力に侵食されているだと!?」
「地獄の沙汰も金次第ってね!」
麗華による「重たい処理」と、サクラコによる「リソースの奪取(買収)」。
最強の女二人が、論理と欲望でサーバーをパンクさせていく。
「ぐ、ぐぬぬ……! システム負荷増大……CPU温度上昇……!」
キョウヤの半透明な身体にノイズが走る。
動きが鈍い。今だ。
「晴人! 道、開いたで!」
タマモが叫ぶ。
彼女の背後に、九本の尾が展開される。
その一本一本に、膨大な妖力がチャージされていく。
「よし! トドメだタマモ!」
「おうよ! ……でも晴人、あいつデカすぎて狙いが絞れへん! 座標固定頼む!」
俺の出番だ。
俺は懐から、今日のために用意していた(というか、美月に持たされた)呪具を取り出した。
それは、ただのUSBメモリに見えるが、内部には俺が夜なべして組み込んだ「強制誘導ウイルス」が入っている。
「キョウヤ! お前は都市になったと言ったな! ならば、パソコンと同じ弱点があるはずだ!」
俺は瓦礫と化したアスファルトに突き刺さっていたLANケーブルの断面に、USBをねじ込んだ。
「急々如律令――『強制同期』ッ!!」
バチバチバチッ!!
俺の霊力がケーブルを逆流し、キョウヤの中枢へ到達する。
「がはっ……!? 貴様、ボクのコアに……直接!?」
「見つけたぞ、お前の本体! タマモ、座標を送る!」
俺は視界に浮かび上がるキョウヤの「魂の在り処」を、霊的パスを通じてタマモに転送した。
タマモの瞳がカッと見開かれる。
「サンキュー晴人! そこかぁぁぁッ!!」
タマモが跳躍する。
渋谷の夜空高く舞い上がった彼女は、満月を背に、九本の尾を一つに束ねた。
それは巨大なドリルとなり、あるいは処刑の槍となって、地上を見下ろす。
「これがウチらの、愛と勇気の……!!」
タマモが溜めを作る。
かっこいい決め台詞が来るか!?
「『スクショ不可避・強制シャットダウン・バズり拳』!!!!」
やっぱりダサい!
だが、威力は神話級だ。
ズドォォォォォォォォン!!!!!
タマモの一撃が、黒い塔の中枢を貫いた。
麗華のルールも、サクラコの買収も、キョウヤの防御も、すべてを粉砕する純粋なエネルギーの奔流。
「ア、アリエナイ……ボクノ……理想郷ガァァァァァ……!!」
黒い塔が崩壊し、光の粒子となって消えていく。
***
数分後。
瓦礫の山から、ボロボロになったキョウヤが這い出してきた。
眼鏡は割れ、スーツは泥だらけだ。
「……負けた。完璧なシステムが、『非効率な家族』に負けた」
彼は力なく座り込み、夜空を見上げた。
デジタルの霧が晴れ、満天の星空が広がっている。
「……綺麗だな」
「え?」
「星だよ。ボクはずっとモニターの数値越しでしか見ていなかった。データ化された美しさしか、認めてこなかった」
キョウヤは自嘲気味に笑った。
タマモが言った「友達を作れ」という言葉が、彼の胸に刺さっているようだった。
「……君たちを見ていて分かった気がするよ。非効率で、無駄で、予測不可能で……それでも、『温かい』んだな。家族って」
彼は俺たちの方を向いた。
その顔には、もう以前のような冷徹さはなかった。あるのは、憑き物が落ちたような、一人の青年の顔だ。
「……土御門晴人。ボクには、もう帰る場所がない。組織も、家も、何もかも失った」
「キョウヤ……」
「だから……頼みがある。……雇ってくれないか?」
その言葉に、俺とタマモは顔を見合わせた。
そして、ニッと笑った。
「うちはブラックだぞ? 給料なんて期待するなよ」
「望むところだ。……効率的に働いてみせるさ」
ピロン♪
メッセージの通知音。送信者は――妹・美月。
『お疲れ様です。ニュースで見ました。渋谷の被害総額、概算で数百億円だそうです』
『ちなみに、お母様が購入したビルの請求書、どう処理するつもりですか?』
『帰ってきたら、家族会議(裁判)です。覚悟してください』
「……」
「……」
俺とサクラコは顔を見合わせ、同時に青ざめた。
「逃げるか、母さん」
「そうねハルト。南の島とかいいわね」
俺たちがコソコソと動き出した瞬間、背後から麗華とタマモに腕を掴まれた。
「逃がしませんよ。生徒会長として、最後まで見届けます」
「ウチも行くで! 南の島でバカンスや!」
こうして、世界を救った英雄(?)たちの夜は、新たな地獄(妹の説教)へと続いていくのだった。




