ゾンビの花嫁を
娘は火葬される。
――いや、正確には、火葬された“ことになる”。
セトは娘を模した偽の遺体を棺に納めた。
人工スキンで皮膚を作り、厚く死化粧を施す。
その顔には、花嫁衣装を模した白いベールがかけられていた。
「……冒涜にならないのか」
俺の問いに、ヴェルが答える。
「ゾンビ感染の大元を探ることが、弔いだと考えてる。詭弁だけどね。それで納得できないなら、私たちを軽蔑して」
ヴェルの言葉に、アッシュも静かにうなずく。
そして、フィーナまでもが同意していた。
「昨日のは芝居か」
あの場ではまだ知らなかった。**「せめて綺麗にしてから」**という言葉に、嘘などなかった。
だからこそ、領主は騙されたのだ。
「ゾンビだったとはいえ、領主の目の前で殺した。いや……殺したように“見せた”罪も、君が――」
「今までやってきたことと、何も変わらないわ」
アッシュが遮るように言った。
「道を外れた人外を狩る。そして、それを利用する者たちを刈り取る。
それが私たちの役目です」
ヴェルも、アッシュも、芯がぶれない。
……俺だけが、弱いままなのかもしれない。
「教会内部にも、怪しい動きがあります」
フィーナが言葉を継ぐ。
「ガイナスが“焼くこと”にこだわったのも、おそらく上からの指示です」
棺の中で眠るその姿は、死者ではなく――
“誰かを待っている花嫁”のようだった。
だがそれは、誤魔化しの産物。
人工スキンと魔力の衣装、厚化粧と白いベールが、少女の面影を淡く覆っている。
“娘を弔った”という偽りの安らぎを、
領主と村人に、そして何者かに――証拠は焼かれたと思わせるために。
「……これで、ようやく領主と村は納得する。教会も」
フィーナが、そっとベールを整えた。
その手は震えていなかった。
だが、その胸の奥には、確かに揺れるものがあった。
教会に忠実だった彼女が、今――教会に嘘をついている。
それでも、フィーナは静かに言った。
「この罪は……聖撃が、いえ、私が背負います」
その言葉に、セトも、ヴェルも、何も言わなかった。
たったひとつの“嘘”が、未来の真実へと繋がるのなら――
この花嫁は、ただの遺体ではない。
村のはずれ。
感染者たちが焼かれた大穴が、再び火葬の場となる。
その中央に、白い棺が運び込まれていた。
花嫁のように装われた少女の亡骸が、顔はベールに包まれている。
フィーナが、ゆっくりと前に出る。
整った祈りの所作で手を組み、目を伏せた。
「主よ……この命に、安らぎを。この身を業火に委ねることで、魂が解かれますように」
静寂の中、彼女の祈りが穴の縁に集う者たちへと響いた。
村人たちがいた。
あの日、娘に噛まれた少年の家族もいた。
領主が立っていた。
顔を上げられぬまま。
ガイナスもいた。
ただ黙して立ち尽くしていた。
フィーナが退くと、アッシュが一歩前に出る。
手のひらに火が灯る。
その紅蓮は、炎ではなく“責任”だった。
彼女は無言のまま、棺の下に組まれた薪に、静かに火をつける。
乾いた音。
それに続いて、火が徐々に燃え広がる。
赤い炎が白いベールを舐めるように、ゆっくりと棺を包み込んでいった。
炎は勢いを増し。中を隠す。
遠く――
止まった教会の馬車の中。
ヴェルとひとりの修道女がその様子を見つめていた。
「……ちゃんと、焼けたわよ。あなたの身代わりは」
修道女は、答えない。
葬られたのは、彼女の“過去”だったのかもしれない。今、火葬の場を見つめるこの娘は――
その姿を、誰も気づかない。
いや、気づかれてはならない。
炎はすべてを焼き尽くし、火の粉が舞う。
偽りの修道女は何も語らなかった。
ただ、腹に手を添えたまま――
ただ黙して見続けていた。
穴を埋め教会の関係者は村を後にする。
村を離れた馬車の中は、静まり返っていた。
修道女の衣装は、今なおその身を包み、娘の顔を覆う薄布の下には、柔らかく化粧された微笑が残っている。
彼女の手は、膝の上ではなく――腹の上に、そっと置かれていた。
「……あの手の位置、ずっと変わらないわね」
ヴェルの呟きに、セトは頷く。
「妊娠していた、と見て間違いない」
「父親が誰かはわからないけど……」
「村人か、あるいは……」
フィーナが静かに言葉を継ぐ。
「でも、赤子だけは……生かしたかったのかもしれません」
セラが小さくため息をつく。
「彼女の処理が遅れたのは、意図的だった。“感染源を焼く”というのが通常の教会の手順だとすれば、どうしてこんなにも遅れたのか……不自然だった」
ヴェルは目を伏せた。
「領主と村の誰かが、娘の体を守っていたのかもね。“もしかすれば、赤ん坊だけは――”って」
「……無理だったけどな」セトが呟く。
「彼女の体はもう、死にきっていた。子も……すでに亡くなってた。と思うわ」
アッシュの歯切れがわるい。
「セトも見たでしょ。抜き取られた後を」
「抜き取られたのか、野犬にでもやられたのか」
「野犬は無理がありそうね。だからこそ焼くことにこだわったのか」
馬車の揺れに合わせて、娘の手が微かに動いた。
それでも、その手は腹の上から離れようとしなかった。
まるでそれが、そこにあるべきものだったかのように。




