後編
1.
「――というわけで私、あの子に話しかけてみるよ」
いつの間にかアキラはケーキを完食していた。ケーキが乗っていたはずの皿は、その痕跡が認められないほど綺麗になっていた。
「どういうわけだ。やめておきなよ。もしヤバい子だったらどうするの?」
カオルは小声でアキラを怒鳴りつけるという器用なことをした。
「でもカオルちゃん、最初からあの子のことものすごく気にしてるじゃない」
アキラはカオルの気持ちを見透かすように言った。
「そりゃ小さい子だし、気にはなるよ。先週はいなかったわけだし」
先週、2人がこの店に来たときにまだあの女の子はいなかったのだ。
「それにあの子がずっとあそこにいたらお客さんが転び続けるよ」
アキラは真っすぐにカオルの目を見つめる。アキラは優柔不断のくせに、変なところで頑固なのはカオルにもよくわかっていた。
「まあ、このままだと受験生からしたら縁起でもない店になっちゃうけど」
「でしょ?それに見てごらん、あの子。絶対かわいいと思うよ」
カオルはまたちらりと件の女の子を見る。顔は見えないが、かわいいだろうということは最初から何となくわかっていた。その佇まいももちろんだが、その子の髪の毛は真っ黒に輝いており、なかなかお目にかかれないような艶をしている。
「カオルちゃん、教師志望でしょ?子どものこと大好きじゃない。未来の先生は困ってる子がいたらほっとけないでしょ?」
「それは、まあ・・・」
そもそもかわいさなんて関係なく、子どもが1人でうずくまっていたら普通はほっとけないだろう。
「というわけで、行ってくるね。せめて場所を移動してくれないか頼んでみる」
そう言うやいなや、アキラはカオルの返事も聞かずに席を立って行ってしまった。その姿をカオルは仕方なしに見守ることにした。
アキラは女の子に声を掛け、しゃがんで何事か話している。そんなアキラを不思議そうに店員さんが見ている。
女の子の霊はふいにこちらを見たが、カオルは目を逸らして気づかない振りをした。
――少しすると、アキラは女の子の手を繋いでこちらに歩いてきた。
「連れてきたよお」
アキラはにこにこと笑っている。女の子は無言で上目遣いにカオルを見ている。
女の子の顔は子どもらしく丸っこい輪郭で、目が大きくまつげが長い。唇は赤く、肌は白く、やはりとてもかわいらしかった。
「おいおいおいおいおい。え、なんで?」
カオルはそう言いながらも、無意識に少しかがんでその女の子と目線を合わせた。
「この子、ここで倒れて、病院に運ばれたんだけど、そのまま亡くなっちゃったみたいなの。お母さんと一緒にここのパフェ食べるの楽しみにしてたんだって」
親はさぞかし自慢の娘だっただろう、とカオルは思った。
「だからあそこでお母さんがつまづくのを待ってたんだって」
「それは、なんとも斬新な待ち方だな」
カオルは腕を組んでうめいた。女の子はそんなカオルのことをじっと見つめている。
「大丈夫。この子はカオルっていうの。私の弟だよ。冷たそうに見えるけど、子どもが大好きだから。学校の先生になりたいんだよ」
アキラは子どもを自分の隣に座らせながら説明した。
「で、どうするの」
それを無視してカオルが聞いた。
「どうするのって・・・どうしようね」
アキラは言葉に詰まる。
「もし悪霊だったら、俺もお陀仏ですぜ」
「カオルちゃんにはこの子が悪霊に見えるの?」
アキラは真面目な顔で言った。カオルは女の子の顔を見つめる。女の子も変わらずカオルのことを見つめている。
「・・・見えないけど」
「でしょ。霊も人間と一緒。性格が顔に出るんだから」
「まあ、そう信じたいよ」
「でしょ。それならやることは一つしかないでしょ」
アキラはそう断言すると、メニューを開いた。
――しばらくすると3人の元にパフェが届けられた。
「わー!何これおいしそう!はい、食べてね」
アキラははしゃぎながら長いスプーンを女の子に渡す。
「これって周りからはどう見えてるわけ?」
カオルはパフェをスマートフォンのカメラで撮りながら聞いた。撮った画像を確認すると、やはり女の子は写っていなかった。
「誰も触ってないのにパフェが勝手にどんどんなくなっていく」
アキラがさらりと答えた。
「こわ・・・。じゃあ今この子が持ってるスプーンは?」
「浮いて見える」
「こわっ!」
「まあでも、奥の席だし、カオルちゃんで隠れるから大丈夫でしょ」
「まあ、そうだけどさあ・・・」
店員さんが目を見開いてこちらを凝視していることについて、カオルは考えないことにした。
カオルはパフェを夢中で食べる女の子の霊をじっと見つめる。女の子の口の周りが生クリームだらけになっていた。
「――あ、やさしいじゃん」
アキラが嬉しそうに言う。カオルが思わず女の子の口周りを拭いてしまっていたからだった。
「別に。気になったから」
カオルはごまかすように不貞腐れた態度をとった。心なしか、その頬は紅潮しているように見える。
2.
「――で、あれはどういうこと?」
女の子がパフェを食べてから少し経った頃だ。頬杖をつきながらカオルが店内のすみっこを見つめながら言った。
そこには先程の女の子の霊がいた。場所は違うがまた同じようにうずくまり、今度は店の入り口を凝視している。
「パフェで成仏的な流れじゃなかったの?」
「いやあ、やっぱりお母さんに会いたいんだって」
アキラは苦笑いを浮かべながら、すでに空になったカップと皿を重ねる。
「そう上手くはいかないってものよね」
「え、そんなものなの?」
今後はその女の子の霊が店に入る客を一人ずつ凝視してくることを思うと、それはそれで怖い気がする。
「まあでも、これでお客さんが転ぶこともなくなるから一件落着よ」
その場を取りなすようにアキラは言った。
「落着ではないだろう」
カオルはそう言いながら、また女の子に視線を向ける。すると女の子もカオルのことをちらりと見た。
すると、女の子はカオルに小さく手を振ってきた。そして、また何事もなかったかのように入口に視線を戻す。
まあ、いいか。とそれでカオルは手を振り返しながら思うことにした。あの子の未練がなくなったわけではないけれど、今回はこれでいいということにしよう。
「いやあ、よかったよ。やっぱりほっとけないもん」
アキラは何度もよかったと呟く。
「あの子も私と同じだし」
そう言ってアキラは笑う。そんなアキラを見て、カオルは無言で頷いた。
カオルは幽霊が苦手だ。しかし、どうしても嫌いにはなれない理由があった。
――なぜならアキラがそうだから。
ヒイラギ アキラは死んでいる。
2年前のハロウィンだった。その日にアキラは死んだらしい。
らしいというのは、誰もアキラの死を目撃していないからだ。当のアキラ自身も死ぬ前後の記憶を失っていた。
私、死んじゃったみたいと、あのときアキラは言った。
その日は大雨で、傘や合羽など全く役に立たないくらい荒れた天気だった。
もちろん帰宅してすぐにそんなことを言う姉を、カオルは信じなかった。霊が見える2人の間にしか通じないハロウィンジョークだと思ったのだ。
しかし、そうではなかった。
ほら、と言ってアキラはカオルの目の前で壁をすり抜けた。次に宙に浮いて天井を触った。
どうやら自分の意思で物に触れたり、すりぬけたりできるみたいなのだ。
その時カオルは、アキラの髪や体が全く雨に濡れていないことに気づいた。
そして、更に驚くべきことがあった。
――それは、アキラが見えすぎるということだった。
幽霊と呼ばれる存在になったにも関わらず、誰もがアキラを認知し、会話をし、触れ合うことができる。
見えすぎる為に、今でも変わらず学校に通っている。友達とも遊んでいるし、アルバイトもしている。見えすぎる為に警察に捜索願を出すこともできない。
アキラが死んだことを知る人物はカオル以外にいない。
死んでいることを除けば、アキラは死んでいる前と何ら変わらない生活を送っている。
なぜ、アキラは死んだのか、まだわかっていない。アキラの死体がまだ見つかっていないからだ。
死体が見つかっていないということは、つまり誰かがどこかに隠したということである。
2人はアキラの死体と、アキラの死体を隠した人物を探している。
しかし、カオルには不安に思っていることがあった。
もし自分の姉が自分の死体を見つけたら、もしも死体を隠した人物を見つけたら、姉はどうなってしまうのだろう。
消えてしまうのだろうか。それともあそこにうずくまっている女の子や、壁を歩く女のようにこの世に残り続けるのだろうか。
カオルはその結果を知ることが、何よりも怖い。
「――そろそろ行こうか」
アキラが座りながら、寒さを感じない自分の体にコートを着せながら言った。
カオルは、上着の袖を通したアキラの右手に軽く触れる。白くて綺麗なアキラの手には、生きている人間の温もりが全く感じられなかった。
カオルにはわかっていた。目には見えなくても、死ぬことで変わるものがたくさんあるということを。
「そうだね、行こう」
カオルは死んでいる姉から目をそらす。
そして首にマフラーを巻きながら、立ち上がった。ホールのお姉さんがそんな2人を確認し、さりげなくレジへと向かう。
アキラが会計を済ませ、2人は店の外へ出た。カオルが店を出るとき、あの女の子を確認してみた。女の子は出ていく2人の後ろ姿をじっと見つめていた。
カオルはさりげなく女の子に手を振ってから、店を出た。
――あの子はお母さんに会えるだろうか。
そんなことを考えながら、カオルはアキラの後ろを少し離れて歩く。
向かいから男の2人組がアキラのことをちらちら見ながら、歩いてくる。男2人は「あの子めちゃくちゃかわいくね?」と話しながらカオルとすれ違っていった。
カオルはそれを聞いて、苦笑いをしつつ、ため息をついた。
ヒイラギ アキラは見えすぎる。
終わり




