モウラとカッツェ 帝国の思惑
モウラは巨大な剣を地面に置き、拳を構える。
フィーナも構えをとった。
聖騎士と勇者――あまりにも無骨な殴り合いが始まる。
剣も魔法もない。ただ拳と拳がぶつかる音だけが響き、それが逆に、両陣営の血を熱くさせていた。
歓声と興奮の渦。
その熱狂の橋を渡るように、一人の影がゆっくりと現れる。
褐色の肌に、揺れるポニーテール。
露わなビキニアーマーに武器はなく、ただ自然体のまま歩み寄ってくる。
ヴェルとモナが、俺の前に出て道を塞ぐ。
しかし二人とも、彼女の纏う空気に敵意がないことを察しているのか、武器を抜く様子はない。
いや武器など必要としない。その身体は、素手で十分に脅威となる鍛え上げられたものだった。
「……私はカッツェ・レヴィン。妹が勝手なことをして、すまない」
低く落ち着いた声。その響きは、先ほどまでの熱狂を少しだけ冷ます。
「……事情を聞かせてもらおうか」
俺は軽く息を吐き、ヴェルとモナに目配せする。
「ここでは落ち着けないだろう。場所を変えよう」
場所はプールサイドへと移った。
夜風が水面を揺らし、遠くの灯りが水に滲んでいる。
拳を交えている二人は置いてきた。
歓声が聞こえ時折どよめく。
いいパンチが入ったのかな?
「……妹が勝手をした、っていうのは?」
俺が切り出すと、カッツェは椅子に腰かけ静かに語り出す。
ビキニアーマーのはずだが水着にしか見えない。
「まず、非礼を謝りたい。レン様やセト様を見せ物ようにするような意志は帝国にはない」
カッツェはまっすぐこちらを見る。
「話が見えてこないが、帝国が拉致する気はないと」
「そうだ、いや、そうです」
「モウラが勝手に人を集めて喧嘩をふっかけてきたと」
「申し訳ない」
「まぁ。あの程度の人数で俺はともかく、レンは拉致できないよ」
「モウラだけでかなりの戦力だが、セト様の信頼は厚いのだな」
「様付けも敬語もいらないよ。このプールでは俺の嫁以外はいないから遠慮しないでいい」
「それはありがたいが、えーと全員嫁?」
「全員、あーリゼは、今いないか。その子は嫁ではないけど家族」
「スケルトンを魔人にした魔王セトが獣人とバンパイアを配下にして力をつけているとは聞いていたが…」
「ちょっと捻じ曲がった情報だな。まぁその話は後だ」
「すまない。ちょっと驚いてしまった」
カッツェは咳払いをしてから、改めて俺に向き合う。
「魔王ノブがセト様を招待したいという話になり、私が使者として来たのですが……近くに来てから急にモウラが先走り始めまして」
カッツェは苦笑混じりに肩を落とした。
「魔王ノブは、美術品の収集に余念がない方で、最近、ある“刀”を手にしてな」
「……その刀って、もしかしなくても」
「ええ。セラ様が魔王ノブに献上しました」
俺は額を押さえた。セラの顔が浮かぶ。あいつ、また妙な動きしてるな。
「ノブ様は一目見たいと仰った。できれば作り手本人も、と」
「で、呼ばれたわけか。……本来はあんたがその話を持ってくるはずだった」
「はい。しかし、モウラは『まず力を見極めるべきだ』と」
「で、勝手に見極めイベントを開催したわけか」
「相手を焚き付けてから戦うのが、帝国では流行りの戦い方でして」
「芸術戦闘とか言ってたけど?」
「技を見せ合い鍛えた体を誇示する戦闘だったのですが、まぁあのような形になりまして」
「今は帝国プロレスと名乗ってます」
橋の上では、まだモウラとフィーナが拳を交えている。
歓声とどよめきが夜風に混じって響いていた。
「で、妹が暴れてるのを放置してていいのか?」
「普段なら止めますが……フィーナ殿もプロレスの流れをよく理解してそうなので」
「……まぁ、確かに。妙に馴染んでるな。フィーナもこっちの筋肉信者も」
「武器も早々に置いたので、見せ場を作って終わるはずです」
「なるほどな。だがモウラよりあんたの方が強そうだが」
「私は実戦向きでして、プロレスは不向きなのです」
「……つまり、手加減して観客を楽しませるのは苦手と」
カッツェはわずかに口元を緩めた。
橋の上では、モウラの拳が大きく振り抜かれ、フィーナとクロスカウンターが決まった瞬間、観客からひときわ大きな歓声が上がる。ダブルKOかな?
「……終わったみたいだな」
「ええ。そろそろ本題に入りましょうか」




