第11話 リミッター解除した彼女と、俺の「最適解」。
黄金の閃光が、夜の闇を塗り潰した。
タマモを中心とした爆心地から、物理的な質量を持った妖気が膨れ上がる。
庭の岩が粉々になり、枯山水が更地になっていく。
キョウヤが自慢げに展開していた数十体の人造式神たちが、熱波に耐えきれず飴細工のように溶解した。
「バ、バカな……! 測定不能!? 霊力値が計測限界を突破しているだと!?」
キョウヤがタブレットを連打しながら後ずさる。
だが、彼はすぐに冷徹な表情を取り戻した。
「だが、所詮は獣の力任せだ。制御なき暴力など、ボクの論理障壁の前では無意味だ!」
キョウヤが指を鳴らす。
生き残った十数体のキメラたちが一箇所に集結し、重なり合って巨大なドーム状の防壁を展開した。
黒い呪符とデジタル信号が複雑に絡み合う、鉄壁の要塞だ。
「全エネルギーを防御に回せ! 衝撃を分散し、吸収する!」
光の中に立つタマモが、背後の巨大な狐の幻影と共に、その爪を振り下ろす。
ドゴォォォォォォン!!!
凄まじい衝撃波。
だが――防壁は砕けなかった。
表面に亀裂は入るものの、キメラたちが自己修復プログラムを走らせ、瞬時に再生していく。
「無駄だ! ボクの式神はクラウド連携している。ダメージは瞬時に分散され、無効化される!」
キョウヤが高笑いする。
タマモが舌打ちをした。
「チッ、硬いなアレ! 晴人、これマジで全力でぶっ放してええか!? 屋敷ごと消えるけど!」
タマモが俺に問う。
彼女はまだ、無意識に力をセーブしている。
ここで全力を出せば、俺も巻き込まれるかもしれないという恐怖があるのだ。
だが、手加減すれば防壁は抜けない。
どうする。どうすればこの防御を崩せる?
(……考えろ。俺は陰陽師だ。力比べに付き合う必要はない)
俺は血を吐き捨て、折れた肋骨を押さえながら立ち上がった。
激痛で視界が明滅する。立っているのが奇跡のような状態だ。
だが、俺の目は死んでいない。
俺はキョウヤの展開した防壁を凝視した。
黒い呪符とデジタル信号の奔流。完璧に見える防御システム。
だが――完璧なシステムなど存在しない。
(あいつの術式は「効率」重視だ。すべての式神を均一にリンクさせ、ダメージを平均化している。……つまり、「一箇所」のバグが全体に波及する構造だ!)
俺は懐から、一枚の呪符を取り出した。
攻撃用の派手な札ではない。
地味で、古臭い、式神の調律に使う「共鳴阻害」の札だ。
「タマモ! 攻撃準備だ! 俺がこじ開ける!」
「はあ!? 晴人ボロボロやん、無理すんなって!」
「いいから構えろ! 次の一撃ですべて終わらせる!」
俺は呪符を口に咥え、印を結んだ。
体内の僅かな残り霊力を、すべて指先に集中させる。
「キョウヤ! お前の敗因を教えてやる!」
俺は叫んだ。
「お前は式神を『アプリ』だと言ったな! 均一化されたシステムはな、想定外のノイズに弱いんだよ!!」
俺は呪符を放った。
狙うは防壁の中心ではない。
端で制御を行っている、一番小さなキメラだ。
「急々如律令――『術式解体』ッ!!」
放たれた呪符が、キメラの一体に貼り付く。
その瞬間、俺が流し込んだ「不協和音の霊力」が、キメラのネットワークに侵入した。
ピキッ、パリンッ……!
一匹のキメラがバグを起こし、誤作動を始める。
そのエラー信号は、瞬く間に「ダメージ分散システム」を通じて全体に伝播した。
完璧だった統率が乱れ、防壁の霊力供給が一瞬だけ途絶える。
「な、なんだ!? システムエラー!? 制御不能だと!?」
キョウヤが狼狽える。
その一瞬の隙。
防壁の中央に、わずかな亀裂が走った。
「今だタマモォォォォッ!!!」
「りょ(了解)! ……さすがウチの主、性格悪くて最高!」
タマモがニヤリと笑う。
彼女のスマホが、そして背後の九尾の幻影が、最大出力の光を放つ。
「そこどけ陰キャ! ウチらの絆は、5Gより速いんじゃボケェッ!!」
タマモがスマホのシャッターボタンを押し込み、高らかに叫んだ。
「必殺! 『マジ卍・極太ギャラクシー・ぴえん砲』!!!!」
ネーミングセンスは最悪だが、その威力は絶望的だった。
タマモの手から放たれた極太の熱線が、俺が作った防壁の亀裂に正確に突き刺さる。
ドズゥゥゥゥゥゥン!!!!!
「ぎゃあああああああっ!?」
内部から食い破られた防壁は、紙細工のように崩壊した。
溢れ出したエネルギーの奔流が、キョウヤを直撃する。
閃光。
轟音。
そして――静寂。
キョウヤの姿は消えていた。
蒸発したわけではない。直撃の寸前、黒焦げになりながらも転移呪符を使った気配があった。
逃げられたか。
だが、こちらの完勝だ。
プシュゥゥゥ……。
タマモの変身が解ける。
彼女はその場にへたり込み、大きく息を吐いた。
「っはー……マジ疲れた。爪割れたし。最悪」
文句を言いながらも、彼女はすぐに俺の方へ這い寄ってきた。
俺は限界を超えていた。膝から崩れ落ち、地面に倒れ込む。
「晴人!」
タマモが俺の顔を覗き込む。
泥と血で汚れた俺の頬に、彼女の手が触れる。温かい。
「バカ! 無茶しすぎやって! 死んだらどうすんの!」
タマモの目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
俺の胸に手を当て、治癒の光を流し込んでくる。折れた肋骨の痛みが、少しずつ引いていく。
「……勝ったな」
「当たり前やろ。ウチら最強コンビやし」
タマモは泣き笑いの表情で、鼻をすすった。
だが、ふと――タマモが夜空の彼方、キョウヤが消えた方角を見つめ、何かを言いかけて……口を閉ざした。
「……なあ、タマモ」
「ん?」
俺が声をかけると、タマモはパチリと瞬きをして、俺の方を向いた。
「なんでもないでー。……それより晴人」
彼女はニカッと笑い、俺の額をデコピンするように軽く弾いた。
「50億、断って悪かったな」
俺が掠れた声で言うと、タマモはキョトンとした後、呆れたように笑った。
「はあ? 何言うてんの。50億ぽっちで、ウチとの契約が買えるわけないやろ」
彼女は俺の額を、デコピンするように軽く弾いた。
「ウチの値段はな、『時価』や。一生かけて払い続けろよ、ご主人様」
「……ああ。善処する」
俺たちは瓦礫の山となった庭で、互いに笑い合った。
屋敷は半壊。敵には逃げられた。
俺たちは一線を越え、もう元の日常には戻れないかもしれない。
だが、不思議と不安はなかった。
俺の隣には、最強で最高に金のかかる相棒がいる。
それだけで、これからの地獄も退屈しなさそうだと思えたからだ。




