第12話 妹に怒られるので、とりあえず逃げることにした。
キョウヤを撃退し、星空の下で「プライスレスだ」なんてカッコいい台詞を吐いた、数分後。
俺とタマモは、現実という名の瓦礫の山で震えていた。
「……なぁ晴人。これ、どうすんの?」
タマモが指差した先には、屋根が吹き飛び、柱がへし折れ、もはや「巨大な粗大ゴミ」と化した土御門家本邸があった。
冬の夜風が吹き抜け、俺たちの身を容赦なく冷やす。
「どうするも何も……今夜は野宿か?」
「マジで? ウチ、風邪引くで? 毛並み悪なるで?」
その時。
俺のズボンのポケットで、スマホが震えた。
着信画面を見た瞬間、俺の背筋が凍りついた。
表示名:『美月』
「ひっ……!」
「うわ、ラスボスからのコールや」
タマモがサッと俺の背後に隠れる。
俺は震える指で通話ボタンを押した。
「は、はい! もしもし!」
『……お兄ちゃん。今の大きな揺れと爆音は、何ですか?』
スピーカーから聞こえる声は、静かで、冷たくて、そして絶対的な圧力を帯びていた。
彼女は今、友人の家に勉強会へ行っているはずだ。だが、この屋敷の異変を直感的に察知したらしい。
「あ、いや! その、ガスが! ガスの配管が老朽化してて、ちょっと爆発したというか!」
『……「ちょっと」で済む音ではありませんでしたが。SNSでも「土御門家からビームが出た」と話題になっていますよ』
「ビ、ビーム!? 見間違いだろハハハ!」
俺は必死に笑って誤魔化した。
今、ここで「妖怪とサイバー呪術師が戦争して家を壊しました」なんて言えば、電話越しに呪殺される。
『……はぁ。まあいいです。怪我はありませんか?』
「あ、ああ。俺もタマモも無事だ」
『なら結構。……ですが、その様子だと、今夜そちらに帰るのは物理的に難しそうですね』
美月は冷静に状況を分析したようだ。
『私はこのまま、友人の佐々木さんの家に泊めてもらいます。数日は避難生活になるでしょう』
「そ、そうか! それがいい! 安全第一だ!」
『お兄ちゃんたちはどうするんですか? ホテル代、出せませんよ?』
「な、なんとかする! 友達の家に転がり込むか……最あく、庭でテント張る!」
『……そうですか。風邪を引かないように。それと』
美月の声のトーンが、一段階下がった。
『家を壊した修繕費の件、後できっちりと説明(裁判)してもらいますからね。覚悟しておいてください』
プツッ。ツー、ツー……。
通話が切れた。
俺はその場にへたり込んだ。キョウヤとの死闘よりも、今の数十秒の会話のほうが寿命が縮んだ気がする。
「……とりあえず、命拾いしたな」
「せやな。美月っちがここにおらんで助かったわ」
タマモもホッと胸を撫で下ろしている。
結局、俺たちはその夜、半壊した離れ(奇跡的に屋根が残っていた六畳間)に身を寄せ合い、段ボールと毛布にくるまって一夜を明かした。
寒さと、将来への不安で、ほとんど眠れなかった。
***
翌朝。
俺たちは瓦礫の撤去作業(という名の証拠隠滅)に追われていた。
そんな中、再び美月からメッセージが届いた。
『追伸:重要なことを伝え忘れていました』
俺は手を止めて画面を見る。
『先ほど、海外からエアメールが届きました。
お母様からです。
「カードが止まったから帰国する。明日の便で着く」とのことです』
「……は?」
俺の思考が停止した。
母さんが? 帰ってくる? このタイミングで?
「どしたん晴人? 幽霊でも見た顔してるで」
「……タマモ。違う意味で、幽霊より怖いものが来る」
俺はスマホをタマモに見せた。
タマモが画面を読み上げ、きょとんとする。
「ママさん? ……って、あの『自由すぎる』って噂の?」
「ああ。美月が『家計の鬼』なら、母さんは『浪費の悪魔』だ。この半壊した家にあの人が帰ってきたら……」
想像するだけで胃に穴が開きそうだ。
家はない。金もない。美月は怒っている。そこにラスボス級のトラブルメーカーが投下される。
これはもはや、災害だ。
「……なあタマモ。金、稼ごう」
「え?」
「母さんが帰ってくる前に、少しでも修繕費を工面しないと、俺たち本当に蟹工船に乗せられるぞ」
俺の悲壮な決意に、タマモはニヤリと笑った。
「しゃーないな。ほな、手っ取り早く『集金』する手段、考えたろか?」
「あるのか?」
「おうよ。現代には『クラファン』っていう、信者からお布施を募る便利なシステムがあるんや……」
こうして、俺たちは生き残るために、なりふり構わぬ「集金作戦」へと舵を切ることになった。
全ては、最強の妹と、最強の母という二大巨頭の挟撃から身を守るために。




