新居予定地
アレクが手配してくれた馬車には、御者がついていなかった。
「魔人たちを恐れず、馬車を操れる者がいない」
「そちらで探してくれ」と丸投げされたのだ。
「私に任せなさい!」
威勢よくヴェルが名乗りを上げたものの、“馬に乗れる”ことと“馬車を操れる”ことは別らしい。
道中の揺れはひどく、乗っていた皆が無言になるほどだった。
二日目からは、様子を見ていたモナが手綱を引き受け、驚くほどスムーズな走りを見せてくれた。
ようやく麓にたどり着いたものの、そこからは徒歩で登るしかない。
リフトのような装置もあったが、上からでないと起動できない仕様のようだ。
ようやく辿り着いたその城は、十分すぎるほどに広く、軍事施設として使われていただけあって頑丈そのものだった。兵士用の宿舎も多くあり、演習場として使えそうな高台も整備されている。
ルナは早速、城の換気に取りかかっている。仕事が早い。
モナは散歩がてら、城の周囲をゆっくり見て回っている。
【ここに住むの?】レンが不思議そうに周囲を眺めながら俺に尋ねた。
「気に入れば、かなぁ」俺がそう答えると、レンではなくフィーナが口を挟んできた。
「……たぶん、断る余地はないかと」
「え? アレクの文面では“気に入ったら”って話だったけど」
「王族の“提案”を断るのは、さすがに……」フィーナが少し慌て気味に言葉を濁す。
――たしかに。断ればアレクのメンツを潰すことになる。納得しかけたところで、フィーナがさらに言った。
「それと……たぶん、早めに動きがあるかと思います」
「なんだ、心当たりでもあるのか?」
「教会でもセトさんの道具屋の話題はよく出てまして。私も含めてですが、“魔人が四人に聖騎士その他……クーデターの準備ではないか”と疑う声が」
「……物騒な言われようだな」
「もともと、アッシュさんとヴェルさんは教会から警戒されていましたし、今ではレンさんとモナさんも魔人扱いされていますから」
「レンのことはマグナスも知ってたしな……モナも魔人扱いなんだ?」
「モナさんは成長枠というかいずれなる扱いですね」
「なんだそりゃ」
「セトさんも成長枠でいずれ魔王になる扱いです」
「なんだぁそりゃ」
「短期間で4人私含め5人。さらに財界と政界繋がるセラさんまでいますから」
「これからも増えかねないと」
「セトさんが配下を集めていると思われてます。蓮華会のこともありますし」
俺は深いため息をつく。まぁ確かに短期間に増えた。
嫁ではないが家族としてリザもいる。
さらに増えるかもしれないってのはあながち間違ってないのかも。
いや、嫁はもう増えないだろ。
「警戒されてるのはわかった。で遠くに追いやりたいと」
「そういうことですね。本格的に手に負えなくなる前に、遠くに置いておこうと」
思惑はなんとなく察せられた。乗せられるのは癪だが――リザのことを思えば、ここも悪くないのかもしれない。少なくとも、今のところは人目を気にせずリザを外に出せる環境だ。
「そうだな。レンもここが気に入れば、引っ越すか」
【みんな一緒なら、どこでも】
「……それもそうだな」
俺の稼ぎじゃ、到底手に入らないような場所だ。迷う理由は――もう、ない。
「んじゃ、城の探検でもしてくるか」