第14話 留学帰りの母(ラスボス)は、呪物よりもキャラが濃い。
翌朝。
瓦礫と化した我が家(あばら家)の前で、俺は再び絶望していた。
「……オーウ、マイ・サン! ハルト~! 元気してた~?」
目の前に立っているのは、ド派手なサングラスに、蛍光色のドレス、そして両手に抱えた大量のブランド紙袋。
アメリカの西海岸あたりにいそうな、陽気なマダム。
……俺の母親、土御門サクラコ(42歳・自称永遠の20代)である。
「……母さん。その格好はなんだ」
「NYの最新ファッションよ! 陰陽道もこれからはグローバル・スタンダードでしょ?」
「家が破産寸前だって言ってるのに、なんでそんなに買い物してるんだ!」
「ノープロブレム! 全部リボ払いだから!」
俺は膝から崩れ落ちた。
この人が、我が家の借金の元凶だ。「自分探しの旅に出る」と言って家計を預け、海外へ飛び立ったのが半年前。
まさか、こんなタイミングで帰ってくるとは。
「あら? なんか家、風通し良くなってない? リフォーム?」
サクラコはサングラスをずらし、半壊した屋敷を見上げた。
「敵襲だよ! 昨日の夜、大変だったんだぞ!」
「ワオ! エキサイティング! さすが私の息子ね、退屈しないわ~」
サクラコは「アハハ」と笑い飛ばすと、庭でカップ麺を食べているタマモと、その横で書類整理をしている麗華に気づいた。
「あら? そちらのキュートなガールたちは?」
タマモが箸を止め、じろりとサクラコを見た。
「あ? 誰この派手なオバサン」
「オ、オバ……ッ!?」
俺は凍りついた。
まずい。母にとって「年齢の話」と「オバサン呼ばわり」は、核ミサイルの発射スイッチと同義だ。
だが、サクラコはピキッと青筋を浮かべながらも、口角を吊り上げた。
「……フフ。威勢がいいわね。ハルトのガールフレンド?」
「式神のタマモっす。ここの居候」
「式神? あらやだ、九尾じゃない! すごいヴィンテージ物ね!」
サクラコはタマモに詰め寄ると、その金髪やネイルを興味津々で観察し始めた。
「いいわねそのネイル! LAでも流行ってるわよ! 今度ママにも教えて!」
「え、マジ? LA? ウチ、あっちのセレブのインスタ見てるし!」
「話が早いわ! あとで私の『海外コスメコレクション』見せてあげる!」
「うぇーい! ママさん話わかる~!」
……意気投合している。
派手好きなギャルと、海外かぶれの母親。最悪の化学反応だ。
サクラコの視線が、次は麗華に向けられた。
麗華は緊張で直立不動になり、カクカクと敬礼した。
「は、初めまして! 私、生徒会長の西園寺麗華と申します! その、土御門くんとは、監視と被監視の関係でして……!」
「監視?」
サクラコはサングラスを外し、麗華を値踏みするようにジロジロと見た。
そして、ニヤリと笑った。
「あら~、これまた堅物そうな委員長タイプね。ハルト、あんた意外とやり手じゃない」
「ち、違います! そういう関係では……!」
「いいのよ照れなくて。ママはオープンだから。で、どっちが本命? それとも二股?」
「誤解です母さん!!」
サクラコは「まあいいわ」と手を振ると、持っていた巨大なトランクケースを瓦礫の上にドンと置いた。
「それよりハルト。お土産買ってきたのよ」
「……嫌な予感しかしない」
「メキシコの露店で見つけたの。『幸せを呼ぶ人形』だって!」
バカッ。
トランクが開けられる。
そこに入っていたのは――。
土気色の肌に、充血した目、そして全身に釘が刺さった、見るからに禍々しい泥人形だった。
「……」
「……」
「……」
俺、タマモ、麗華の三人が沈黙する。
人形から、ドス黒いオーラが立ち昇っている。幸せどころか、死を呼びそうだ。
「……母さん。これ、いくらした?」
「え? 日本円で50万くらい? 店主が『特別だ』って」
「ボったくられてる上に呪われてるじゃねえか!!」
俺が叫んだ瞬間。
ギギッ……。
泥人形が首を回した。
『……コロシテ……ヤル……』
低い呻き声と共に、人形が浮遊した。
本物の呪物だ。しかも、海外の悪霊付き。日本の結界とは相性が悪く、制御しにくいタイプだ!
「キャアアッ! 不潔です! 生理的に無理です!」
麗華が悲鳴を上げて後ずさる。
「うわ、キモ。ウチ、こういうジメッとしたやつ嫌いやねん」
タマモもドン引きして狐火を構える。
「祓うぞ! 急々如律令――」
俺が呪符を取り出そうとした、その時だ。
バチィィィンッ!!!
乾いた音が響いた。
サクラコが、浮遊する呪物を「平手打ち」で叩き落としたのだ。
「……え?」
俺たちの動きが止まる。
叩き落とされた人形は地面に転がり、ピクピクと痙攣している。
「こら! 『ミゲル』! 大人しくしなさい!」
サクラコが仁王立ちで人形を一喝した。
「ママがせっかくファーストクラスで運んであげたのに、何その態度は! 挨拶もできないの!?」
『ア……アァ……』
呪物が怯えている。
霊的な攻撃ではない。純粋な「母親としての圧力」に、悪霊がドン引きしているのだ。
「ハルトに噛み付いたら承知しないわよ! 返品するわよ!」
『……ゴ、ゴメンナサイ……』
人形が小さくなった。
そして、自らトランクケースの中に戻り、カチャリと蓋を閉めた。
完全降伏だ。
「……」
俺とタマモと麗華は、ポカンと口を開けてその光景を見ていた。
陰陽術も、狐火も、生徒会長の言霊も必要なかった。
最強なのは、オカンだった。
「ふぅ。手のかかる子ね」
サクラコは髪をかき上げると、俺たちに笑顔を向けた。
「さ、ハルト! 荷解き手伝って! あと、この家どう直すの? デザイナー呼ぶ? ママ、風水とか凝りたいんだけど!」
嵐のような人だ。
屋敷の修繕、借金返済、キョウヤとの戦い。
問題は山積みだが、この人がいる限り、我が家が「暗く」なることだけはなさそうだ。
「……はぁ。わかったよ、母さん」
俺はトランクを持ち上げた。
重い。
中に入っているのは呪物と、彼女の強烈なエゴ。
「晴人、ドンマイ。ウチ、あの人嫌いじゃないで」
タマモが俺の肩を叩く。
「……土御門くん、苦労なさってるんですね。少し同情します」
麗華が憐れみの目を向ける。
こうして、土御門家に新たな「災害」が定住することになった。
俺の胃薬がなくなるのが先か、家が直るのが先か。
第2章「貧乏陰陽師と愉快な家族たち」、波乱の幕開けである。




