第1話 召喚に応じたのは、伝説の妖狐(ギャル)でした。
現代社会において、陰陽師は「オワコン」である。
西洋魔術ギルドや、胡散臭い霊能力タレントにシェアを奪われ、依頼は激減。由緒ある我が土御門家も、今や破産寸前だ。
だからこそ、俺――土御門晴人は、必死だった。
表向きは厳格な次期当主として振る舞いながら、裏では「イケメン陰陽師ハルト」としてSNSアカウントを運用。
毎日コツコツと「今日の占い」や「映える結界の写真」を投稿し、フォロワー数3万人まで育て上げた。これが俺の、そして一族の生命線なのだ。
だが、それも限界に近い。
起死回生の一手はただ一つ。
過去最強の式神――『金毛白面九尾の狐』を召喚し、その圧倒的な力(と話題性)で、再び裏社会の頂点に立つことだ。
地下祭壇。張り詰めた空気が肌を刺す。
数百年にわたり守り続けてきた結界の重圧の中、俺は祭壇の前に立っていた。
「晴人。準備はいいな」
背後から、父の厳格な声が響く。
振り返らなくても分かる。父も、祖父も、一族の重鎮たちが全員、死ぬ気で結界を維持しているのだ。
「はい。……始めます」
俺は震える手で印を結び、腹の底から声を張り上げた。
「――恐み恐み申す! 天地の理をねじ曲げ、太古の猛き霊よ、我が声に応えよ! 契約の言霊に従い、その姿を現せ!!」
全身の血液が沸騰するような感覚。
祭壇の中心に、空間の裂け目が生まれた。
「急々如律令ッ!!」
ドォォォォォォン!!
鼓膜が破れそうな爆音と共に、地下室が真っ白な光に包まれた。
成功だ。
凄まじいプレッシャー。肌が粟立つほどの妖気。
俺は勝利を確信し、煙の向こうに現れるであろう「伝説の獣」を見据えた。
さあ、その神々しい姿を見せてみろ!
やがて、煙が晴れる。
そこに立っていたのは――。
「……ッえ、圏外? マジで?」
獣、ではなかった。
金髪にピンクのメッシュ。
制服のスカート丈は限界まで短く、胸元のリボンはダラリと緩んでいる。
指先には、凶器のように長いデコレーションネイル。
どこからどう見ても、渋谷のセンター街にいそうな「ギャル」だった。
彼女は最新のiPhoneを片手に、あからさまに不機嫌そうな顔で俺を見た。
「ねー、マジ圏外? 地下とか電波死んどるんやけど。推しの配信始まるのに最悪なんやけどー」
「…………は?」
俺の思考が停止する。
九尾の狐? これが?
いや、待て。よく見ろ。
彼女が持っているスマホ。そして着ている制服。
微かに――葉っぱの匂いがする。
(……高度な「変化の術」か!?)
俺は戦慄した。
衣服や機械を物質として具現化しているのではない。木の葉や石ころを媒介に、現代のガジェットへと完璧に変化させているのだ。
こんな芸当ができるのは、伝説の大妖怪しかいない。つまり、本物だ。
「き、貴様……何者だ……?」
俺がようやく絞り出した問いかけに、彼女は「あ?」と首を傾げた。
「何者って、アンタが呼んだんやろが。タマモっす。タマモ・ノ・マエ」
「た、玉藻の前だと……? 那須野の殺生石に封印されし、大妖怪の……?」
「そーそれ。マジ長かったわー、封印期間。暇すぎて死ぬかと思ったし」
彼女――タマモは、長い爪でスマホの画面をタップしながら気だるげに続けた。
「でさ、封印されてる間も暇やから、霊体飛ばして人間界ウォッチしてたんよ。そしたら今の時代のカルチャー、マジでエモくてさ。平安時代の化粧とか墨汁やん? 令和のメイクのほうが盛れるし。ってことで、ウチもアプデしたわけ」
アップデート。大妖怪の口から出る単語ではない。
呆然とする俺の背後で、父が動いた。
「……騙されるな、晴人! 九尾が人の姿などと……油断させる気か!」
父が素早く印を結ぶ。
その動作に迷いはない。歴戦の陰陽師としての、最速の封印術だ。
「四方結界・縛! 悪しき霊よ、その動きを封ずる!」
父の指先から放たれた霊力の鎖が、タマモに向かって殺到する。
鉄骨をも締め上げる強力な拘束術式だ。
だが――。
パチンッ。
タマモが、スマホを持ったまま軽く指を鳴らした。
たったそれだけ。
襲いかかった霊力の鎖が、ガラス細工のように粉々に砕け散った。
「な……ッ!?」
父が目を見開く。
俺も息を呑んだ。
防御すらしていない。ただの「指パッチン」から放たれた衝撃波だけで、土御門家秘伝の術式を相殺したのだ。
「あー、そゆのダルいんで。ウチ、沸点低いからさぁ。次ナメたマネしたら、この屋敷ごと更地にするで? ……あ、でもそしたら充電器なくなるか。やっぱナシで」
タマモは一瞬だけ黄金色の瞳を光らせた後、すぐに興味なさげにスマホに視線を戻した。
圧倒的な格の違い。
父は膝をつき、祖父は震えている。
誰も動けない。
タマモがふと俺のほうを向く。
「で、アンタがウチの"主"?」
「えっ、あ、いや……」
返答に迷っていると、タマモが一歩近づいてきた。
金色の瞳が、すぐ目の前にあった。
「まあ別にええけど? ウチ、契約者おらんとこの時代で遊べへんし。――ねぇハルト、SNSってどうやってバズるん?」
「は?」
「いやウチ、封印中に暇つぶしでアカウント作って運用してたんよ。陰陽師の式神って肩書き、もっと盛れそうやん?」
SNS。
その単語に、俺のプライドが少しだけ頭をもたげた。
妖怪としての力は負けるかもしれない。だが、SNS運用なら俺には実績がある。
「……ふん。SNS運用は甘くないぞ。俺クラスになると、フォロワー3万人の管理だけで手一杯だ」
「え、3万?」
タマモがキョトンとした顔をする。
そして、プッと吹き出した。
「3万てw マジ? ウチのフォロワーの端数やん」
「……なんだと?」
タマモがスマホの画面を俺に見せる。
そこには、俺が喉から手が出るほど欲しかった「公式マーク」と、信じられない数字が並んでいた。
フォロワー数:85万人。
「……は?」
「封印中、念写で適当に自撮り上げてたらバズってさー。今は美容系インフルエンサーとして案件も回してるで? まあ、本体は石やったけど」
85万。
俺が必死に数年かけて築き上げた3万が、ゴミのように見える数字だ。
俺の右腕に、激痛が走った。
袖をまくると、主従契約の証である「五芒星」の紋章が、毒々しいピンク色で刻まれていた。
「ってことで契約成立~! よろしくね、ご主人様(笑)」
タマモがニカッと笑う。
崩れ落ちる父と祖父。
破壊された祭壇。
そして俺の顔をスマホで撮影し、「盛れなーいw」と笑う伝説の妖怪。
俺は天を仰いだ。
霊力でも負けた。
フォロワー数でも負けた。
現代の陰陽師として、俺の立つ瀬はどこにもない。
(――このギャル、俺の人生を滅茶苦茶にする)
だがその未来がどれほど破滅的で、どれほど厄介で、どれほど眩しいかなんて、まだこのときの俺は知らなかった。
こうして俺と最強ギャル式神との、世界の命運をかけた(あとタピオカ代をかけた)同居生活が幕を開けたのである。
(第2話へ続く)




