第13話 屋敷が半壊したので、クラファンで「お布施」を募ることにした。
翌朝。
俺が目を覚ますと、視界いっぱいに突き抜けるような青空が広がっていた。
小鳥がさえずり、爽やかな風が頬を撫でる。
なんて清々しい朝だろう。
「……って、天井どこいった!?」
俺はガバッと跳ね起き、激痛に顔をしかめた。
そうだ。昨夜の死闘だ。
「屋敷ごとぶっ壊せ」という俺のロックすぎる命令を、タマモが忠実に実行した結果、由緒ある土御門家本邸の屋根は吹き飛び、庭は更地になり、重要文化財寸前の家屋は「あばら家」へとクラスチェンジしていた。
「おっはー晴人。生きてる?」
瓦礫の山の上で、タマモがカップ麺をすすっていた。
ジャージ姿にサンダル。手には割り箸。背景は廃墟。
世紀末の覇者のような風格だ。
「……おはよう。お前、元気だな」
「まあな。ウチ、燃費悪いけど回復も早いし。それより見てやこれ」
タマモが指差した先。
半壊した壁に、一枚の紙が貼られていた。
そこに書かれていたのは、昨夜逃亡したキョウヤからのメッセージではなく――工務店からの「概算見積書」だった。
『修繕費用:3000万円(※地盤改良工事含む)』
「……」
「……」
俺はそっと目を閉じ、二度寝しようと布団を被った。
「現実逃避すんなや! 起きろ!」
「無理だ! 50億のM&Aを断った翌日に3000万の借金とか、情緒が追いつかない!」
「男ならドーンと構えとけや。金なんて天下の回りものっしょ」
「回ってくる前に俺が死ぬわ!」
その時だ。
ガラガラガラ……。
玄関(だった場所)の引き戸が、枠ごと外れて倒れた。
「……失礼します。監視業務に来まし――って、何ですかこの有様は!?」
生徒会長、西園寺麗華だった。
彼女は制服姿で立ち尽くし、口をあんぐりと開けている。
「ど、土御門くん!? まさか昨夜、またガス爆発が!?」
「あー、うん。大規模なガス漏れで……」
「この規模だと、もはや爆撃では?」
麗華は瓦礫の山を乗り越え、俺の元へ歩み寄ってきた。
その表情は呆れを通り越して、少し青ざめている。
「……怪我は? 肋骨、まだ痛むのでしょう?」
「ああ、まあなんとか。タマモの治癒術……いや、湿布のおかげで」
「嘘をつきなさい、嘘を」
麗華はため息をつきつつ、持っていた鞄から高級そうな弁当箱を取り出した。
「……差し入れです。栄養を取らないと、治るものも治りませんから」
「えっ、会長の手作り?」
「ち、違います! 家のシェフが作りすぎた余り物です! 勘違いしないでください!」
典型的なツンデレムーブ。
ありがたく受け取ろうとした瞬間、横からタマモの手が伸びてきて、卵焼きをひょいと奪った。
「うま! シェフやるやん! 甘めの味付け最高~」
「あ! ちょっとタマモさん! それは土御門くんの……!」
「ええやん、減るもんじゃないし。――でさ、生徒会長サマ。相談なんやけど」
タマモは卵焼きを咀嚼しながら、スマホを取り出した。
「この家、直すのに3000万いるんよ。生徒会費から出せへん?」
「出せるわけありません! 公金横領です!」
「ちぇっ、使えねー。……じゃあ晴人、プランBや」
タマモはニヤリと笑い、スマホの画面を俺に見せた。
そこに表示されていたのは、クラウドファンディングのサイト作成画面だった。
『緊急企画! 伝説の陰陽師ハウスが爆発したので助けて! ~JK式神の恩返し~』
「……なんだこのふざけたタイトルは」
「クラファンや。現代の『お布施』システム。これなら世界中の信者から浄財を集められるで!」
「物乞いじゃないか!」
「人聞きの悪い。これは『エンタメ』や。リターン(返礼品)を用意すれば立派なビジネスやで」
タマモは慣れた手つきでプロジェクトページを編集していく。
『目標金額:3000万円』
『リターン内容:
・¥1,000:タマモからのお礼メール(自撮り付き)
・¥10,000:晴人の手書き「開運・魔除けの呪符」(効果には個人差があります)
・¥50,000:タマモとオンライン飲み会(タピオカ可)
・¥1,000,000:一日家主体験(掃除つき)』
「待て待て待て! 俺の呪符が安売りされてるし、100万のやつ誰が買うんだよ!」
「アンタの呪符、意外と需要あるで? 受験生とかに」
麗華が画面を覗き込み、眉をひそめた。
「……不純です。未成年がこのような集金行為を……」
「でも会長、このままだと晴人、野宿やで? 冬越せへんで?」
「うっ……」
麗華が俺の包帯姿を見て、言葉を詰まらせる。
彼女は葛藤するように眼鏡の位置を直すと、小さな声で言った。
「……法に触れない範囲なら、黙認します。ただし!」
「ただし?」
「文章が稚拙すぎます! 私が校正しますから、スマホを貸しなさい!」
「えっ、手伝ってくれるんですか?」
「監視です! 変なことを書かないように検閲するだけです!」
麗華はタマモからスマホを奪い取ると、凄まじい勢いでフリック入力を始めた。
『……昨今の不安定な情勢(ガス爆発等)により、歴史的建造物である当家屋が甚大な被害を受けました。文化財保護の観点からも、皆様の温かいご支援を……』
「ガチすぎる! 文章が役所の申請書みたいになってる!」
「信頼性が大事なんです! さあ、写真を撮りますよ。土御門くん、もっと悲壮感のある顔で!」
「これ以上ないくらい悲壮だよ!」
カシャッ。
瓦礫の前で項垂れる俺と、横でピースするタマモ。そして背景には、なぜか腕組みをしてドヤ顔の生徒会長(映り込み)。
カオスな写真と共に、プロジェクトは公開された。
タマモが自分のSNSアカウント(フォロワー85万人)で拡散する。
『【拡散希望】家なき子になったんで助けてw マジでw #ホームレスJK #陰陽師 #拡散してくれたら好き』
投稿から数分。
スマホが震え出した。
『ピロン♪ 支援が届きました:¥5,000』
『ピロン♪ 支援が届きました:¥10,000』
「うおっ、すげえ! もう5万超えた!」
「ちょろいなー人間。あ、コメント来てる。『タマモちゃん家ないの草』『頑張れ』『後ろのメガネ誰?』……よしよし、順調や」
数字がどんどん伸びていく。
現代のネットワークと、タマモのインフルエンサー力。そして麗華の堅実な文章力。
これらが奇跡の化学反応を起こしていた。
だが、3000万には程遠い。
このペースだと数ヶ月かかる。
その時。
『ピロン♪ 支援が届きました:¥3,000,000』
「ぶふっ!?」
俺はむせ返った。
い、一撃300万!? 誰だ!?
支援者名:『鉄の女(匿名)』
コメント:『文化財の損失は国家の損失です。早急に修繕しなさい。あと、風邪を引かないように』
「……」
「……」
俺とタマモは、ゆっくりと麗華のほうを向いた。
麗華はスマホをしまいながら、そっぽを向いて口笛を吹こうとしている(吹けていない)。
「……会長?」
「な、何ですか。私は何も知りませんよ。世の中には奇特な資産家がいるものですね」
耳が真っ赤だ。
震える指先が、決済完了画面を隠そうとしている。
「会長……あんた、ええ奴やな……!」
「タマモ、抱きつくな! 離れなさい!」
タマモが麗華に抱きつき、麗華がバタバタと暴れる。
その光景を見ながら、俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。
家は壊れた。体はボロボロだ。
敵はまだ潜んでいるし、借金も残っている。
でも。
「……なんとかなるか」
俺は青空を見上げた。
天井のない家も、案外悪くないかもしれない。
こうして、土御門家復興プロジェクト「チーム・あばら家」が結成された。
だが俺たちはまだ知らない。
このクラファンがネットニュースで話題になり、それを見た「ある人物」――海外留学中だったはずの、俺の母親が帰国してくるという、さらなる災害が立ったことを。




