第16話 都内が「圏外」になったので、物理でサーバーを落としに行くことにした。
ニュース速報が流れた直後だった。
ブツンッ。
リビングのテレビが消えた。同時に、照明が落ち、スマホの画面もブラックアウトする。
「えっ、ちょ、マジ? Wi-Fi死んだ?」
タマモがスマホを連打する。
「4Gも5Gも繋がらへん! インスタ見れへん! 死ぬ! ウチ死ぬ!」
「落ち着けタマモ。ただの停電じゃない」
俺は窓の外を見た。
街灯が消え、街全体が闇に沈んでいる。
だが、それ以上に異様なのは――空を覆う「黒い霧」だ。
よく見ると、それは霧ではない。無数の「0」と「1」のデジタル数字が砂嵐のように明滅し、空間を浸食しているのだ。
「……『デジタル・レイ・ライン』の暴走ね」
暗闇の中で、母・サクラコがサングラスを光らせた。
彼女は懐中電灯をつけるのではなく、指先からパチンと青白い霊火を灯した。
「デジタル……何だって?」
「現代の龍脈よ。電力網と通信網を媒介にした、人工的な霊力回路。……キョウヤ君たちの組織が、都市全体を『結界』でハッキングしたのよ」
サクラコの声から、浮ついた調子が消えていた。
彼女が帰国した本当の理由。それは、このテロを予期していたからか。
「この霧を吸うと、一般人は自我をクラウドにアップロードされて、廃人になるわよ」
「なんだそのB級SFホラーな設定は……!」
「笑い事じゃないわ。東京が丸ごと『彼らのサーバー』にされる。……止めるには、中枢を物理的に叩くしかないわね」
俺は拳を握りしめた。
やるしかない。このままでは、また俺の日常が脅かされる。
「……よし。俺とタマモ、母さんで中枢へ向かう」
「私も行きます!」
西園寺麗華が立ち上がった。
彼女は制服のスカートを払い、キリッとした表情で眼鏡を直す。
「生徒会長として、学区内の異常事態を看過できません。それに、私の『言霊』なら、その霧を一時的に晴らせるかもしれません」
「……わかった。頼りにしてる」
戦力は整った。
だが、問題はこの「あばら家」だ。結界が弱体化している今、ここが無防備になる。
「……お兄ちゃん」
暗がりの中、妹・美月が静かに口を開いた。
彼女は、懐中電灯の光を下から顔に当てていた。完全にホラー映画の照明だ。
「行ってらっしゃい。家のことは私に任せて」
「だ、大丈夫か? お前は霊力がないんだぞ」
「物理防御ならあります」
美月は廊下の隅から、護身用の木刀(通販で購入)と、防犯スプレー、そして先ほどの福引で当てた松阪牛(冷凍カチカチ)を取り出した。
「泥棒も悪霊も、入ってきたら全てタタキにします。……だから」
美月が俺の胸倉を掴み、グイッと引き寄せた。
「必ず生きて帰ってきてください。明日の朝ごはん、人数分作って待ちますから。……一人でも欠けたら、一生呪いますよ」
重い。愛が重い。
だが、これほど頼もしい「留守番」はいない。
「……ああ。行ってくる」
俺たちは美月に背中を押され、デジタルの霧に覆われた夜の街へと飛び出した。
***
外は地獄絵図だった。
道ゆく人々が、糸が切れた人形のように立ち尽くし、虚ろな目でスマホの画面を見つめている。
彼らの口からは、蒸気のようなデータが漏れ出し、空の霧へと吸い上げられていく。
「うわ、キモ。みんなゾンビみたいやん」
「魂のデータを吸い上げられているのね。……来るわよ!」
サクラコが警告した瞬間。
アスファルトから、ノイズ混じりの化け物が這い出してきた。
信号機や自販機が変形し、手足が生えた「付喪神」の成れの果てだ。
「ガガ……ピー……排除……排除……」
「粗大ゴミが喋った!」
タマモが前に出る。
だが、俺は制した。
「待てタマモ! ここで大規模な術を使うな! 周りの一般人を巻き込むぞ!」
「えー、じゃあどうすんの!?」
そこで、麗華が一歩踏み出した。
彼女は懐から、生徒会備品の拡声器を取り出した。
「道を開けなさい!! 校則違反です!!」
カッッッ!!!
麗華の叫びが、衝撃波となって街路を駆け抜けた。
言霊の強制力。
「道を開けろ」という命令を受けた瓦礫の化け物たちが、モーゼの十戒のように左右に割れて吹き飛んだ。
「す、すげえ……」
「物理法則より校則のほうが強いなんて、日本の教育はどうなってるの?」
サクラコが感心しながら、両手に持った扇子を開いた。
「さあ、ママも踊るわよ! LA仕込みの『エクソシスト・ダンス』!」
サクラコが舞う。
扇子からキラキラとしたラメのような粉が撒き散らされる。
それが化け物に触れると、バチバチとショートして爆発した。
「なにあれ」
「聖別された純銀の粉よ。あとダイヤモンドダストも混ぜてるわ。総額200万!」
「金で殴る除霊やめろ!!」
麗華の言霊で道を切り開き、サクラコの課金攻撃で雑魚を散らす。
俺とタマモの出番がないほど、二人の女性陣が強すぎる。
「晴人、ウチら要る?」
「……俺は結界維持係、お前はボスのトドメ係だ。温存しておけ」
一行は、霧の濃度が最も高い場所――「渋谷スクランブル交差点」を目指して疾走した。
***
渋谷。
そこは、異界と化していた。
大型ビジョンはすべて真っ赤なノイズを映し出し、交差点の中心には、巨大な「黒い塔」がそびえ立っていた。
サーバーだ。
街中の霊力を吸い上げ、現実世界を上書きするための巨大な呪術装置。
そして、その塔の前に、一人の男が立っていた。
「やあ。待っていたよ」
篝火キョウヤ。
先日、タマモにぶっ飛ばされたはずの男だ。
だが、今の彼は少し様子が違った。
半身が半透明のデータ状になり、背後には無数のケーブルが接続されている。
「キョウヤ君! あなた、自分自身をサーバーに直結したの!?」
サクラコが叫ぶ。
「そうだとも、マダム。肉体などという旧式なデバイスは捨てた。ボクは今、都市そのものになったのだ」
キョウヤが両手を広げる。
ゴゴゴゴゴ……!
周囲のビルが変形し、巨大な砲台となって俺たちに狙いを定めた。
「ボクの理想は『完全な管理社会』。悲しみも貧困もない、すべてが数値化された美しい世界だ。……君たちのようなバグは、ここで削除する」
「……貧困がない、だと?」
俺はその言葉にピクリと反応した。
「じゃあ、この借金まみれの生活も、母さんの浪費癖も、全部なくなるってことか?」
「当然だ。全人類の資産は統合され、最適配分される」
一瞬、俺の心が揺らいだ。
借金のない世界。
母さんが大人しい世界。
美月に怒られない世界。
……あれ、天国か?
「晴人! 騙されんな! こいつの言う理想郷って、タピオカ屋もゲーセンもない、味気ないグレーの世界やで!」
タマモが俺の頬を張った。パァン!
目が覚める。そうだ。
「……悪いな、キョウヤ。俺は苦労性だが、管理されるのは御免だ。それに――」
俺はニヤリと笑った。
「うちの家族たちを、お前のシステムで管理しきれるわけがない!」
「交渉決裂か。ならば死ね」
キョウヤが指を下ろす。
全方位から、ビルの砲台が一斉射撃を開始した。
無数のレーザーと、実体化したデータ弾が降り注ぐ。
「全員、散開ッ!!」
最終決戦の火蓋が切られた。
相手は都市そのもの。
最強の式神と、最強の母と、最強の生徒会長、そして貧乏な陰陽師。
チーム「土御門家」の総力戦が始まる。




